ぱーこ

ぱーこ
6 投稿0 コメント
https://note.com/paacocham
1988年生まれ、神奈川県出身。メーカー兼商社での営業アシスタント、広告会社での営業マンを経て、2015年にフリーランスへ転身。仕事内容は、企業の営業支援・歌唱・MCなど多岐に渡る。高知や沖縄など地方出張の機会が非常に多かったことから、地方創生や地方での暮らしに興味を持つ。

【栃木県那須町】こんどうあゆさんが辿り着いた、移住に役立つ「セルフブランディング」 #移住者に聞いてみた

今回の移住者に聞いてみたでは、栃木県那須町在住のこんどうあゆさん(instagram)にお話を伺いました。 4つの肩書きを巧みに使い分け、勢力的に那須町に関わっているこんどうさん。あしかけ5年にも及ぶ入念かつ慎重な移住準備は、これから移住を考える人の参考になること間違いなしです。 移住でふえた、肩書きの数々 ー現在のお仕事について教えてください。 ヨガインストラクター、マインドスタイリスト、イベントオーガナイザー、そしてライターの4つです。このなかでも、マインドスタイリストは自分で作った肩書きで、ホロスコープを使って自分自身を見つめ直すプログラムを実施しています。 ーいずれも移住前からやっていたお仕事ですか? ヨガインストラクター、マインドスタイリストは移住する前からやっていましたね。イベントオーガナイザーについては、移住のご縁でクリエイターズユニットを新たに組んで活動しています。「マルチプルワルツ(instagram/ラジオ)」という名前です。ライターは那須の観光・移住情報メディア「NaSuMo(Web/instagram)」でやっていて、那須のいいところを発信しています。 ー素敵なかけあわせですね!お住まいの那須の魅力を教えてください。 大きく2つあり、ひとつは食への意識が高いことです。震災の影響で、那須町界隈の農産物の多くが風評被害に遭ったという背景があります。そのため、農作物の安全性についてエビデンスをしっかり取っている場所や情報が多いのと、本格的なオーガニックやヴィーガンも含め、選択肢がたくさんあるところが魅力だと感じています。 ーもうひとつはなんですか? チャレンジしやすい環境ですね!那須町界隈には、昔から開拓者が集まりやすいと耳にすることが多いです。新しいことを始める際は、応援されやすいように感じています。家賃があまり高くないことも、移住者にとってはチャレンジしやすい環境の一因かもしれません。 自分ブランドの確立 ー移住前は東京に住んでいたそうですが、移住を考え始めたきっかけはなんですか? 2015年に始まった渋谷の再開発です。オリンピックに向けて、大きく変わっていく街を見たときに「この開発は本当に必要なものだろうか」「開発の影で、退去など無理を強いられている人がどれほどいるだろうか」と思ったんです。再開発が終わる2020年には、その無理によって心の傷を抱えた人が増えるように直感的に感じました。それは想像するだけで私にとっては怖いことで、2020年までにこの街を出よう!と心に決めました。 ー街の変化から背景や今後の影響まで考えたんですね。 7年ほど大手芸能プロダクションに勤めていた時期があり、最先端の情報や時流の変化にはかなり敏感だったかもしれません。メディアなどで発信されている情報に対しても、「それって本当なの?」と疑問を持ち、根拠を求めるクセがありました。 ー実際に移住されるまで5年かかっていますが、その間はどのように過ごしていたんですか? 「こんどうあゆ」というブランドづくりをしていました。せっかく地方に行くからには、ちゃんと地域貢献できる自分でありたいし、そのためにはブランドが必要だと考えました。 ーブランドづくり!実際にどんなことをしたか教えてください。 「本来の自分に戻る」とはなにかを突き詰めていきました。当時ヨガインストラクターをしていて、よくこの言葉を耳にしたのですが、実際にはどういうことを指すのかは曖昧です。その根拠を得るために、ホロスコープの勉強をしました。あと、自分を形づくるのに欠かせない「食」にも興味を持ち、WWOOF(有機農場を核とするホストと、そこで手伝いたい・学びたいと思っている人とをつなぐサービス)を使って、農家のお手伝いへ行きましたね。ほかには、スキルを身に付けるという点で、カフェでのバイトもしていました。どこのエリアに行ってもカフェは絶対あるので、地域貢献の観点から必要なスキルだと考えました。 ーしっかりと準備を重ねていったんですね。 はい。内側からも外側からも「本来の自分に戻るためのお手伝い」ができる人が「こんどうあゆ」というブランドになりました。また、ヨガのインストラクターもオンラインで実施できるようにしたいと考え、並行して準備を進めていましたね。2020年3月にはオンラインでしっかり売り上げが立つ状態になっていました。 移住先が白紙に。急浮上した那須町という選択 ー移住候補地については、どのように探したんですか? WWOOFで訪れた土地が順に候補になっていきました。山梨や長野、沖縄県の離島などいろんな土地が候補に上がりましたし、ありがたいことに「移住しておいで!」と声をかけていただくところも多かったです。 ー現在お住まいの那須町は候補にないようですが… そうなんです!那須町には亡くなった祖母の家があり、幼少期から行く機会は多かったのですが、そこに住むことはまったく考えていませんでした。 ーそのなかで、那須町が候補に上がったのはどうしてですか? 2020年6月末に那須町でホロスコープのワークショップをしたのがきっかけですね。コロナやさまざまなことが重なって、これまで候補に上がっていた地域の多くがいつ移住できるかわからない状態になりました。那須町にも不安があるなかで向かいましたが、町の皆さんはとてもあたたかく迎え入れてくれたんです。とても嬉しかったのと同時に、ここに住むのもいいかもしれないとはじめて思いました。 ーいつ那須町への移住を決めたのですか? 7月に再訪してから移住を決めました。2020年中に移住したかったので、「そろそろ決めなくては」と思いながら那須町に向かいましたね。オーガニック農園であるきくち農園でのバイトがあっという間に決まったり、苦手意識のあった役所で移住窓口の担当者と意気投合したり、とにかくトントン拍子に話が進みました。あぁ、もうここに住むしかない!と思ったんです。 ひとりでも地方移住はできる! ー実際に移住してみて、何か変化はありましたか? 人に頼ることができるようになりましたね。東京にいた頃は、困った事態に陥っても一人で回避できる環境が整っていました。しかし、地方でそういった環境がある場所は多くありません。移住当初、ゴミの廃棄方法に困って弱音をこぼしたときに、那須町の知り合いの皆さんに助けてもらったのが転機だったように思います。 ー素敵なお話ですね。こんどうさんが移住において大事だと思うポイントはありますか? その土地や歴史に自分が沿っているかを知ること、そしてその土地をリスペクトできるかがとても重要だと私は思います。移住は非日常ではなく新しい日常をつくることですから。 ー最後に、移住を検討している人へのメッセージをお願いします。 東京でイライラして仕事をするくらいだったら、移住するという選択肢を提案したいですね!家族や夫婦で移住する人が多いという話を耳にしますが、男女問わず単身で移住することはできます。もし悩んでいる人がいたらまず私に相談してほしいです。お金も時間もかかるからこそ、失敗したくないのはみんな一緒ですから。移住を決めるまでに私もいろんな土地へ行ったので、私の体験をお話したり、合う合わないを一緒に考えたりできると思います。 ▼こんどうあゆさんへの移住相談はこちらから https://flato.jp/users/340/profile ▼flatoはこちらからアクセス https://flato.jp/ インタビュー、文:ぱーこ 編集:西本友

【愛媛県今治市】川瀬知世さんが実現した理想のライフスタイル、そして愛犬との移住 #移住者に聞いてみた

今回の移住者に聞いてみたでは、愛媛県今治市在住の川瀬知世(かわせともよ)さんに(instagram/ブログ)にお話を伺いました。 会社員卒業と同時に世界一周の旅に出て、帰国後にライフスタイルを優先した働き方に変えるとともに、移住へ気持ちが傾いていった川瀬さん。愛犬との移住、そしてテレワーカー向けの移住支援制度の活用など、気になる話が盛りだくさんです! 週休4日の理想のライフスタイルを実現 ー現在のお仕事について教えてください 2年前にフリーランスになり、現在は営業や企画の仕事をしています。 ーフリーランスは働き方が自由なイメージがありますが、川瀬さんはどのような働き方をされていますか? 自分自身のライフスタイルを大切にしたいので、仕事は週3日だけに留めています。残りの週4日のうち、平日は漢方スタイリストとして薬膳料理を紹介したり、趣味のヨガや移住ブログ、ハンドメイドなどを。週末は夫や2匹の犬とのんびり過ごすことが多いですね。 ーこのライフスタイルは、いつごろから意識されていたのですか? 世界一周旅行をした2015年頃ですね。新卒で入社したリクルートでは、夜遅くまで働くのが当たり前の、いわゆる仕事人間でした。退職後の世界一周旅行を通して、それまでの自分は利益や効率重視の考え方をしていたこと、そして自分の身体に対する気遣いや、人生を楽しむ余裕をなくしていたことに気付いたんです。 ー大切なことですね。帰国後はどんなことをされていたのですか? まず、ハワイで出会ったヨガのインストラクター資格を取りました。仕事は自身のライフスタイルに合った働き方ができる、「HONEY」という雑誌の営業をしました。仕事を通してヨガのイベント運営や身体に良いものを紹介するうちに、今一番興味を持っている漢方や薬膳にも出会い、漢方スタイリストの資格も取得しました。 ー行動を積み重ねて今のライフスタイルがあるんですね。現在お住まいの愛媛県今治市の魅力を教えてください。 なんといっても綺麗な海と白い砂浜が近くにあることですね。車があれば、山に遊びに行くこともできます。今年は珍しく寒いのですが、普段は温暖な気候で、晴れの日が多いと聞いています。また、車で少し走れば各県で魅力の違う四国旅行を楽しめますし、しまなみ海道を渡れば関西まで足を伸ばせる距離なんです。次は、車ごとフェリーに乗って九州にも行きたいと考えています。この他だと、生活費と家賃が手頃なのも魅力ですね。   Googleマップをフル活用した移住地探し ー移住を考え始めたきっかけは? リモートワークになったことが大きいですね。夫もフリーランスなので、2人とも仕事を変えずに移住ができる状態にあったんです。夫婦ともに海が大好きで、毎日犬の散歩もするので、「白い砂浜と青い海のビーチに、歩いて10分以内で行けるところに住みたいね」と2人で話していました。 ー白い砂浜と青い海!素敵ですね。どうして海のそばにこだわったのですか? 私の場合は、生まれ育った環境からの反動ですね。私が生まれ育った岐阜県には海がなく、かつ実家は川に囲まれていて、川にかかった橋を渡るのに大人の付き添いが必要なところにありました。その環境に子どもながら強い閉塞感を感じていたので、海を見ると憧れと開放感から今でもテンションが上がるんです。 ーどんな地域が移住先の候補に上がりましたか? 最初に検討していたのは沖縄ですが、調べてみると意外と家賃が高いことがわかりました。さらに、中型犬OKで理想としていた一戸建ての物件がほとんどなかったんです。実際に沖縄に行ったときに、普天間基地の辺野古移設の話も友人から聞いて気になり、もっと自分たちに合った場所があるのではと考え始めました。 ー残念でしたね…。その後どういう基準で移住先を選んだのか気になります。 沖縄断念後、「どうせ移住するなら、心配ごとの少ない土地にしよう」と考えるようになりました。私たちが希望していた海まで徒歩10分の地域は、津波の心配が伴います。そこで、南海トラフ沖地震の際に津波予測が5m以下で、原発から80km以上離れているところを探しました。 ーすごく具体的ですが、どのような手段で場所を探していったのですか? GoogleマップとGoogle Earthをフル活用しました!まず住宅情報サイトのMAP表示で海沿いの物件をくまなく検索し、気になる物件があったらGoogle Earthで周辺の街並みや、白い砂浜があるかをチェックしました。最後に、Googleマップで海から物件が徒歩で10分程度にあるかを確認する、という手順ですね。 仕事ごと移住できる!テレワーカー定住移住支援施策 ーなるほど!そんな活用法があるんですね! はい。その結果、山口県・岡山県・愛媛県が候補にあがりました。その中でも、愛媛県今治市にはテレワーカーを対象とした補助金の制度(『新しい働き方推進に伴う定住支援事業費補助金』)があったんです。補助金制度は現地での就労が条件になることが多いのに対し、今治市の助成金は当時かなりレアな制度でした。ありがたい制度だったので、今治に即決しましたね。残念ながらこの制度は本年度で終了するそうです。 ー川瀬さんご夫婦にぴったりの補助金制度ですね!実際移住して、どんな変化はありましたか? 犬の散歩ルートが充実しました。朝と夜の2回1時間ずつ散歩をしていますが、犬たちも嬉しそうにしていますよ。また、ハンドメイドが趣味になったのも移住してからですね。 ーハンドメイドでは、どんなものを作っているのですか? 犬の散歩中に集めたススキや木の実を使ったリースを作っています。制作している最中は童心に帰っているようで、夢中になれて本当に楽しいですよ。また、漢方スタイリストとしてヘルシーなレシピなどを紹介していますが、料理の写真撮影にも私が作ったドライフラワーが大活躍しています。 大切なペットとの移住計画はまかせて! ーこれまで転勤が多かったそうですが、転勤と移住を比べて何か大きな違いはありましたか? いえ、違いはないですね。確かに、神奈川から愛媛への長距離移住でしたが、これまでの転勤の引越しと同じです。 ーその考えも踏まえて、移住を検討している人へのメッセージをお願いします。 私たち夫婦のように、住む土地が変わっても仕事が変わらなければ気軽に移住はできます。そのためにも、助成金や補助金の制度をきちんと調べて活用することを強くおすすめしたいです。 ー実際に川瀬さんにはどんな相談に乗ってもらえますか? ペットを連れての移住についてですね。人間については、普通の引越しと何も変わらないのですが、ペットについてはやることが多くあります。私は中型犬2匹を連れた飛行機での引越しを経験しているので、実際の移動に必要な細かい手順もお伝えできます! ▼川瀬知世さんへの移住相談はこちらから https://flato.jp/users/300/profile ▼flatoはこちらからアクセス https://flato.jp/ インタビュー、文:ぱーこ 編集:角田尭史

【長野県南佐久郡小海町】小松瑞季さんが提唱する「経験を生かすための地方移住」 #移住者に聞いてみた

今回の移住者に聞いてみたでは、長野県佐久市在住の小松瑞季(こまつみずき)さんに、南佐久郡小海町で活動されていた時のお話を伺いました。 大学進学と同時に長野から上京した小松さんでしたが、元々は「絶対に戻らない」と決めていたそう。その意志が変わったきっかけや、移住後に感じた変化は必見です。 仕事内容は変わらず日常が濃くなった「リモートワーク×移住」 ー現在の仕事について教えてください。 東京が本社の株式会社さとゆめ(以下さとゆめ)で、地域コンサルタントの仕事をしています。現在は地元である佐久市で仕事をしていますが、2021年1月までは『地域おこし企業人』として小海町役場に出向していました。 ー『地域おこし企業人』とは何ですか? 三大都市圏にある民間企業の社員が、地域の魅力や価値向上のために派遣される総務省の制度です。『地域おこし協力隊』と違い、住民票の異動義務がないことが大きな特徴ですね。私は、この制度でさとゆめから小海町に派遣されました。 ー『地域おこし企業人』には何が求められますか? コミュニケーション力と度胸と覚悟、だと思っています。私が出向した2018年当時はまだ企業人の要件が厳しかったからか、キャリア経験豊富な方が派遣・出向されているケースも多く、社会人4年目の私はその3つの必要性を痛感しました。一方で、若いうちに裁量権を持ってプロジェクトを進められたのは、とても貴重な経験でした。個人的には、人材育成の一環として活用する企業が増えて欲しいと願っています。 ー派遣先の小海町ではどんなことをしていたのですか? 「憩うまちこうみ」というプロジェクトの立ち上げと運営をやっていました。また、さとゆめの仕事として、リモートワークで他地域のコンサルタント業務も兼務していましたね。 ー小海町とさとゆめの仕事の両立は、大変ではなかったですか? 特に大変なことはありませんでした。東京に住んでいた頃は毎日出勤していたものの、ほとんどデスクワークだったので、「デスクのある場所が、小海町役場に変わった」くらいの感覚でしたね。また、小海町からの新幹線の最寄駅である、佐久平駅から東京までは新幹線で1時間半ほどの距離なので、小海町の営業や他地域の業務で週1回東京へ通っていた時期も苦ではありませんでした。 ー実際に小海町で仕事をして、変化したことはありますか? 自分の仕事の意味や手応えをはっきりと感じられたことですね。東京勤務だと出張しても担当地域への滞在時間はわずかでしたが、移住したことで現地で自ら動くようになりました。結果的に、地域でのつながりと情報量が飛躍的に増えました。 「絶対に戻らない」と決めていたUターン移住への気持ちの傾き ー長野県出身の小松さんですが、元々Uターン移住は考えていたのですか? いえ、東京の大学に通っていたときは「絶対に戻らない」と決めていました(笑)。今思うと不思議ですね。 ー今とは真逆の考えだったんですね(笑)。何をきっかけに心境が変わっていったのですか? 大学の友人のおかげですね。大学の夏休みで私が実家へ帰っていたとき、それを見た東京出身の友人が「戻れる長野があっていいな」と言ったんです。私にとって田舎があることは当たり前ですが、友人にはなく、羨ましいとすら思うものなんだ、と。価値観の違いに驚きましたし、見方がガラリと変わりました。 ーなるほど。実家が農家だそうですが、Uターン移住を意識してから家業を継ぐことは考えていたのですか? こちらも最初は考えていませんでしたが、弟の大学受験がきっかけで、実家の農家を継ぐことを決めました。弟が医学部志望ということを知って、無理に農業への道を進ませるのは違うかな、と思ったんです。私自身も、いつか長野に戻ることは決めていたので、「私が継いでもいいかな」と考え始めてからは、最初は乗り気ではなかった農業に対して前向きになっていきましたね。 ーそこまでUターン移住への気持ちが固まりながらも、東京の企業に就職した理由は何ですか? まずは東京で様々なな経験を積み、地域に必要とされる人材になりたかったからです。さとゆめで学生インターンをしていた際、農村や漁村でのコンサルティングに携わることがありました。とても楽しく、かつこの経験は将来必ず生かしたいと思ったんです。私は身体が丈夫ではないので、「農家の後継ぎには相応しくないのでは」と悩んでいた中、地元に貢献できるイメージが湧いたためそのまま就職しました。 地域活動への積極参加で得られたつながりと安心感 ー何がきっかけで小海町へ移住することになったのですか? そろそろ長野に帰りたいと思った頃、ちょうど小海町でのプロジェクト立ち上げが決まりました。会社にはいつか長野に帰りたいという希望をすでに伝えていたので、会社も応援してくれ、地域おこし企業人制度の活用を検討してくれました。その時に制度を初めて知ったのですが、ありがたいタイミングでしたね。 ー実際に移住してみていかがでしたか? 生活が安定して、かつグッと濃くなりました。東京では、繁忙期は終電近くまで働く日もあり、休日は家に引きこもるか外出するか、そんな生活であっという間に時間が過ぎていたんです。しかし、小海町に来てから、仕事以外にもお祭りやビアガーデンなど地域の活動に積極的に参加することで、地域の一員として受け入れてもらう機会が増えました。それが、私自身の安心感にも繋がったと思います。 ー大きくライフスタイルが変わったのが伝わってきます。 はい。また、シーズンによっては、地元の女性が経営するトマト農家へお手伝いにも行きましたよ。日曜日の午前中、3年間通いました。 ーついに農業にも関わり始めたんですね! 家業を継ぐ時の役に立ったら、と思って手伝い始めたんです。そのトマト農家はIT農業をおこなっていて、私の実家とは異なる業態でした。非常に勉強になりましたし、「農業意外と楽しいじゃん!」と思うようになりましたね。 「これまでの経験を活かすために地方へ行く」という考え方 ー現在は地元の佐久市に戻られていますが、3年間過ごされた小海町の魅力を教えてください! 松原湖、白駒の池のような自然はもちろん魅力なのですが、個人的には民族文化、特にお祭りや食は魅力的だと思っています。親沢諏訪神社の春のお祭りには人形浄瑠璃の『三番叟(さんばそう)』があり、200年以上前から伝わっているそうです。 ー住んだからこそわかる魅力ですね。では、現在移住を考えている方にぜひメッセージをお願いします。 移住をするときに気になるポイントとして、仕事や人間関係への不安を挙げられる方が多いと思います。最近は少しずつ地方でも若い人の活躍が見られますが、若い力はまだまだ不足していて、思った以上に活躍できる場があると思っています。2拠点居住やテレワークも進み、東京でできることは地方でもできるようになってきました。地域おこし企業人の制度なども含めて、「これまでの経験を活かして地方に行く」という選択肢を持ってもおもしろいんじゃないかな、と思います。 ーこれからは地方が活躍の場になる、ということですね。人間関係の築き方についてはどう考えていますか? どの地方にも、しきたりや特有のコミュニケーションは正直あると思います。それでも移住先に関わりたいと思うのなら、地域のイベントなどに足を運んでみてください。地域の人たちのことを理解できる貴重な機会ですから。 ーありがとうございます。小松さんなら、移住検討者のどんな相談に乗れますか? 小海町やその近隣のエリアについては案内ができます。その他だと、農業や伝統文化についての紹介ができると思います。地域らしさが一番見える部分で、かつ私の得意分野でもありますので。 ▼flatoはこちらからアクセス https://flato.jp/ インタビュー、文:ぱーこ 編集:西本友

【埼玉県秩父郡横瀬町】橋本未来さんが体現する「地方での仕事のつくり方」 #移住者に聞いてみた

今回の移住者に聞いてみたでは、埼玉県秩父郡横瀬町在住の橋本未来(はしもとみらい)さん(Twitter)にお話を伺いました。 かねてより夫婦で検討していた移住。橋本さんはコロナによるパートナーのリモートワーク化を追い風にして実現しました。そのお話には移住先で移住者だからこそできることを、実践し続けるための秘訣が詰まっていました。 地域課題への積極的な提案 ー現在の仕事について教えてください。 複業型のフリーランスとして、動画&WEB制作・移住コーディネーター・古民家再生の3つの仕事をしています。古民家再生や動画&WEB制作は夫も一緒にやっています。 ーどれも移住前からやっていたものですか? いいえ、動画制作以外は移住してからはじめました。特に、移住コーディネーターの仕事は、私が町に提案して始めた仕事です。 ーどういう経緯で提案されたのか気になりました。 実は移住した時には、町にお試し移住ハウスや他の市区町村のような移住担当窓口がなく、不安を感じたこともありました。そこで、「実際に移住した立場だからこそ貢献できることがあるのではないか?」と考え、移住コーディーネーターの仕事を提案したのです。 街の歴史をつなぐ古民家再生 ー同じ悩みを抱く方の力になれますね!古民家再生はどうして始めたのですか? 一言で表すと「ご縁」ですね。移住先を検討しているときに地方の空き家問題を目の当たりにしたものの、正直に言うと古民家にあまり興味はありませんでした。 ーそれでも再生に関わることになった決め手を伺いたいです。 ある時、築100年の古民家を借りている人と話す機会があり、何か活用できないかと仰っていたんですよ。その物件の所有者さんとも会って、「その古民家がかつて町民にとって思い入れのある場だった」ことを知りました。そこで、古民家の現況をなるべく残して利活用できればと思い、私たちも再生に携わることにしました。 ー確実に想いを受け継げる手段だったのですね。では、お住まいの横瀬町の魅力を教えてください。 自然が多いのに東京への利便性が高く、チャレンジしやすい環境であることです。池袋駅から電車で80分の距離にあり、町が8,000人規模とコンパクトなので、行政の対応も柔軟です。また、官民連携での起業支援が盛んなので、プレゼン審査によって採択されると町からのバックアップを受けることもできます。東京に住んでいて自然に溢れる環境で何かやりたいことがある人には、うってつけの環境です。 慣れ親しんだ環境に戻るための移住 ーいつ頃から東京からの移住を考えはじめましたか? 夫と同居を始めた2018年秋頃です。私が1人暮らしをしていたマンションに2人で住んでいて、想像に難くない?と思いますがすごく狭かったんですよ。 ー想像がつきますね…。 それからすぐに都内で家探しを始めましたが、どこも家賃が高い上に、窓から見える景色に自然はなく、ビルばかり。そのうち、「こんな場所で高い家賃を払うくらいだったら、ライフスタイルから見直した方が良いんじゃない?」と夫婦で話し合うようになりました。私は山口県、夫は徳島県生まれとお互い地方出身だったこともあり、「慣れ親しんだ自然の多い環境に戻りたい」とどこかで思っていたのかも知れません。 ーどのような条件で移住先を探しましたか? 大きく2つありました。1つは、東京へ通える距離にあること。夫の会社には通勤可能範囲規定があるので、その範囲をくまなく探すことにしました。もう1つは、自然が多いことでした。川辺でのアウトドアに憧れていたので川に遊びに行ける距離にあり、そして夫婦でサイクリングが趣味なので、自転車で回れるスポットが多いところを探していました。 ー実際に移住先として、どこが候補に挙がっていましたか? 埼玉県秩父市以外には、千葉県南房総市・神奈川県相模原市・茨城県土浦市などがあり、実際に夫婦で足を運んで見て回りました。 ーたくさんの候補がある中で、秩父に決めた理由を教えてください。 山並みの美しさですね。秩父連山など360度山に囲まれていて、特にそそり立つ武甲山が気に入りました。「毎日この景色を見ることができたらなんて幸せだろう」と思いましたし、他のどの候補地を訪れても、秩父の景色が頭から離れなかったんです。 ー最後は自然が決め手だったんですね。ちなみに、横瀬町のことは以前から知っていたのですか? いえ、横瀬町の存在を知ったのは秩父移住を決める直前ですね。秩父市の隣に位置し、東京寄りでアクセスも悪くないという理由で決定しましたね。 移住前の不安を払拭するお手伝いを ー実際に移住して変化したことはありましたか? 東京ではできなかった生活を満喫できていますね。たとえば、窓から外を眺めるだけで四季の移り変わりを肌で感じられるようになったり、お昼に家の庭でランチやBBQを楽しんだりしています。また、東京では飛ばすことが難しいドローンも練習できる環境が近くにあります。夫が移住後にチャレンジしたドローンは、今ではなんと仕事の1つにしているんですよ。 ー驚きの変化ですね!一方、何か困ったことはありましたか? 車を持たずに移住したのですが、活動範囲や買い物の量が限られてかなり不便に感じました。なので、移住後にまず買ったのが車です。また、家にエアコンがなく夏の夜は暑くて寝れない日々が続きました。横瀬町は東京で暮らしていた場所から100kmもない距離にあったので、東京で大丈夫なことは横瀬町でも大丈夫だろうと考えてました。しかし、盆地の横瀬町の夏の夜はエアコンなしだと耐えることができず…事前に現地の方から聞いていればと悔やみましたね。 ー今の移住コーディネーターの仕事にもつながる経験ですね。現在移住を考えている方にメッセージをお願いします。 私たちは都会での共働き生活から地方で夫婦一緒に仕事をするようになりました。そんな働き方やライフスタイルの変化が誰かの参考になれば幸いです。でも、ブームになりつつある地方移住も、生き方や働き方の選択肢のひとつでしかありません。時間をかけてでも、自分らしい生活が送れる地域を見つけるのが大事だと感じてます。 ーありがとうございます。橋本さんなら移住検討者のどんな相談に乗ることができますか? 移住に向けた情報収集の方法はもちろん、私自身移住先探しに時間をかけたので、安価に効率よく回る方法もお伝えできます。他には、最近横瀬町以外の地方の地域とコネクションができて、私たちの関係地域も増えました。横瀬町だけでなく、全国各地の関係地域のことも情報共有できるかと思います。 ▼橋本未来さんへの移住相談はこちらから https://flato.jp/users/306/profile ▼flatoはこちらからアクセス https://flato.jp/ インタビュー、文:ぱーこ 編集:角田尭史

静岡県三島市在住 山森達也さんの「生き方を変えた余白」 #移住者に聞いてみた

今回の移住者に聞いてみたでは、静岡県三島市在住の山森達也(やまもりたつや)さんにお話を伺いました。 自宅の売却に伴い、急な移住をすることになった山森さん。縁のなかった三島への移住の裏には、驚くべき発想の転換がありました。 1年中アウトドアに出かけられるまち・三島 ー現在の仕事について教えてください。 都内の会社で、企業研修やワークショップにおけるファシリテーションの仕事をしています。この仕事に就いてから7年が経ち、三島に移住してからも続けています。コロナの影響で現在はリモートワークですが、出社が必要なときでも新幹線で50分で行けるので便利ですね。 ー仕事以外では何か活動をされていますか? 高校生のキャリア教育支援や『特定非営利法人みしまびと』の活動に携わっています。みしまびとで運営している『みしま未来研究所』は幼稚園をリノベーションした施設で、コワーキングスペースにカフェや多目的スペースが併設する「地域の交流の場」として機能しています。 ー現在お住まいの三島の魅力を教えてください。 伊豆や沼津など、アウトドアが楽しめる場所に通いやすいことです。それぞれ三島からおよそ1時間半以内で行ける場所にあり、1年中アウトドアやアクティビティを楽しめますよ。 ーアウトドア好きにはたまらない立地ですね!他にも魅力的なポイントはありますか? オープンな人が多いことでしょうか。地方というと、地元のコミュニティに入れるか心配される人もいるかと思いますが、三島でそういったことをあまり感じません。三島は古くからの宿場町で交通の要所であったことや、東京からのアクセスが良いこともあってか、長く三島に住んでいる人と移住者との間に隔たりがなく近い距離で接しています。 「満員電車が嫌なら新幹線がある」という発想の転換 ー都内ではどんなところに住んでいましたか? 品川区にあるマンションに7年ほど住んでいました。庭が付いていて、とても気に入っていたマンションです。 ー素敵なお部屋だったんですね!なぜそのマンションから離れたのですか? マンションを売ることになりまして。それが思いのほか早く売れてしまい、急いで引越しを考えなくてはならなくなったんです。 ーすぐに地方移住を考えたのですか? いえ、最初は都内での引越しを考えていました。趣味のアウトドアグッズが多く、1LDK以上の広さが必要だと発覚したので、条件に合う物件を都内で探したものの家賃が高くて決め切れず。そうしているうちに、都内で高い家賃を払うのはもったいないと感じ、かつ「多少通勤時間がかかっても、好きなウィンドサーフィンが気軽にできるエリアに住みたい」と思ったので、鎌倉や千葉を移住先の候補にしました。 ー移住先の候補が複数あるなかで、重視した条件を教えてください。 出勤時に満員電車を避けられることです。都内に住んでいた頃は通勤ラッシュと反対方面の電車で、満員電車とは無縁だったのですが、候補地はいずれも満員電車が予想される場所でした。「満員電車だけは避けたい」と考えるうちに新幹線通勤を思いつき、そこから小田原や熱海、三島が候補に入ってきたんです。 ーすごい発想の転換ですね!その中から三島を選んだ理由はなんですか? コンパクトで、かつ移住者が地域に関わることができる余白がある、と感じたからです。私は京都出身で、伝統やしきたりを重んじる地域で育ったのですが、京都には移住してきた人が地域に関われる部分は多くないと感じています。せっかく住むなら、関わりしろのあるエリアに住みたいと思い、そう感じたのが三島を選んだ決め手でした。 「ちょっとお試しで住んでみる」くらいでちょうどいい ー実際に三島に移住してみて、いかがでしたか? つながりゼロの状態で移住したこともあり、最初の2週間はとにかく辛かったです。移住前はさほど不安を感じていなかったのですが、夜に東京から三島へ戻ると家のあたりは静まり返っていて孤独を感じましたね。そこで、イベントや人が集まる場所に積極的に顔を出し、つながりが増えたことで次第に辛さは解消されました。 ー1年半が経過して、変化を感じたことがあれば教えてください。 良い意味でガツガツ感がなくなったように感じています。都内に住んでいた頃は、「今日は、昨日よりも前進していなければならない」という強い不安と焦りの中で生きていました。ですが、三島でゆったりと過ごす時間が増えたことでやりたいことへの気持ちがどんどん膨らみ、「何のために成長するのか」などを考える余白が持てるようになりました。 ー今、移住を検討している人に伝えたいことはありますか? 「移住は永住とは違う」ということです。一度移住したら、ずっと住まなくてはいけないと思ってしまいがちですが、未来のことは誰にもわかりません。もし移住に興味があるのなら「ちょっとお試しで住んでみる」くらいの気持ちで、まずは移住を体験してみることをおすすめしたいですね。三島の場合、東京から近いので、もし合わなければ東京へ戻ることもできますから。 ー最後に、移住を検討している方のどのような相談に乗れるか教えてください。 移住先でのつながりの作り方や、三島エリアでの遊び方は任せてください!特につながりについては、私自身も辛い思いをした分、移住者が取り残されないようなサポートをしていきたいと考えています。 ▼山森達也さんへの移住相談はこちらから https://flato.jp/users/284/profile ▼flatoはこちらからアクセス https://flato.jp/ インタビュー、文:ぱーこ 編集:西本友

神奈川県鎌倉市で渡辺健太郎さんに芽生えた「帰りたい」という気持ち #移住者に聞いてみた

今回の移住者に聞いてみたでは、神奈川県鎌倉市在住の渡辺健太郎(わたなべけんたろう)さん(Twitter)にお話を伺いました。 小売業からIT企業まで、さまざまな企業で働いたあとにフリーランスカメラマン・ライターへ転身した渡辺さん。東京から鎌倉へ夫婦で移住する過程と、その後の暮らしの変化について語ってくれました。 都会と自然の両取りができる鎌倉暮らし ー現在の仕事について教えてください。 フリーランスでカメラマン兼ライターをしています。撮影と原稿の執筆を片方だけ担当するときもあれば、撮影から執筆まで1人で担うこともあります。 ーずっとフリーランスとして働かれているのですか? いえ、5年ほど会社員をしていました。転職を繰り返しているうちに「正社員が向いてない」と思うことがあり、漠然とフリーランスに憧れていたんです。その第一歩としてブログを始めてみると、書き続けているうちに副業としてライターのお仕事をいただけるようになりました。その後、「頑張れば独立できる」と感じ、フリーランスとして独立した流れになります。 ー小さな行動がきっかけで実現したんですね。カメラはいつから始めたのですか? 中学時代から趣味でよく撮っていましたが、本格的に始めたのは独立後です。ライター業の中で、写真も撮れませんか?というご相談をいただくことがあって、それを機に独学で学びました。そのおかげで、今ではカメラマン単体でもお仕事をいただけるようになりましたね。 ー現在お住まいの鎌倉の魅力を教えてください。 利便性と自然の両方を兼ね備えていることです。30分で横浜、1時間で都内へ行くことができますし、また、海や山が近くにあるので、自然に触れたくなったらすぐに行ってリフレッシュできます。その両取りができるのが魅力だと思います。 都内に住み続ける理由がなかった ー都内では、どんな暮らしをされていたのですか? 妻と一緒にシェアハウスに暮らしていました。友人がオーナーのシェアハウスで元々友人であった夫婦や妻の弟と生活するという珍しい暮らし方をしていました笑 ー確かに珍しいですね!どういう理由で移住を考え始めたのですか? 東京の人の多さに疲れていた上に、東京に住み続ける理由がないと感じたためです。夫婦ともにフリーランスなので、そもそも週5で出社する必要はなく、家で仕事をすることも可能でした。また、取引先は都内がほとんどですが、必要なときに出ればいい状態。そういう状況をふまえ、「だったら自然が多くて、プライベートな空間を持つことができる場所に行きたいね」という話になったんです。 ー最初から鎌倉に住もう!と決めていたわけではなかったんですね。 そうですね。とにかく、都心へのアクセスの良さ、そして自然が豊かな場所であることが条件でした。アクセスは所要時間だけでなく、乗り換え回数も大事なポイントでしたね。鎌倉の他に候補に上がっていたのは、千葉の海沿いや埼玉の山間部などです。 ー候補が複数ある中で、鎌倉に決めた理由はなんですか? これはご縁ですね。ある時、鎌倉にある『泊まれるコワーキングスペース』に友人と行ったんですね。そこで知り合った方に、鎌倉移住を考えていることを話したら、そのコワーキングスペースの大家さんを紹介していただけました。そして、その方から「管理しているアパートの部屋が空いているから、そこに住んでみるのはどう?」と提案してくれたんです。 ーすごいご縁ですね。そのまますぐ移住されたんですか? いえ、その後4か月くらい費やしました。間取りが希望していた条件より小さかったことと、中部屋で日当たりが良くなかったため、すぐには決められませんでした。ただ、紹介されたそのアパートは海が近い距離にあり、大家さんのご厚意で仲介手数料や敷金も0にしてもらえたので、熟考した上で移住することにしました。 寝るためだけの家から、丁寧に暮らす家へ ー実際に移住されて、どんな変化がありましたか? オンオフの切り替えができるようになりました。東京にいると常に忙しなく感じますが、鎌倉では気持ちが楽になるんです。その証拠に、都内に出ると「早く家に帰りたい!」って思うようになりましたね。東京の電車と違って江ノ電は終電が早く、距離もあるので早く都内を出なくてはなりません。必然的に早寝早起きの習慣ができ、暮らしが丁寧になったと感じています。 ー移住されてからコロナで情勢が大きく変わりましたが、影響はありましたか? はい。実際に影響を受け、移住後に同じ鎌倉エリア内で再度引越しをしました。最初に住んだアパートには仕事部屋が1つしかなく、2人が同時にリモートワークをするには適していませんでした。2人ともがフルリモートになることは想定していなかったので、落ち着いた作業場所が確保できず、仕事に集中できない日々が続いていたんです。 ー二人暮らしならではですね…。ほかに困ったことはありましたか? 最初に懸念していた日当たりの問題も大きかったです。日中も電気をつけなくては暗くて作業ができませんし、なにより鎌倉特有の湿気に悩まされました。鎌倉は湿気がすごく、ずっと家にいるなかであちこちにカビが生えて大変でしたね。 ー最後に、移住を検討している方に伝えたいことはありますか? 実際に住んでみないとわからないことは多いので、移住したい気持ちがあるなら、行動に移してほしいですね。鎌倉に移住を考えている方には、イメージしている暮らしと鎌倉が合っているかのアドバイスができると思います。ほかにも、移住時に重点をおくべきことや、妥協していいこともお伝えできます。移住後に同じエリアで引っ越した人は少ないと思いますから。 ▼渡辺健太郎さんへの移住相談はこちらから https://flato.jp/users/90/profile ▼flatoはこちらからアクセス https://flato.jp/ 文:ぱーこ インタビュー、編集:西本友

人気記事

2020年度版ワーケーション助成・補助金情報まとめ

【2020年度版】ワーケーション助成・補助金情報まとめ

0
コロナウイルスの背景で、地方移住の関心が高まってきました。 地方移住支援を提供する、ふるさと開拓サービス「flato」では、以前からユーザー様より「ふらっと気軽に訪れられる暮らしや体験をしたい」というお声を頂いており、この度「flato-ワーケーション」の公開に至りました。 ぜひ、この機会にワーケーションを掲載したいという拠点様はぜひサービス内にある拠点掲載の流れにそってお問い合わせください。 (現在、順次公開していきます。) 「ワーケーション助成・補助金情報まとめ」の背景 ワーケーションが各地で話題となり、各地で自治体と連携した補助金などの情報が出てきました。 しかし、この補助金情報ですが、非常に見つけづらく、また整理されていない問題もありましたので、まとめページを構築しました。 現在は各地域も我々flatoも試行錯誤中で情報も少なく、ただ洗い出した状態ではありますが、今後はワーケーションだけでなく、補助金情報などまとめて"より見やすく"ご案内できることを目指します! ぜひ、ご期待ください!! 表の注意事項 行政の補助金情報は、年々更新されます。この記事自体は2020年度10月31日時点で記載されている内容です。逐次更新していきますが、情報が最新でない場合もございますのでご了承ください。 このページを利用される場合は、引用しリンクをつけることを義務付けさせて頂きます。 また、情報元は各行政に掲載している情報となりますので、本件の詳細は各自治体へ問い合わせお願いします。(そのため、補助金・助成金内容は転載元を表記しています。) 補助金 と 助成金の違い 細かい詳細は省き、ワーケーション補助・助成のイメージで説明すると、以下のようになります。 補助・・・自己負担し、あとで経費分の補助率分が支給。よって、手持ちから出る。支給タイミングは各自治体によって補助内容は異なる。補助額は高く、種類も多い。主に企業向け。 助成・・・定額から減額され、通常価格よりお得となる。よって、手持ち負担は少ない。各自治体によって助成内容は異なる。助成額は低く、種類は少ない。ワーケーション向き。(GoToトラベルなど)、主に個人向け 自治体関係者のみなさまへ 掲載されている補助金情報は、公開されている情報を集めて掲載しております。 ワーケーションに関する掲載情報が無い場合、新しく掲載希望をする場合は、以下よりお問い合わせください。掲載致します。(今後、弊社で新たな仕組みを導入する場合、ご連絡をさせて頂く場合がございます) 全国の補助金情報まとめ 現在、ワーケーションだけでなく「移住・定住」「企業誘致」関連の補助金・助成金なども多く出されています。今回は主にワーケーションに特化しご案内しています(中には企業誘致関連も一部含まれます) 北海道地方 北海道 釧路市(企業向け) 対象自治体(担当課) 釧路市 産業推進室 連絡先 0154-31-4550 実施期間 2021年1月末まで 助成 or 補助 補助 利用条件 4日(3泊)以上滞在 申込の流れ 産業推進室に申請書と必要書類を提出 事業完了後1カ月以内に、実績報告書にて事業の報告をいただき、補助金額の確定後、交付請求書を提出 対象者 釧路市内に事業所を有しない事業者 (市内に事業所がある場合でも、市外の事業所に勤務する者が、市内事業所の業務と別の業務を行う目的で実施する場合は対象) 宿泊費 上限 滞在1週間未満 65,000円/人 滞在1週間以上 85,000円/人 移動費 ワークスペース利用費 転載元 釧路市地域連携型サテライトオフィスモデル事業を募集します   函館市(企業向け) 対象自治体(担当課)  函館市 工業振興課 連絡先 0138-21-3307 実施期間 2020年11月9日・ 16日限定(出発日) 助成 or 補助 助成 利用条件 1日目午後、市が行う視察に参加 (函館市に関する説明、大学や研究施設の視察)滞在中、市が指定するコワーキングスペースで仕事を行う) (2泊3日の場合1か所2時間必須。3泊以上の方は複数施設の利用は必須) 申込の流れ 申し込み先 株式会社日本旅行 東日本法人支店 担当:内田 masaya_uchida@nta.co.jp TEL03-6892-1827 対象者 【3日間以上(最大9日)の「ワーケーション」を実施するモニタリングツアー】 職場のチーム力向上や従業員満足度アップのため、ワーケーションを実施したい 経営者・管理職の方 新型コロナにより在宅勤務となっており、勤務先にワーケーションの申請が可能な方 宿泊費 2泊3日33,000円 3泊4日38,500円 4泊5日44,000円 (最大8泊9日コースまで) ...

浜松は都会?田舎?地方在住フリーランスの暮らしに最適な理由とは?

0
こんにちは! 静岡県浜松市で活動をしているフリーライターのNaoです。 私は2013年に東京から浜松に移り住みました。 移住生活も7年目となり、仕事を通じて浜松の暮らしやすさを実感しています。 そこで今回は「都会と田舎のいいとこどり」ができる浜松の魅力をお伝えします。 地方在住フリーランスに嬉しいメリットもたくさんあるので、移住を悩んでいる方はぜひ参考にしてください。 浜松は都会と田舎のいいとこどり みなさんは浜松というと都会と田舎、どちらのイメージをお持ちでしょうか? 私は東京から浜松に来たとき「想像していたよりも都会だな~!」と感じました。 浜松の中心地には商業施設や飲食店がそろっており、電車やバスなどの交通手段も充実しています。 駅周辺は夜でも明るく、人通りもあるので不安に思うこともありません。 その一方で広々とした公園が多く、少し足を延ばすと浜名湖やフラワーパークなど自然を満喫できるスポットがたくさんあります。 都会の利便性と美しい田舎の自然を同時に楽しめることが、浜松の魅力ですね。 商業施設がそろっている浜松駅前 移住してからは、都心と変わらない浜松の便利さに驚かされています。 浜松駅前には駅ビルのメイワンや遠鉄百貨店、ビックカメラなど大型の商業施設が隣接しています。 急に必要となったデジタル機器や取材先への手土産も手軽に購入できるため、いざという時も安心です。 私のおすすめスポットは、メイワン8階にある書店・谷島屋。 話題の新刊から専門書まで幅広くそろっているため、仕事に活用できる1冊が手に入ります。 エクセルシオールカフェが併設しているところも、フリーランスやノマドワーカーには嬉しいポイントです。 浜松市街を一望できるカフェで本を読んだりPC作業をしたりするだけで、最高の気分転換になりますよ。 リーズナブルな家賃で快適な環境に住める 地方在住フリーランスは自宅で仕事をする方も多いですよね。 私も在宅ワーカーなので、快適に過ごせる家選びにはこだわりました。 駅からの距離やコンビニの有無も重要なポイントです。 小学生の娘がいるワーキングマザーでもある私は、子供の通う小学校までの距離や通学路の安全性も気になりました。 さらに自分の生活に合う物件を選ぶ際には「家賃がいくらなのか」も外せません。 家賃は毎月かかる固定費なので、少しでも安いほうが嬉しいもの。 浜松は都心に比べると家賃が安く、ワンルームであれば3~4万円で借りられます。 ファミリー物件も、10万円前後からそろっています。 (ちなみに東京都渋谷区のファミリー物件の家賃は30万円以上……) 現在私は子供の小学校から徒歩5分、駅までは歩いて10分ちょっと、そしてコンビニは目の前という物件で生活中です。 「この暮らしは、都心ではなかなか手に入らないよね」と地方在住フリーランスの生活を満喫しています。 東京、大阪へも新幹線で約1時間半 浜松駅には東海道新幹線が停車するため、東京にも大阪にも約1時間半で行くことができます。 私はリモートワークで仕事をしていますが、定期的に東京のクライアントさんを訪問して打合せをしています。 東京や大阪に行くことで、トレンドを自分の目で確かめたりクライアントさんと直接話をしたりできるため、とても良い刺激になっています。 確かに距離はありますが、新幹線なら移動はあっという間なところも嬉しいですね。 子供が大きくなるころには、都心と地方の両方で活躍できる「2拠点フリーランス」になることが私の目標です。 そのため都心へのアクセスが便利な浜松は、私にとって最適な場所なのです。 最後に 今回は私が暮らす浜松の魅力を、地方在住フリーランスの視点からご紹介しました。 移住を考えるときには自分の目指す暮らし方をイメージして、交通の利便性や商業施設の有無、自然環境との近さをリサーチしてみましょう。 「地方は不便かもしれない」と不安を感じていても、実際に暮らしてみると意外と都心と変わらない生活ができるものです。 家賃の安さや人混みが少ないことなど、地方のメリットもたくさんあります。 本格的な移住をする前に、お試しで短期間暮らしてみるのもおすすめです。 生活をしてみることで、本当に自分に合う土地かどうかがわかりますよ。

【宮崎県児湯郡新富町】二川智南美さんが直感で選んだ移住先が最高だった話 #移住者に聞いてみた

0
今回の移住者に聞いてみたでは、宮崎県児湯郡新富町(こゆぐんしんとみちょう)在住の二川智南美(ふたがわちなみ)さんにお話を伺いました。 20代後半に差しかかり将来を考えた二川さんは、偶然と直感、そして行動力を基にして移住を決断しました。移住を視野に入れながらも移住地に迷っている人へ、一歩を踏み出すヒントがあります。 地域の魅力を再発見する広報誌をつくる ー現在のお仕事について教えてください。 地域おこし協力隊として新富町役場の総務課に所属し、広報誌『広報しんとみ』の制作に関わる業務全般を担っています。企画構成から、取材、編集、ライティング、写真撮影、誌面のデザインまで、幅広い業務を担当しています。 ーいつから広報誌のお仕事をされているのですか? 移住後の2019年9月からです。外からの目線で地域に埋もれた魅力を引き出したり、地域で頑張る人々とその背景にある気持ちを伝えたり、新富町の魅力が伝わるように日々改良を重ねています。この仕事は、掲載される側と読者の両者の反応を身近に感じられるので、とてもやりがいがあります。仕事を始めてから1年半以上経ちましたが、新富町は伝えたい魅力が尽きません。 1本の映画が気付かせてくれた移住への本当の気持ち ー地域愛を持って仕事をされていますが、以前はどのような仕事をされていたのですか? 東京の編集プロダクションで5年半編集者として働いていました。ライターやデザイナーへのディレクションを中心に、企画構成やライティングの経験があり、その経験が今の仕事に活きていると感じます。ただ、勤務が終電まで続くことも多く、体力面や精神面で将来を不安に感じることもありました。 ー移住を考えるきっかけがあれば教えてください。 あるとき、旅行先で「おだやかな革命」という映画を観たことです。地域のために地道に努力を重ねる人の姿に魅せられ、「地域で頑張る人や地域の魅力を盛り立てたい!」と移住への決意が固まりました。 ー映画の他にも移住を検討する理由はありましたか? はい。まず、20代後半になり将来の働き方や住む場所について考え始めました。都会で身を粉にして働き続けることへの不安と、自分が育った群馬県の田舎のように、自然のある場所で子育てをしたい気持ちがありました。また、大学で俳句を専攻していたこともあり、「季節の移ろい」を感じられる場所で生活したかったことも理由のひとつです。 経験に裏付けられた直感が導いた移住 ー何がきっかけで新富町への移住につながったのですか? 映画をみた後、偶然友人から誘われた『南九州移住ドラフト会議』への参加が契機になりました。移住を検討し始めたものの、移住地は模索状態。これまでに縁のない場所との出会いを望んでいた自分にとっては助かりました。 ー「南九州移住ドラフト会議」では何があったのですか? 面談や自己PRを経て、球団の新富町(『地域商社こゆ財団』)から1位指名をいただきました。新富町の人とは本指名の直前にある交流会で意気投合したものの、当時は新富町の場所も知りませんでした。そもそも移住先を決めるというよりも、移住に向けた第一歩として、地域の人物と関わるために参加したので・・・。 ードラフト会議が新富町への移住の決定打だったのですか? いえ、指名後に10日間ほど新富町を含めた宮崎の地域を巡った旅行が決め手でした。旅好きで国内各地を訪れていたなか、直感的に住んでみたいと思ったのは新富町が初めてだったんです。新富町では、『地域商社こゆ財団』のはからいで地域課題を解決するワークショップに参加し、観光資源や人の話を聞く機会がありました。そこで、新富町の新しい風を受け入れる姿勢と地域の魅力を体感し、すっかり新富町の虜になってしまいました。 ー新富町には、二川さんが移住先に求める環境が備わっていたのですね。 そうですね。私は、出身地と似た人口2万人前後の規模感に惹かれました。地元とよく似た場所で、育った経験から移住後の生活がリアルに想像できたことが「住みたい」につながったと思います。 後悔しないためには行動が大事 ー新富町の魅力を教えてください。 まずは、日本有数の農業地域で野菜が美味しいことですね。また、神楽や神話といった伝統があるほか、ウミガメが産卵にくる豊かな砂浜もあります。航空自衛隊の基地がある背景から外部者を寛容に受け入れる土壌と、伝統を守りつつ時代に応じた変化に挑戦できる風土も魅力です。地方ですが、都心から遅れているような感覚もありません。 ーその当時付き合いたてだった彼氏さんと一緒に移住したと聞きました。どのように説得されましたか? 彼との交際はドラフト会議で本指名を受ける1週間前から。初デートが新富町だったんですが、そこで私の移住の意思が固まってしまったので、移住をしたい気持ちと新富町の魅力を伝えて説得を繰り返し、二人で移住しようという結論に至りました。いつかは地方で暮らしたいと考えていた彼でしたが、本人も想定より早い移住になったようです。 ー移住して実現できたことはありますか? 仕事は忙しいものの日が明るいうちに帰宅でき、ライフワークバランスも保てるようになりました。距離感が良く、知らない人ともすぐに会話が生まれます。建物で遮られない空や季節の移ろいを感じられる自然、都市部にすぐ出られる立地にも満足しています。 ー仕事もプライベートも好調ですね。逆に困ったことはありますか? 交通アクセスが良くないので、実家に帰るのが大変なことぐらいです。とはいえ、東京ではできないこと(きゅうり収穫など)を体験できる環境があるため、日々充実していますよ。 ーありがとうございます。移住を検討している人へのメッセージをお願いします。 移住をするときは、実際の暮らしを事前に感じてみることが重要です。気になる土地へ行く、その土地の中心人物を探すなど、まずは行動しましょう。後悔しない移住をするためには、移住後の生活をつかむことが大切。自分の譲れないものは何かなども考えて、後悔しない移住を実現させてくださいね。 ▼二川智南美さんへの移住相談はこちらから https://flato.jp/users/345/profile ▼flatoはこちらからアクセス https://flato.jp/ インタビュー:ぱーこ 文:矢井田千秋 編集:西本友

【福岡県福岡市】木村公洋さんが語る、移住先の人と移住前からつながる重要性 #移住者に聞いてみた

0
今回の移住者に聞いてみたでは、福岡県福岡市在住の木村公洋(きむらきみひろ)さん(Twitter)にお話を伺いました。 東京で育った木村さんが移住先に選んだのは、地方都市である福岡市でした。移住前につながりを作ったことで、不安のない移住が実現。地方都市への移住を考える人の参考になること間違いなしです。 東京での仕事を手放し福岡へ ー現在のお仕事について教えてください。 主にライターとして、大手企業のWebメディアから個人のポートフォリオに載せる文章まで、取材を通して「想い」を言語化する仕事をしています。他にも、スタートアップ企業を支援するプログラムのメンター(アドバイザー)や、クラウドファンディングのプロデューサーとして共感を得る文章の作成など、人に関わる仕事が多いですね。 ー仕事や仕事環境は移住前と変わりましたか? はい。元々は放送作家としてテレビ・ラジオの報道・情報番組の企画構成、クイズ番組の問題を作成していました。ただ、2019年秋にはテレビの報道の仕事を辞め、7年間続けたラジオ局での仕事も移住を機に辞めました。 ー仕事を辞めてまで移住しようと思ったのですか? そうですね。ラジオ局での仕事だけが現地へ行く必要がありましたが、ライターの仕事がオンラインで完結できていたんです。「あれ、東京で暮らす意味ってないのかも」と、だんだんと移住の気持ちが固まっていき、「今こそ仕事環境を変える機会」と腹を括って2020年秋にラジオの仕事を辞め、放送作家の看板も外すことにしました。これで移住への勢いもつきましたね。 飲み会のために東京と地方を往復して得られた縁 ー移住を考えはじめたきっかけを教えてください。 飲み会でのご縁がきっかけです。数年前から、友人に誘われた飲み会のためだけに、東京から飛行機に乗って地方を往復していました。フットワークの軽い自分が好きで、飲み会目的の長距離移動も話のネタになると思って参加していたんです。何度か福岡での飲み会に参加し、おもしろい人たちとのつながりや知り合いが増えるなかで、「いつかは移住したい」と考えるようになっていました。 ー移住を本格的に決めたのはいつごろですか? 取材が全てオンラインになった2020年3月頃です。高い家賃を払っているのに、家とラジオ局との往復しかしていないことに気づき、「東京じゃなくてもいいな」と感じて移住を決めました。 ー仕事が大きなきっかけだったのですね。何を基準に移住先を探しましたか? 東京までのアクセスが良く、日常生活の利便性が高い地方都市を軸に探しました。僕は東京で育ち、車のない生活が基本。今も運転免許を持っていませんし、便利な都会が好きです。また、気軽に人に会える場所に住みたいと考えていました。福岡市であればすでに人とのつながりがあり、都会の割に家賃が安かったことにも惹かれましたね。 ーなぜ東京へのアクセスを重視したのですか? いきつけの美容室が東京にあり、月1回程度は上京する必要がありました。僕の髪型を20年間任せている美容師さんがいるため、美容室は変えたくなかったんです。それに、ほとんどの情報はインターネットで収集できますが、直接会うことでしか得られない情報もあります。東京に知人が多いので、そのタイミングで人と会ったり仕事ができるといいなと思いました。 ーそれでラジオ局での仕事も辞め、移住に向けて動き始めたのですか? そうです。福岡市での住居を探し始めたのは仕事を辞めてから。中洲や天神などの繁華街で探し、知人に紹介してもらった不動産屋さんのおすすめ物件に決めました。11月中旬に東京の荷物をまとめ、下旬には引っ越しました。 福岡の魅力は「人」と「利便性」 ー移住前の不安や移住後に困ったことはありましたか? 移住するまでに相談できる人間関係ができていたため、困ったことはありませんでした。また、移住後も人とのつながりを作れる自信があったことから、不安もなかったです。 ー良い人間関係が安心につながったのですね。福岡市の魅力を教えてください。 まず、コンパクトな町で交通の便が良いことです。自宅から繁華街の天神までは徒歩圏内で利便性が高い。かつ、東京と比べてタクシーの料金が安く、夜も終電を気にせずに過ごせるようになりました。生活コストが低いことも魅力ですね。 ー実際に住んでみてどんなことを感じましたか? 福岡の時間の流れは、東京に比べてゆっくりだと感じました。東京にいたときは、異様な早さで時間が流れていたと感じます。僕自身は、移住してからスケジュールにゆとりを持つようになり、自由な時間や自分に向き合う時間も増えました。自分の体感では、睡眠の質もあがって体調も良くなりました。今では福岡市をホームと思えるようになっていますし、東京から福岡に戻ってきたときにホッとする自分がいるんです。 移住前から「人」とのつながりを ー移住前後で、人との関わり方は変わりましたか? 時間に余裕ができたので、人と会う機会を増やすようにしました。どこに住んでいても変わらず大切なのは、人とのつながりです。人との出会いが経験値を上げ刺激を生むと思っているからです。そのため、仕事でもプライベートでも人からの誘いや出会いの機会を逃さないよう、オンラインだけでなく対面で会う機会を作るように心がけていますね。 ー移住を検討している人へのメッセージをお願いします。 僕は、移住先を選ぶ決め手は「人」だと考えているため、移住前から人との関係を作ることをおすすめしています。どのぐらいの人とつながりがあるのか振り返ってみて、なければ作っていきましょう。移住先でも相手の行動を待たずに自分から溶け込む努力が必要です。 ーありがとうございます。木村さんは移住検討者のどのような相談に乗ってくれますか? 人との関係作りについては相談に乗れます。人は考え方も価値観も多様であることを理解して、決して相手を否定しないことが大切です。すぐに距離感を縮めたい気持ちも分かりますが、まずは心地の良い距離から少しずつ縮めてくださいね。 ▼木村公洋さんへの移住相談はこちらから https://flato.jp/users/348/profile ▼flatoはこちらからアクセス https://flato.jp/ インタビュー:ぱーこ 文:矢井田千秋 編集:西本友

【福岡県福津市】理想の子育てを実現!小関美穂さんに聞く「子育て移住計画」 #移住者に聞いてみた

0
今回の移住者に聞いてみたでは、福岡県福津市在住の小関美穂(こせきみほ)さん(Twitter)にお話を伺いました。 ファミリー世代である小関さんの移住は、Uターンを希望する旦那さんがきっかけでした。子育て移住を成功させるための入念な移住計画は、ファミリーで移住を検討している人の参考になること間違いなしです。 移住を見据えたキャリア形成 ー現在のお仕事について教えてください。 株式会社allpersonalという会社で、事業の業務効率化と生産性向上を担う『Chief Productivity Officer|最高生産性責任者』としてフルリモートで勤務しています。以前はフリーランスとして関わっていましたが、現在は正社員として働いています。 ー小関さんは、メイクから人事と大きくジョブチェンジをされたと聞きました。人事の仕事はいつから始めたのですか? 2011年の春です。メイクの仕事は新社会人の時に、美容部員としてスタートしましたが、メイク関係の最後のキャリアはクリエイターのマネージャーでした。メイクアップ、ヘア、スタイリスト、フォトグラファー、ネイリストなどのクリエイターの夢をどのように叶えるかという戦略設計を二人三脚で取り組み、人が成長する姿を間近で見たとき、人事の仕事に興味を持ったんです。 ーメイクの仕事からどのようにキャリアを積んだのですか? 1つ目の会社には派遣社員として入社。最初に雇用形態にこだわらなかったことで、人事経験を順調に積むことができたと思っています。2021年2月からフリーランスとして業務委託を請け負ってましたが、現在の会社には移住のことも伝えたうえで、社員として入社しました。 ーフリーランスに転向したあと、すぐ正社員に戻ったのはなぜですか? 正社員になった理由はいくつかあります。一番大きな理由は、自分が地域でやりたいと思ったことと、誘っていただいた会社でやれることがシンクロすると感じたことです。 ほかにも、フルリモートで仕事ができたり、子どもが今年4月から入園し仕事の時間を確保できたこと。注文住宅を契約し、住宅ローンを組むためには正社員が有利だと思ったこと、などです。   十分な準備と思い切りで実現した移住 ー移住を検討し始めたきっかけを教えてください。 2018年頃、夫が実家のある福岡県福津市へのUターンを希望したことがきっかけです。移住前は千葉に住んでいました。子育ては自然の中でしたいという考えがあり、私自身が福岡に2年間住んだ経験から、また住みたいという気持ちも強かったですね。 ー移住への準備はいつから、どんなことをされていたのですか? 夫がUターン希望を伝えたタイミングから準備を始めました。移住を実現するために身に着けるべきスキルは何か、職種的な市場はどうかなど、人を紹介いただいて色んなお話を伺いました。その中で仕事や住む場所について調べたり、引越しの時期や費用、子供の入園に伴う手続きなどを徹底的に調べたり。どうすればコストを低く抑えられるかを考え、着々と準備していました。 ー実際に移住をするにあたって、不安なことはありましたか? 関東と比較した情報格差、教育格差、希望のタイミングで保育園に入れるかが気になってはいました。現在ではオンライン化が進んだこともあり、さほど問題ないと感じています。色々検討しましたが、最後は思い切りで移住に踏み切れたところもありました。 ー移住する際に家を買うことは決めていたのですか? いえ、移住前は賃貸か建売住宅にするか悩んでいました。夫婦でフルリモートワークのため、各自の個室があることが必須の条件だったんです。納得できる物件はなかなか見つかりませんでしたが、ご縁が重なり、年内に注文住宅が建つ運びとなりました。 ー理想の生活のためには、注文住宅が最適だったということですね。 はい。建売住宅をいくつか見学するなかで、気に入った工務店と分譲地に出会いました。関東では考えられない広さと価格の家だったので、思い切って購入しました。 理想の子育てができる福津市 ー福津市に住みたいと思った理由はなんですか? 理想の子育てを実践したいと思ったからです。子どもには、自立した人に育ってほしいと思っています。自立できる人は「挑戦できる人」だと考えていて、挑戦するためには自己肯定感が必要です。福津市では、学校運営に地域が参加するコミュニティスクールや、地域自治の仕組みの「郷づくり」など多世代の人と触れあえる環境があります。多様性を認め合える環境で自分を確立できたら、揺るぎない自己肯定感が育つのではないかと思いました。 ー福津市が自分の理想の子育てができる場所だとわかったのですね。 そうですね。また、福津市は海上貿易と塩田で繁栄した街なので、よそ者を受け入れる文化があります。転入者がどんどん増えていて、30〜40代のファミリー世代が多いという土壌も、子育てにとってメリットだと思いました。 ー福津市の魅力を教えてください。 山や海といった豊かな自然が全部揃う環境と、博多まで30分という立地の良さです。ウミガメが産卵するほど綺麗な水質の海があり、22kmにも及ぶ海岸線の景色に魅せられて移住する方もいると聞きました。遠浅の海で、条件が揃えばウユニ塩湖のような『かがみのうみ』を見ることもできます。ほかにも、漁港では新鮮な魚が手に入り、野菜も地産地消でおいしく頂けます。広い家に住むことができるのも魅力ですね。 少しずつ調べれば移住の不安は解消される ー実際に移住してみて気づいたことはありますか? 毎日海や山を見れるので、落ち着いて過ごせることですね。子どものお迎えに行ったときに、夕日がきれいだなと思ったら浜に行ける距離に住めるのは贅沢だと思います。また、私も夫も仕事がフルリモートで通勤時間がないため、家族の時間をしっかり取れるようになりました。 ーありがとうございます。移住を検討している人へのメッセージをお願いします。 リモートワークが増えている世の中で、都会に住む理由がなくなってきた方も多いのではと思います。自分の幸せを追求して移住をすると、生活の質が大幅に向上すると感じています。移住を検討している方は、自治体が展開する移住支援のサービスを調べてみてはいかがでしょうか?子どもがいる家庭でいきなりの移住は難しいですが、少しずつ調査すれば必ず乗り越えられると思います。 ー最後に、小関さんなら移住検討者のどのような相談に乗れますか? 移住者とのつながりが多くあるので、私が架け橋となることができます。また、キャリアコンサルタントの資格と経験を活かして、転職などで悩んでいる方の力にもなれると思います。   ▼小関美穂さんへの移住相談はこちらから https://flato.jp/users/347/profile ▼flatoはこちらからアクセス https://flato.jp/ インタビュー:ぱーこ 文:矢井田千秋 編集:西本友