藤戸淳平

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1997年、神奈川生まれ。現役大学生でクラフトビール 好きが高じて、クラフトビール 事業を自分のクラフトビール ブランドを創設。 世界1周や日本縦断を行うなど旅好きで、田舎が好きになり、移住を考えている。 現在は学生・会社・NPO・フリーランスなど様々な業態で活動しているマルチワーカー

#移住者に聞いてみた 東京で生まれ育った横道亨さんが、佐賀県唐津市に移住したら家族全員が幸せになった話

今回のflatoの移住者インタビューでは、佐賀県唐津市在住の横道亨さんにお話を伺いました。 横道さんは、株式会社パソナに勤めながら、移住ブログやTwitterを通して移住生活について積極的に発信されています。30年間生まれ育った東京を離れ、佐賀に移住するまでのストーリーにはたくさんの「家族愛」が詰まっていました。 満員電車は途中で降りることもあった東京生活 -現在のお仕事について教えてください。 2013年に新卒でパソナに入社し、現在もパソナで働き続けています。企業都合退職の方の再就職支援や、個人転職サービスのキャリアアドバイザーなどを経て、2018年から個人及び企業の副業・兼業の働き方を推進する新規事業に従事しております。 -本業以外にも何か活動はされていますか? 佐賀県庁のご協力を頂きながら、大学時代からサークルで活動していたダブルダッチ(2本の縄でジャンプ・ダンス・アクロバットを行うベンチャースポーツ)を地域おこし団体や地元の地域企業様と一緒にイベント等を計画しています。 ※コロナで中断しているため、実施はこれからの予定 (海外の知人が東京観光に来る際に、サプライズでウェルカム発表会をした写真) 他にも、移住ブログの運営や、個人でSNS(Twitter)コンサル・動画編集・早寝早起きや朝活を定着させるコーチングを請け負ったりしています。 余談ですが、フェルナンドトーレスがサガン鳥栖に所属している間に、ホームスタジアムで彼のプレーを見れたのがとてもいい思い出です。 -たくさん活動されていますね。唐津市を初めて訪れたのはいつ頃ですか? 妻の実家が唐津市の隣の多久市にあるので、結婚の挨拶に伺った5年前ですね。僕自身は生まれも育ちも東京なので、妻に出会うまで佐賀とは無縁でした。 ーどのようなきっかけで地方に興味を持ちましたか? 元々は大学時代のカナダへの留学をきっかけに、「日本について知らないことが多いな」と気付いたことです。子供の頃から、サッカーゲーム『ウイニング・イレブン』で国旗や世界地図を見ていたので、国内外問わず知らない場所への興味があったんだと思います。 -唐津市の好きなところを教えてください。 森や海と、ダウンタウンが共存している点ですね。サーフィンやSUP、山登りにすぐ行ける距離に、ベンチャー企業が集まる中心街があるんです。東京から自然を求める場合、お金を払って数時間かけて体験しなければいけませんでしたが、自分の暮らしの一部に自然と現代社会が共存している感覚はとても新鮮ですね。 (今では自宅ですぐにBBQができる快適な生活) (フィンランド式テントサウナから出たときの爽快感この上ない1シーン) -東京での暮らしとは違う点がたくさんありそうですね。 僕は閉所恐怖症なので、満員電車が本当に苦痛でした。押上から渋谷まで、1駅ごとに乗り降りを繰り返しながら通学していた時期もあったんです。電車だけに限らず、コロナで顕在化したリスクの一つ、「3密の状態」が何もしていなくても脳がいろんな情報をインプットする事で、都会暮らしの「”なんか”疲れている」状態を生むと思うんですよね。そうした密集した人工物(建物・広告)やパーソナルスペースが埋め尽くされた都会の生活から脱却できたことでストレスは軽減されましたし、心の余裕が生まれている実感はあります。都会の生活にフィットしている方も大勢いると思いますので、都会生活そのものを否定するつもりはありませんが、私のような都会生活に疲弊している方々も一定数いるのではないでしょうか。 -反対に、唐津での生活で物足りなく感じている点もありますか? 役所や病院などのインフラが点在しているので、行きたい場所にすぐ行けないのは不便に感じることがあります。その点に関しては、車を持っていると問題ないですが、そうなると今度は運動不足が深刻になりますね(笑)。 -ご家族にはどのような変化がありましたか? 私と妻が子供に対する余裕が生まれたことです。そもそも、移住に至った大きな理由は、東京で待機児童問題に直面したことだったんです。いわゆる『保活(子供を保育園に入れるための活動)』は非常に骨が折れましたし、受かったとしても、「こんな狭い敷地ではのびのび・スクスク子供が育たないのでは?」と疑問に感じていました。保育士をしていた妻も思うことがあったようで、妻の実家の自然が豊かな佐賀で子育てをする結論に至りました。 新しい環境に飛び込み続け、掴んだ家族の幸せ -現在の会社に入った理由は何だったのでしょうか? もともと人材・教育業界に狙いを定めて就職活動を始めて、最初に出会った会社がパソナなんです。大学で所属していたダブルダッチサークルで、リーダーとしてメンバーの相談に乗ったり、課題を解決したり、メンバーが「横道さんに相談してよかったです!」と言ってくれたりしたことが、自分のやりがいでした。その経験から、人にアドバイスしたり、インスパイアする仕事がしたいと思っていましたね。 -パソナに入社されてからは、どのような業務に携わっていたのでしょうか。 初年度は、希望していた再就職支援の部署に配属されました。転職経験のない4~50代の方々がお客様で、そういった方々の初めての再就職支援(社外転身)を支援するのは一筋縄ではいきませんでした。他社からのヘッドハンティングでパソナに入社した優秀な方が多くいた部署で、当時僕はとにかく「誰と一緒に仕事をする事が最速で成長できるか」を考えていたので、この部署をその成長できる環境として選びました。1年目からそのような環境で仕事ができたのはありがたかったです。 -社内異動をたくさん経験されているそうですね。  はい。パソナに入ってこれまで計7回異動していますが、すべて希望の部署に移れているのはさらにありがたいことです。移住を考え始めるちょっと前には、役員とお酒を飲んでいる時に当時の新規事業の参画を交渉したことがきっかけで異動が叶ったり(笑)。外部人材の活用を副業・兼業(業務委託)で提案する新事業だったので、マーケットにニーズを発掘する面白さに惹かれました。 移住と同時に、新たなポストに就任 -新しい環境に飛び込むことをためらわない姿勢が、移住の決断にもつながっているのでしょうか。具体的に移住を考え始めたのはいつ頃でしょうか? 2018年頃ですね。結婚し、子供が二人できた後でした。 保活のストレスからか、夫婦間の喧嘩が増えていました。妻が軽度の育児ノイローゼになったこともあり、環境を変えたいなと話し合っていたんです。 当時僕が上述の新事業の部署に配属されたばかりで、結果を出すまで移住を待ってほしかったので、妻と子供には先に佐賀へ引っ越してもらい、僕は東京の実家に住みつつ、仕事の目途が立つタイミングを伺っていました。私は、そのタイミングを見計らって数か月後に遅れて移住をしました。 -お仕事よりも、ご家庭の事情が大きな理由だったのですね。奥さんのご実家ではなく隣町の唐津にしたのはなぜだったのでしょうか。 妻の伯母が、現在僕たちが住む唐津の家(6SLDK・駐車場3台・山付き)で一人暮らしをしていたので、子供を連れて一緒に住もうと思いました。人数が多い方が楽しく暮らせるだろう、と。 -移住となると「仕事」の悩みがつきものですが、どのようにして現在のポジションに行き着いたのでしょうか? そもそも移住となると、パソナは退職せざるを得ないだろうと考えていたので、佐賀県内で転職活動をしていました。実際に、佐賀のベンチャー企業から内定もいただいていたんですよ。ところが、上司に事情を説明し、「福岡にポジションがあるなら相談させてほしい」とダメ元でお願いしたら、福岡支店でポストを用意していただけたんです。年収の面から考えても、パソナに居続けた方がメリットがあると考え、最終的に内定はお断りしました。今もこのベンチャー企業とはコンタクトさせていただき、新しい施設のOPEN準備をボランティアでお手伝いさせていただいたり、個人的に関心の強い領域なので、お世話になりたいと勝手に思っています。 -「言ってみる」のはとても大事なのですね。移住を決めてからは、どのようなことアクションを起こしましたか? 唐津の町おこし事業に携わっている人とSNSのDMで繋がろうと試みました。すると、輪をかけるように移住コミュニティやNPO、市議会議員の方々などがLINEグループや異業種交流会等で「東京から移住してきた横道さんです!」と歓迎モードで繋げてくださいました。自分が動いた分、相手方も応えてくださるので、積極的ににコンタクトを取ることが大切だと学びました。 人生100年時代に「どこで」生きるのかを考えてほしい -実際に移住してみて、暮らしにはどのような変化がありましたか? 以前の東京での都会生活は、思っていたよりストレスが大きかったことを実感しましたね。毎日の満員電車に疲弊し、妻に起こされて朝がスタートしていました。9時ぎりぎりに出社し、午前中は生産性の低い仕事をしていたと思います。毎日が受動的に過ぎていく感覚も真剣に変えたいと強く思っていました。 しかし今は、自然いっぱいの山に囲まれた環境で朝4時半に起床し、日差しと小鳥のさえずりで一日が始まります。在宅勤務なので、保育園のお見送り、定時で会社の仕事を終わらせた後は、保育園のお迎え、動画編集やダブルダッチの活動準備をします。休日は子供と公園に出かけ、妻を休ませることも可能です。こうした生活を続けるうちに私は8月に全国1位の営業成績で表彰されることとなり、妻も育児ノイローゼから復活し、保育士として復職し幸せそうなので、家族全員が充実した日々を過ごせていると感じています。移住した事で家族に笑顔の総量が増えている事は間違いないです。 -移住を検討している人に向けて、メッセージをお願いします。 コロナが流行したこともあって、「『移住(二拠点生活)』が多くの人の人生の選択肢になること」を願っています。あえて角の立つ言い方をすれば、「人生が100年続くと仮定して、何年後まで今と同じ場所に住むんですか?」と(笑)。住まいのサブスクといった便利なサービスもあることですし、今すぐではなくても「移住(二拠点生活)」が頭の片隅にあれば、家族や自分の人生をよりハッピーにできると思います!実は、私たちもいつまで唐津にいるかは既に話し合っています(笑)。 -最後に、横道さんなら移住検討者のどのような相談に乗れると思いますか? 上述通り、地方移住につき、転職活動を経験していますし、キャリアアドバイザーとしての経験も活かせるので、お仕事やキャリアについてはぜひ相談していただきたいです。本業・副業問わず、移住先に絡めた仕事の始め方や、SNSでの発信方法などですね。その人の特性を汲んだ上での発信軸を一緒に考えられると思います。 誰もがメディアを持って発信する事が当たり前の時代に、個人として、家族としてより幸せな働き方・暮らし方・生き方を一緒に考えることが出来ると思います。 ▼flatoはこちらからアクセス https://flato.jp/ ▼横道亨さんへの移住相談はこちらから https://flato.jp/users/119/profile インタビュー:青木空美子 文:藤戸淳平 編集:津島菜摘

#移住者に聞いてみた 「言ってみる、会ってみるが夢への第一歩」と語る、山梨県北杜市&東京都在住 辻麻梨菜さんのライフスタイル

今回のflatoの移住者インタビューでは、山梨県北杜市と東京で2拠点生活をしている辻麻梨菜さんにお話を伺いました。 東京で会社員として働きながら、はじまり商店街でもコミュニティビルダーを務めている辻さん。地元・山梨県で友人とデリを出すことも予定し、地元の課題をイベントを通して解決を試みるなど、様々なことでご活躍しています。「多動なライフスタイル」と語る、その真意に迫りました。 フットワーク軽く動くことで開ける道 ー現在の仕事や活動について教えてください。 週4日は東京で会社勤務、週3日は地元・山梨県へ里帰りをしながら地域の課題解決に取り組んでいます。 東京では、正社員と副業ワーカーで構成されているベンチャー企業「株式会社トレジャーフット 」で正社員として働いています。 また、ライフワークとして、はじまり商店街のコミュニティビルダーをやっていたり、地元山梨の地域課題を解決するイベントを開催するなど、幅広く活動をしています。 ー東京ではどのような場所に住んでいるのですか? 東京都足立区にあるフルリノベーション団地「いろどりの杜」に今年の2月ごろから住んでいます。 はじまり商店街が関わっている物件なのですが、団地に住みながら賑わい作りをするような場所なので、「ここで経験を積めば北杜市でも活かすことができるだろう」と飛び込みました。 ー行動力がすごいです!東京ではどんなお仕事をしていますか? 都市部にいる人材と地方の中小企業をマッチングさせる仕事をしています。 その一環で、山梨県や静岡県に行くこともあるので、本業でも地域と関わるような仕事ができています。 ー「東京でも地方」なのが辻さんならではですね。地方との関わりが増えて、どんな気付きがありましたか? 近所の人たちと親密な関係になれることが「心地よい」と感じたことですね。 小さい頃は、田舎特有の近所付き合いが嫌でしたが、大人になってその温かみのある関係性の良さに気がつきました。 「いろどりの杜」に住んでいるのは、「地域コミュニティの親密な関係を東京でも築くことができるのではないか」と考えたためで、今はその実証実験中です。 思い出の故郷が変わってしまうもどかしさ ー新卒入社した株式会社ベネフィットワンでは、どのような仕事をしていましたか? 新卒入社から6年間勤務し、さまざまな部署を体験しました。 最初は法人営業を行い、その後はWEBディレクターや新規事業開発など、様々な部署を経験しましたね。 ーそのとき、どんなことを感じていましたか? 都会暮らしへの疑問、ですかね。 社会人3年目の頃に、「暮らしているだけでお金を浪費してしまう」都会の暮らしが辛くなりはじめたんですね。また、田舎の暮らしや働き方の情報が入ってきて、自分の働き方に疑問を持ち始めたんです。 ーご自身の疑問が大きかったのですね。そこから「地方」へさらに興味を持つきっかけはありましたか? 社会人3年目の時、母校の統廃合の話を聞いたことですね。 それをきっかけに考え方がガラリと変わりました。 ーどのように変わったのですか? その時まで地元に一切関心がなかったのですが、やはり母校がなくなってしまうのは悲しく、一度見に行ったんですね。 すると、私が今まで見てきた地元の風景と”今”が大きく変わっていて、とても驚きました。 ーそれはインパクトのある出来事ですね。以降辻さんはどのような行動を取りましたか? 「地方創生」「移住」と付くありとあらゆるイベントに足を運び、情報をキャッチしに行きました。 「何か私にできないか」と模索していたものの、ひとりでは何もできないので、すでに活動を始めている人と出会いたかったのだと思います。 「言う・会う」を繰り返して、掴んだライフスタイル ー多くのイベントにしてみた結果、どんな気付きがありましたか? 当時、「東京生活で培ってきた人脈やノウハウを地元に生かせる方法はないか」と考えてイベントを回っていたものの、ピンとくるものが少なかったんですね。 そんなある日、東京で「2拠点生活」がテーマのイベントにたまたま参加したとき、「これだ」と感じたんです。 また、2拠点生活をしている方が周りにいなかったのですが、登壇者の話を聞いて「同じようなことをやっている人を探すのではなく、まず自分が実践すればいい」と気付き、そこから自分なりに活動してみようと考えました。 ー当時すでに「これをやりたい」というものはあったんですか? 実はそういったものがなかったため、さらにイベントに足を運びました。そうして接点を増やしていくと、多くの方が声をかけてくれるようになり、気づけば人脈が広がっていました。 ー前職を退職する前に、どんなことをしましたか? 信頼している仲間に、辞めることを打ち明けました。 すると、「一緒にこんなことしてみない?」と声をかけてもらえたりしたので、一緒にアイデアを膨らませたり、一緒にできることを考えて行動したりしていました。 とはいえ、当時は職場環境的にすぐに実践できる多くなかったので、「会社のリソースを使ってトライする」という方法を取っていました。 これもイベントで知った考え方です。 ー「まず小さく始めてみる」ということですね。 ちなみに、今の会社の代表は前職の上司なんです(笑)。 辞める前から副業として今の会社のお手伝いをさせて頂いていたり、半年間ほど並行して準備をしていました。 ーキャリアチェンジ前にやっておいてよかったことはありましたか? 「やりたいことを口に出す」ことと「会いたい人に会いに行くこと」ですね。 そうすることで周りの人たちがアドバイスなどをくれたり、フットワーク軽く動くことで新たなチャンスが巡ってきました。 もちろん予想外の出来事も次々と起きてしまいますが、解決のために奔走していたので、3年間があっという間でしたね。 地元を皆のサードプレイスに ー2拠点生活を始めてみて、どんな変化がありましたか? 以前までは、イベントはライフワークとして行ってきたのですが、最近では山梨県庁さんにお声をかけてもらったりと、仕事にもつながってきています。 また、親友と地元でデリをやろうと企画し実践しているなど、生まれ育った白州での活動も徐々に拡がってきています。 ー辻さんがこれから実現していきたい世界観について教えてください。 あまり大きいことをやりたいというよりは、自分と関わってくれた人が幸せになってほしいと考えています。 東京で関わっていた人たちが、移住だけではなく、2拠点生活の場所として行きたい時に行けるような場、そして私の地元の人と繋がりが持て、地元の人同志も繋がれるような場を作りたいです。 山梨に来てくれる人、地元の人、どちらにとってもサードプレイスになるような場づくりをしていきたいですね。 ー最後に、移住検討者のどのような相談に乗れるか教えてください。 関心があるなら、とにかく足を動かしてみることだと思います。興味があれば、実際にその土地に行ってみることをお勧めします! まず行ってみることで、ネットではわからない生活の様子や現地の人たちの雰囲気などを感じられるので、新たな気づきを得ることができると思います。 ▼flatoはこちらからアクセス https://flato.jp/ ▼辻麻梨菜さんへの移住相談はこちらから https://flato.jp/users/38/profile インタビュー:青木空美子 文:藤戸淳平 編集:りこぴん

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2020年度版ワーケーション助成・補助金情報まとめ

【2020年度版】ワーケーション助成・補助金情報まとめ

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コロナウイルスの背景で、地方移住の関心が高まってきました。 地方移住支援を提供する、ふるさと開拓サービス「flato」では、以前からユーザー様より「ふらっと気軽に訪れられる暮らしや体験をしたい」というお声を頂いており、この度「flato-ワーケーション」の公開に至りました。 ぜひ、この機会にワーケーションを掲載したいという拠点様はぜひサービス内にある拠点掲載の流れにそってお問い合わせください。 (現在、順次公開していきます。) 「ワーケーション助成・補助金情報まとめ」の背景 ワーケーションが各地で話題となり、各地で自治体と連携した補助金などの情報が出てきました。 しかし、この補助金情報ですが、非常に見つけづらく、また整理されていない問題もありましたので、まとめページを構築しました。 現在は各地域も我々flatoも試行錯誤中で情報も少なく、ただ洗い出した状態ではありますが、今後はワーケーションだけでなく、補助金情報などまとめて"より見やすく"ご案内できることを目指します! ぜひ、ご期待ください!! 表の注意事項 行政の補助金情報は、年々更新されます。この記事自体は2020年度10月31日時点で記載されている内容です。逐次更新していきますが、情報が最新でない場合もございますのでご了承ください。 このページを利用される場合は、引用しリンクをつけることを義務付けさせて頂きます。 また、情報元は各行政に掲載している情報となりますので、本件の詳細は各自治体へ問い合わせお願いします。(そのため、補助金・助成金内容は転載元を表記しています。) 補助金 と 助成金の違い 細かい詳細は省き、ワーケーション補助・助成のイメージで説明すると、以下のようになります。 補助・・・自己負担し、あとで経費分の補助率分が支給。よって、手持ちから出る。支給タイミングは各自治体によって補助内容は異なる。補助額は高く、種類も多い。主に企業向け。 助成・・・定額から減額され、通常価格よりお得となる。よって、手持ち負担は少ない。各自治体によって助成内容は異なる。助成額は低く、種類は少ない。ワーケーション向き。(GoToトラベルなど)、主に個人向け 自治体関係者のみなさまへ 掲載されている補助金情報は、公開されている情報を集めて掲載しております。 ワーケーションに関する掲載情報が無い場合、新しく掲載希望をする場合は、以下よりお問い合わせください。掲載致します。(今後、弊社で新たな仕組みを導入する場合、ご連絡をさせて頂く場合がございます) 全国の補助金情報まとめ 現在、ワーケーションだけでなく「移住・定住」「企業誘致」関連の補助金・助成金なども多く出されています。今回は主にワーケーションに特化しご案内しています(中には企業誘致関連も一部含まれます) 北海道地方 北海道 釧路市(企業向け) 対象自治体(担当課) 釧路市 産業推進室 連絡先 0154-31-4550 実施期間 2021年1月末まで 助成 or 補助 補助 利用条件 4日(3泊)以上滞在 申込の流れ 産業推進室に申請書と必要書類を提出 事業完了後1カ月以内に、実績報告書にて事業の報告をいただき、補助金額の確定後、交付請求書を提出 対象者 釧路市内に事業所を有しない事業者 (市内に事業所がある場合でも、市外の事業所に勤務する者が、市内事業所の業務と別の業務を行う目的で実施する場合は対象) 宿泊費 上限 滞在1週間未満 65,000円/人 滞在1週間以上 85,000円/人 移動費 ワークスペース利用費 転載元 釧路市地域連携型サテライトオフィスモデル事業を募集します   函館市(企業向け) 対象自治体(担当課)  函館市 工業振興課 連絡先 0138-21-3307 実施期間 2020年11月9日・ 16日限定(出発日) 助成 or 補助 助成 利用条件 1日目午後、市が行う視察に参加 (函館市に関する説明、大学や研究施設の視察)滞在中、市が指定するコワーキングスペースで仕事を行う) (2泊3日の場合1か所2時間必須。3泊以上の方は複数施設の利用は必須) 申込の流れ 申し込み先 株式会社日本旅行 東日本法人支店 担当:内田 masaya_uchida@nta.co.jp TEL03-6892-1827 対象者 【3日間以上(最大9日)の「ワーケーション」を実施するモニタリングツアー】 職場のチーム力向上や従業員満足度アップのため、ワーケーションを実施したい 経営者・管理職の方 新型コロナにより在宅勤務となっており、勤務先にワーケーションの申請が可能な方 宿泊費 2泊3日33,000円 3泊4日38,500円 4泊5日44,000円 (最大8泊9日コースまで) ...

浜松は都会?田舎?地方在住フリーランスの暮らしに最適な理由とは?

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こんにちは! 静岡県浜松市で活動をしているフリーライターのNaoです。 私は2013年に東京から浜松に移り住みました。 移住生活も7年目となり、仕事を通じて浜松の暮らしやすさを実感しています。 そこで今回は「都会と田舎のいいとこどり」ができる浜松の魅力をお伝えします。 地方在住フリーランスに嬉しいメリットもたくさんあるので、移住を悩んでいる方はぜひ参考にしてください。 浜松は都会と田舎のいいとこどり みなさんは浜松というと都会と田舎、どちらのイメージをお持ちでしょうか? 私は東京から浜松に来たとき「想像していたよりも都会だな~!」と感じました。 浜松の中心地には商業施設や飲食店がそろっており、電車やバスなどの交通手段も充実しています。 駅周辺は夜でも明るく、人通りもあるので不安に思うこともありません。 その一方で広々とした公園が多く、少し足を延ばすと浜名湖やフラワーパークなど自然を満喫できるスポットがたくさんあります。 都会の利便性と美しい田舎の自然を同時に楽しめることが、浜松の魅力ですね。 商業施設がそろっている浜松駅前 移住してからは、都心と変わらない浜松の便利さに驚かされています。 浜松駅前には駅ビルのメイワンや遠鉄百貨店、ビックカメラなど大型の商業施設が隣接しています。 急に必要となったデジタル機器や取材先への手土産も手軽に購入できるため、いざという時も安心です。 私のおすすめスポットは、メイワン8階にある書店・谷島屋。 話題の新刊から専門書まで幅広くそろっているため、仕事に活用できる1冊が手に入ります。 エクセルシオールカフェが併設しているところも、フリーランスやノマドワーカーには嬉しいポイントです。 浜松市街を一望できるカフェで本を読んだりPC作業をしたりするだけで、最高の気分転換になりますよ。 リーズナブルな家賃で快適な環境に住める 地方在住フリーランスは自宅で仕事をする方も多いですよね。 私も在宅ワーカーなので、快適に過ごせる家選びにはこだわりました。 駅からの距離やコンビニの有無も重要なポイントです。 小学生の娘がいるワーキングマザーでもある私は、子供の通う小学校までの距離や通学路の安全性も気になりました。 さらに自分の生活に合う物件を選ぶ際には「家賃がいくらなのか」も外せません。 家賃は毎月かかる固定費なので、少しでも安いほうが嬉しいもの。 浜松は都心に比べると家賃が安く、ワンルームであれば3~4万円で借りられます。 ファミリー物件も、10万円前後からそろっています。 (ちなみに東京都渋谷区のファミリー物件の家賃は30万円以上……) 現在私は子供の小学校から徒歩5分、駅までは歩いて10分ちょっと、そしてコンビニは目の前という物件で生活中です。 「この暮らしは、都心ではなかなか手に入らないよね」と地方在住フリーランスの生活を満喫しています。 東京、大阪へも新幹線で約1時間半 浜松駅には東海道新幹線が停車するため、東京にも大阪にも約1時間半で行くことができます。 私はリモートワークで仕事をしていますが、定期的に東京のクライアントさんを訪問して打合せをしています。 東京や大阪に行くことで、トレンドを自分の目で確かめたりクライアントさんと直接話をしたりできるため、とても良い刺激になっています。 確かに距離はありますが、新幹線なら移動はあっという間なところも嬉しいですね。 子供が大きくなるころには、都心と地方の両方で活躍できる「2拠点フリーランス」になることが私の目標です。 そのため都心へのアクセスが便利な浜松は、私にとって最適な場所なのです。 最後に 今回は私が暮らす浜松の魅力を、地方在住フリーランスの視点からご紹介しました。 移住を考えるときには自分の目指す暮らし方をイメージして、交通の利便性や商業施設の有無、自然環境との近さをリサーチしてみましょう。 「地方は不便かもしれない」と不安を感じていても、実際に暮らしてみると意外と都心と変わらない生活ができるものです。 家賃の安さや人混みが少ないことなど、地方のメリットもたくさんあります。 本格的な移住をする前に、お試しで短期間暮らしてみるのもおすすめです。 生活をしてみることで、本当に自分に合う土地かどうかがわかりますよ。

【宮崎県児湯郡新富町】二川智南美さんが直感で選んだ移住先が最高だった話 #移住者に聞いてみた

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今回の移住者に聞いてみたでは、宮崎県児湯郡新富町(こゆぐんしんとみちょう)在住の二川智南美(ふたがわちなみ)さんにお話を伺いました。 20代後半に差しかかり将来を考えた二川さんは、偶然と直感、そして行動力を基にして移住を決断しました。移住を視野に入れながらも移住地に迷っている人へ、一歩を踏み出すヒントがあります。 地域の魅力を再発見する広報誌をつくる ー現在のお仕事について教えてください。 地域おこし協力隊として新富町役場の総務課に所属し、広報誌『広報しんとみ』の制作に関わる業務全般を担っています。企画構成から、取材、編集、ライティング、写真撮影、誌面のデザインまで、幅広い業務を担当しています。 ーいつから広報誌のお仕事をされているのですか? 移住後の2019年9月からです。外からの目線で地域に埋もれた魅力を引き出したり、地域で頑張る人々とその背景にある気持ちを伝えたり、新富町の魅力が伝わるように日々改良を重ねています。この仕事は、掲載される側と読者の両者の反応を身近に感じられるので、とてもやりがいがあります。仕事を始めてから1年半以上経ちましたが、新富町は伝えたい魅力が尽きません。 1本の映画が気付かせてくれた移住への本当の気持ち ー地域愛を持って仕事をされていますが、以前はどのような仕事をされていたのですか? 東京の編集プロダクションで5年半編集者として働いていました。ライターやデザイナーへのディレクションを中心に、企画構成やライティングの経験があり、その経験が今の仕事に活きていると感じます。ただ、勤務が終電まで続くことも多く、体力面や精神面で将来を不安に感じることもありました。 ー移住を考えるきっかけがあれば教えてください。 あるとき、旅行先で「おだやかな革命」という映画を観たことです。地域のために地道に努力を重ねる人の姿に魅せられ、「地域で頑張る人や地域の魅力を盛り立てたい!」と移住への決意が固まりました。 ー映画の他にも移住を検討する理由はありましたか? はい。まず、20代後半になり将来の働き方や住む場所について考え始めました。都会で身を粉にして働き続けることへの不安と、自分が育った群馬県の田舎のように、自然のある場所で子育てをしたい気持ちがありました。また、大学で俳句を専攻していたこともあり、「季節の移ろい」を感じられる場所で生活したかったことも理由のひとつです。 経験に裏付けられた直感が導いた移住 ー何がきっかけで新富町への移住につながったのですか? 映画をみた後、偶然友人から誘われた『南九州移住ドラフト会議』への参加が契機になりました。移住を検討し始めたものの、移住地は模索状態。これまでに縁のない場所との出会いを望んでいた自分にとっては助かりました。 ー「南九州移住ドラフト会議」では何があったのですか? 面談や自己PRを経て、球団の新富町(『地域商社こゆ財団』)から1位指名をいただきました。新富町の人とは本指名の直前にある交流会で意気投合したものの、当時は新富町の場所も知りませんでした。そもそも移住先を決めるというよりも、移住に向けた第一歩として、地域の人物と関わるために参加したので・・・。 ードラフト会議が新富町への移住の決定打だったのですか? いえ、指名後に10日間ほど新富町を含めた宮崎の地域を巡った旅行が決め手でした。旅好きで国内各地を訪れていたなか、直感的に住んでみたいと思ったのは新富町が初めてだったんです。新富町では、『地域商社こゆ財団』のはからいで地域課題を解決するワークショップに参加し、観光資源や人の話を聞く機会がありました。そこで、新富町の新しい風を受け入れる姿勢と地域の魅力を体感し、すっかり新富町の虜になってしまいました。 ー新富町には、二川さんが移住先に求める環境が備わっていたのですね。 そうですね。私は、出身地と似た人口2万人前後の規模感に惹かれました。地元とよく似た場所で、育った経験から移住後の生活がリアルに想像できたことが「住みたい」につながったと思います。 後悔しないためには行動が大事 ー新富町の魅力を教えてください。 まずは、日本有数の農業地域で野菜が美味しいことですね。また、神楽や神話といった伝統があるほか、ウミガメが産卵にくる豊かな砂浜もあります。航空自衛隊の基地がある背景から外部者を寛容に受け入れる土壌と、伝統を守りつつ時代に応じた変化に挑戦できる風土も魅力です。地方ですが、都心から遅れているような感覚もありません。 ーその当時付き合いたてだった彼氏さんと一緒に移住したと聞きました。どのように説得されましたか? 彼との交際はドラフト会議で本指名を受ける1週間前から。初デートが新富町だったんですが、そこで私の移住の意思が固まってしまったので、移住をしたい気持ちと新富町の魅力を伝えて説得を繰り返し、二人で移住しようという結論に至りました。いつかは地方で暮らしたいと考えていた彼でしたが、本人も想定より早い移住になったようです。 ー移住して実現できたことはありますか? 仕事は忙しいものの日が明るいうちに帰宅でき、ライフワークバランスも保てるようになりました。距離感が良く、知らない人ともすぐに会話が生まれます。建物で遮られない空や季節の移ろいを感じられる自然、都市部にすぐ出られる立地にも満足しています。 ー仕事もプライベートも好調ですね。逆に困ったことはありますか? 交通アクセスが良くないので、実家に帰るのが大変なことぐらいです。とはいえ、東京ではできないこと(きゅうり収穫など)を体験できる環境があるため、日々充実していますよ。 ーありがとうございます。移住を検討している人へのメッセージをお願いします。 移住をするときは、実際の暮らしを事前に感じてみることが重要です。気になる土地へ行く、その土地の中心人物を探すなど、まずは行動しましょう。後悔しない移住をするためには、移住後の生活をつかむことが大切。自分の譲れないものは何かなども考えて、後悔しない移住を実現させてくださいね。 ▼二川智南美さんへの移住相談はこちらから https://flato.jp/users/345/profile ▼flatoはこちらからアクセス https://flato.jp/ インタビュー:ぱーこ 文:矢井田千秋 編集:西本友

【福岡県福岡市】木村公洋さんが語る、移住先の人と移住前からつながる重要性 #移住者に聞いてみた

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今回の移住者に聞いてみたでは、福岡県福岡市在住の木村公洋(きむらきみひろ)さん(Twitter)にお話を伺いました。 東京で育った木村さんが移住先に選んだのは、地方都市である福岡市でした。移住前につながりを作ったことで、不安のない移住が実現。地方都市への移住を考える人の参考になること間違いなしです。 東京での仕事を手放し福岡へ ー現在のお仕事について教えてください。 主にライターとして、大手企業のWebメディアから個人のポートフォリオに載せる文章まで、取材を通して「想い」を言語化する仕事をしています。他にも、スタートアップ企業を支援するプログラムのメンター(アドバイザー)や、クラウドファンディングのプロデューサーとして共感を得る文章の作成など、人に関わる仕事が多いですね。 ー仕事や仕事環境は移住前と変わりましたか? はい。元々は放送作家としてテレビ・ラジオの報道・情報番組の企画構成、クイズ番組の問題を作成していました。ただ、2019年秋にはテレビの報道の仕事を辞め、7年間続けたラジオ局での仕事も移住を機に辞めました。 ー仕事を辞めてまで移住しようと思ったのですか? そうですね。ラジオ局での仕事だけが現地へ行く必要がありましたが、ライターの仕事がオンラインで完結できていたんです。「あれ、東京で暮らす意味ってないのかも」と、だんだんと移住の気持ちが固まっていき、「今こそ仕事環境を変える機会」と腹を括って2020年秋にラジオの仕事を辞め、放送作家の看板も外すことにしました。これで移住への勢いもつきましたね。 飲み会のために東京と地方を往復して得られた縁 ー移住を考えはじめたきっかけを教えてください。 飲み会でのご縁がきっかけです。数年前から、友人に誘われた飲み会のためだけに、東京から飛行機に乗って地方を往復していました。フットワークの軽い自分が好きで、飲み会目的の長距離移動も話のネタになると思って参加していたんです。何度か福岡での飲み会に参加し、おもしろい人たちとのつながりや知り合いが増えるなかで、「いつかは移住したい」と考えるようになっていました。 ー移住を本格的に決めたのはいつごろですか? 取材が全てオンラインになった2020年3月頃です。高い家賃を払っているのに、家とラジオ局との往復しかしていないことに気づき、「東京じゃなくてもいいな」と感じて移住を決めました。 ー仕事が大きなきっかけだったのですね。何を基準に移住先を探しましたか? 東京までのアクセスが良く、日常生活の利便性が高い地方都市を軸に探しました。僕は東京で育ち、車のない生活が基本。今も運転免許を持っていませんし、便利な都会が好きです。また、気軽に人に会える場所に住みたいと考えていました。福岡市であればすでに人とのつながりがあり、都会の割に家賃が安かったことにも惹かれましたね。 ーなぜ東京へのアクセスを重視したのですか? いきつけの美容室が東京にあり、月1回程度は上京する必要がありました。僕の髪型を20年間任せている美容師さんがいるため、美容室は変えたくなかったんです。それに、ほとんどの情報はインターネットで収集できますが、直接会うことでしか得られない情報もあります。東京に知人が多いので、そのタイミングで人と会ったり仕事ができるといいなと思いました。 ーそれでラジオ局での仕事も辞め、移住に向けて動き始めたのですか? そうです。福岡市での住居を探し始めたのは仕事を辞めてから。中洲や天神などの繁華街で探し、知人に紹介してもらった不動産屋さんのおすすめ物件に決めました。11月中旬に東京の荷物をまとめ、下旬には引っ越しました。 福岡の魅力は「人」と「利便性」 ー移住前の不安や移住後に困ったことはありましたか? 移住するまでに相談できる人間関係ができていたため、困ったことはありませんでした。また、移住後も人とのつながりを作れる自信があったことから、不安もなかったです。 ー良い人間関係が安心につながったのですね。福岡市の魅力を教えてください。 まず、コンパクトな町で交通の便が良いことです。自宅から繁華街の天神までは徒歩圏内で利便性が高い。かつ、東京と比べてタクシーの料金が安く、夜も終電を気にせずに過ごせるようになりました。生活コストが低いことも魅力ですね。 ー実際に住んでみてどんなことを感じましたか? 福岡の時間の流れは、東京に比べてゆっくりだと感じました。東京にいたときは、異様な早さで時間が流れていたと感じます。僕自身は、移住してからスケジュールにゆとりを持つようになり、自由な時間や自分に向き合う時間も増えました。自分の体感では、睡眠の質もあがって体調も良くなりました。今では福岡市をホームと思えるようになっていますし、東京から福岡に戻ってきたときにホッとする自分がいるんです。 移住前から「人」とのつながりを ー移住前後で、人との関わり方は変わりましたか? 時間に余裕ができたので、人と会う機会を増やすようにしました。どこに住んでいても変わらず大切なのは、人とのつながりです。人との出会いが経験値を上げ刺激を生むと思っているからです。そのため、仕事でもプライベートでも人からの誘いや出会いの機会を逃さないよう、オンラインだけでなく対面で会う機会を作るように心がけていますね。 ー移住を検討している人へのメッセージをお願いします。 僕は、移住先を選ぶ決め手は「人」だと考えているため、移住前から人との関係を作ることをおすすめしています。どのぐらいの人とつながりがあるのか振り返ってみて、なければ作っていきましょう。移住先でも相手の行動を待たずに自分から溶け込む努力が必要です。 ーありがとうございます。木村さんは移住検討者のどのような相談に乗ってくれますか? 人との関係作りについては相談に乗れます。人は考え方も価値観も多様であることを理解して、決して相手を否定しないことが大切です。すぐに距離感を縮めたい気持ちも分かりますが、まずは心地の良い距離から少しずつ縮めてくださいね。 ▼木村公洋さんへの移住相談はこちらから https://flato.jp/users/348/profile ▼flatoはこちらからアクセス https://flato.jp/ インタビュー:ぱーこ 文:矢井田千秋 編集:西本友

【福岡県福津市】理想の子育てを実現!小関美穂さんに聞く「子育て移住計画」 #移住者に聞いてみた

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今回の移住者に聞いてみたでは、福岡県福津市在住の小関美穂(こせきみほ)さん(Twitter)にお話を伺いました。 ファミリー世代である小関さんの移住は、Uターンを希望する旦那さんがきっかけでした。子育て移住を成功させるための入念な移住計画は、ファミリーで移住を検討している人の参考になること間違いなしです。 移住を見据えたキャリア形成 ー現在のお仕事について教えてください。 株式会社allpersonalという会社で、事業の業務効率化と生産性向上を担う『Chief Productivity Officer|最高生産性責任者』としてフルリモートで勤務しています。以前はフリーランスとして関わっていましたが、現在は正社員として働いています。 ー小関さんは、メイクから人事と大きくジョブチェンジをされたと聞きました。人事の仕事はいつから始めたのですか? 2011年の春です。メイクの仕事は新社会人の時に、美容部員としてスタートしましたが、メイク関係の最後のキャリアはクリエイターのマネージャーでした。メイクアップ、ヘア、スタイリスト、フォトグラファー、ネイリストなどのクリエイターの夢をどのように叶えるかという戦略設計を二人三脚で取り組み、人が成長する姿を間近で見たとき、人事の仕事に興味を持ったんです。 ーメイクの仕事からどのようにキャリアを積んだのですか? 1つ目の会社には派遣社員として入社。最初に雇用形態にこだわらなかったことで、人事経験を順調に積むことができたと思っています。2021年2月からフリーランスとして業務委託を請け負ってましたが、現在の会社には移住のことも伝えたうえで、社員として入社しました。 ーフリーランスに転向したあと、すぐ正社員に戻ったのはなぜですか? 正社員になった理由はいくつかあります。一番大きな理由は、自分が地域でやりたいと思ったことと、誘っていただいた会社でやれることがシンクロすると感じたことです。 ほかにも、フルリモートで仕事ができたり、子どもが今年4月から入園し仕事の時間を確保できたこと。注文住宅を契約し、住宅ローンを組むためには正社員が有利だと思ったこと、などです。   十分な準備と思い切りで実現した移住 ー移住を検討し始めたきっかけを教えてください。 2018年頃、夫が実家のある福岡県福津市へのUターンを希望したことがきっかけです。移住前は千葉に住んでいました。子育ては自然の中でしたいという考えがあり、私自身が福岡に2年間住んだ経験から、また住みたいという気持ちも強かったですね。 ー移住への準備はいつから、どんなことをされていたのですか? 夫がUターン希望を伝えたタイミングから準備を始めました。移住を実現するために身に着けるべきスキルは何か、職種的な市場はどうかなど、人を紹介いただいて色んなお話を伺いました。その中で仕事や住む場所について調べたり、引越しの時期や費用、子供の入園に伴う手続きなどを徹底的に調べたり。どうすればコストを低く抑えられるかを考え、着々と準備していました。 ー実際に移住をするにあたって、不安なことはありましたか? 関東と比較した情報格差、教育格差、希望のタイミングで保育園に入れるかが気になってはいました。現在ではオンライン化が進んだこともあり、さほど問題ないと感じています。色々検討しましたが、最後は思い切りで移住に踏み切れたところもありました。 ー移住する際に家を買うことは決めていたのですか? いえ、移住前は賃貸か建売住宅にするか悩んでいました。夫婦でフルリモートワークのため、各自の個室があることが必須の条件だったんです。納得できる物件はなかなか見つかりませんでしたが、ご縁が重なり、年内に注文住宅が建つ運びとなりました。 ー理想の生活のためには、注文住宅が最適だったということですね。 はい。建売住宅をいくつか見学するなかで、気に入った工務店と分譲地に出会いました。関東では考えられない広さと価格の家だったので、思い切って購入しました。 理想の子育てができる福津市 ー福津市に住みたいと思った理由はなんですか? 理想の子育てを実践したいと思ったからです。子どもには、自立した人に育ってほしいと思っています。自立できる人は「挑戦できる人」だと考えていて、挑戦するためには自己肯定感が必要です。福津市では、学校運営に地域が参加するコミュニティスクールや、地域自治の仕組みの「郷づくり」など多世代の人と触れあえる環境があります。多様性を認め合える環境で自分を確立できたら、揺るぎない自己肯定感が育つのではないかと思いました。 ー福津市が自分の理想の子育てができる場所だとわかったのですね。 そうですね。また、福津市は海上貿易と塩田で繁栄した街なので、よそ者を受け入れる文化があります。転入者がどんどん増えていて、30〜40代のファミリー世代が多いという土壌も、子育てにとってメリットだと思いました。 ー福津市の魅力を教えてください。 山や海といった豊かな自然が全部揃う環境と、博多まで30分という立地の良さです。ウミガメが産卵するほど綺麗な水質の海があり、22kmにも及ぶ海岸線の景色に魅せられて移住する方もいると聞きました。遠浅の海で、条件が揃えばウユニ塩湖のような『かがみのうみ』を見ることもできます。ほかにも、漁港では新鮮な魚が手に入り、野菜も地産地消でおいしく頂けます。広い家に住むことができるのも魅力ですね。 少しずつ調べれば移住の不安は解消される ー実際に移住してみて気づいたことはありますか? 毎日海や山を見れるので、落ち着いて過ごせることですね。子どものお迎えに行ったときに、夕日がきれいだなと思ったら浜に行ける距離に住めるのは贅沢だと思います。また、私も夫も仕事がフルリモートで通勤時間がないため、家族の時間をしっかり取れるようになりました。 ーありがとうございます。移住を検討している人へのメッセージをお願いします。 リモートワークが増えている世の中で、都会に住む理由がなくなってきた方も多いのではと思います。自分の幸せを追求して移住をすると、生活の質が大幅に向上すると感じています。移住を検討している方は、自治体が展開する移住支援のサービスを調べてみてはいかがでしょうか?子どもがいる家庭でいきなりの移住は難しいですが、少しずつ調査すれば必ず乗り越えられると思います。 ー最後に、小関さんなら移住検討者のどのような相談に乗れますか? 移住者とのつながりが多くあるので、私が架け橋となることができます。また、キャリアコンサルタントの資格と経験を活かして、転職などで悩んでいる方の力にもなれると思います。   ▼小関美穂さんへの移住相談はこちらから https://flato.jp/users/347/profile ▼flatoはこちらからアクセス https://flato.jp/ インタビュー:ぱーこ 文:矢井田千秋 編集:西本友