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ふるさとが複数できた話 福岡編

こんにちは!flatoインタビュー企画「移住者に聞いてみた」で、ライターを担当している菊池真代と申します。前回の記事「ふるさとが複数できた話 神奈川編」では、人生初の地方暮らしを経て感じた孤独と、そこで気づいたふるさと・神奈川への想いについて綴りました。 その後、孤独を乗り越え徐々に福岡の良さを知るようになり、そして今春、2年間の月日を経て福岡を離れることになりました。 今回はこの福岡生活を振り返りつつ、「ふるさとが複数できた話」をお送りしたいと思います。 「その土地を知っている」からこそ生まれる安心感 この春、私は新たなステップを踏み出しました。勤めていた人材紹介会社を退職し、地元関東に戻ることになったのです。福岡にいた間、慣れ親しんだ関東に戻りたいという気持ちが全く無かったと言えば嘘になりますが、ようやく福岡に馴染んできたこのタイミングで、敢えての決断です。 約2年過ごした福岡を離れることになり、改めて「今の心境は?」と聞かれると、寂しさよりも安心感の方が上回るかもしれません。 なぜなら、福岡のことをすでに知っているから、だと思います。この2年で、自分の新たな居場所に対して徐々に心を開き、そして安心感を抱くようになりました。人見知りで臆病で環境にこだわりのある私が、知らない土地で生活する上での絶対条件は、そこに「安心」できるか否か。今後もし福岡で再び暮らすことがあったら、「安心感」がそれを可能にするのだろう、そう思います。 日本の中心地・東京で働くことへのこだわり 福岡に住むようになったきっかけは会社の転勤。全国転勤があると認識はしていたものの、縁もゆかりもない土地で一人で生活することに抵抗があり、若干不本位な人事配置でした。 元々、東京タワーや東京駅周辺の高層ビルなど、「首都圏を象徴する都市景観」を眺めること、そしてその雰囲気を肌で感じることが好きでした。地方暮らしに抵抗があったのは、エネルギーが集約されている日本の中心地・東京で働くことになぜかこだわりがあったため。そして、そのこだわりの強さから、「何もないであろう」と地方生活を受け容れられずにいたのです。 2年間で次々に発掘された福岡のよさ 福岡生活が始まって数ヶ月は、”見知らぬ土地にポンッと放り込まれた自分の境遇”を哀れんでばかり。しかし、徐々に福岡の地を知っていくうちに「何もない」という私が勝手に作り上げた思い込みはことごとく覆されるように。福岡の良さを身をもって体感するようになったのです。 まず、人が良いこと。ふらっと立ち寄るお店や飲食店の店員さんの真心こもった接客やおもてなしには、東京にはない何かを感じました。 そして、ご飯がなんて美味しいこと。もつ鍋、水炊き、焼き鳥、炉端焼き…地元の人からも、そして観光客からも愛される数々のお店を巡る中で、福岡一年目は目を見張るほど増量してしまいました。福岡を去った今、悔いが残ることと言えば、きっとまだたくさんあるのだろう見知らぬ名店を開拓できなかったこと。行きたい店をリストアップし足を運んでは、ひとつ、またひとつと”美味しい店リスト”が出来上がっていくことが何よりも楽しみでした。 また、すぐ近くに海や山があることも魅力でした。車さえあれば佐賀や長崎にも出られます。自然と対話しようと思えば十分な環境です。これまで、車を必要としない生活をしてきた私は、実は免許を持っておらず、免許がないことをここまで悔やんだのは初めてでした。 かつ、天神駅周辺は、数年後の『天神ビッグバン』を見据えて都市開発が進行中。地方の中でも「都市」を感じられる場所です。ショッピングも十分に楽しめました。東京ほど人混みがあるわけではなく、その分ストレスを感じることもありませんでした。 気分転換をしたいと思えば、天神駅からバスで10分ほどの場所にある大濠公園へ。何度足を運んだことでしょうか。休日にマインドフルな時間を過ごすには、とにかく最高の環境でした。 人数は少ないですが、福岡の知り合いもできました。生い立ちや育ってきた環境が全く異なる人とつながりができることが何とも新鮮でした。 福岡を離れる今思う、「第二のふるさとがあってもいい」 福岡最終日。福岡最後の日なのになぜか最後という感覚が無い、そんな不思議な感覚に陥りました。人生で福岡に住むことはもう二度とないのかな?と思う一方で、いや、もしかするとまた何かのご縁で福岡に住むこともあるのではないか?とも。 福岡に到着した初日、決してポジティブではなかった福岡生活の始まりを考えると、この福岡という場所の良さに支えられ、そしてここで出会った人に支えられたからこそ、楽しめるようになったのだと思います。楽しかった思い出として"一旦"締めくくることができたことに心から感謝しています。 もし私が将来、地方移住をすることがあったとしたら、きっと福岡を候補地に入れると思います。なぜなら、その土地の良さを知っているから、福岡に戻ったときに会いたいと思える人がいるから。そして先述通り、その土地を知ったことで「安心感」を持つことができたから。 こうやって全国各地の良さを知ることができれば、ふるさとは1つどころか複数できるのでしょう。ふるさとって、別に生まれ育った場所じゃなくたっていい。そこに何かしら思い出や愛着があって、またいつか戻ってきてもいいと思えるならば、そこは第2のふるさとになりえるのではないかと、そう思います。 喜怒哀楽を共にしてくれた福岡よ、ありがとう。 また会える日を楽しみにしています。 文:菊池 真代

ふるさとが複数できた話 神奈川編

はじめまして、flatoインタビュー企画「移住者に聞いてみた」で、ライターを担当している菊池真代と申します。生まれてから約25年間はずっと首都圏で暮らしてきましたが、2019年から仕事の都合で初めて「地方暮らし」を経験。この2年間で「ふるさと=地方」というイメージが覆されたり、「ふるさと=居場所」という新たな概念に気付けたり…。最初は決してポジティブではなかった「地方暮らし」への気持ちの変化について書いてみました。 地方暮らしは突然に。福岡生活が決まったあの日 2019年3月末のこと。5月から入社予定の転職先から、「配属先:福岡天神」というメールが。 これを見た私は思わず飛び上がり、動揺し、しまいには笑いが止まらなくなりました。人事制度上、全国どの地域でも働く可能性があるのは理解していましたがまさか縁もゆかりもない九州エリアに配属になるとは全く想像していなかったためです。 神奈川で生まれ育ち、大学は千葉、1社目は東京勤務とずっと首都圏で生きてきた私にとって、九州は未知数の地。「福岡って何が有名だっけ?」と好奇心から情報収集を開始したものの、すぐに不安が頭をよぎりました。 誰一人知り合いがいない。親戚もいない。土地も全く知らない。それに、いくらなんでも遠すぎやしないか。 これまでも一人暮らしの経験はありましたが、実家まで電車で約1~2時間ほどの距離。しかし、福岡となるとその距離約1000キロ。頼れる人が近くにいないことに大きな不安を感じ始めてしまいました。 意外と生活の変化がなかった福岡「シティ」暮らし 不安とワクワク感が入り混じる中、その年の7月から福岡生活がスタート。そう、初めての地方暮らしです。 引越当日のことは、未だによく覚えています。福岡空港から接続する市営地下鉄空港線に乗車したのですが、車両も広告も最新の山手線に慣れていた私にとっては、一昔前の電車に乗り込んだような感覚。また、二席分を一人でゆったり座るのが通常運転らしく、「みんな詰めて座ってよ!」と心の中で苛立ちつつも「何をせかせかと」と自分への呆れも…。 さらに、福岡ではバス文化が根付いています。ほぼ定刻どおりバスがやってくるのですが、初めは行き先がよく分からず乗り間違えることもしばしば。バス通勤に慣れず会社までバスで100円で行けるのを、わざわざ電車で216円かけて通勤する、なんてこともありました。 その一方で、面白く感じたこともあります。社内でも九州出身の方が一定数おり、「これ~~すると?」「私も~~するけん」など、聞き慣れない方言で話しかけられることが新鮮でした。 こうして”地方らしさ”が垣間見える一方、福岡市は意外にも「シティ」でした。市街地は「コンパクトな渋谷」という表現がよいでしょうか。休日は人混みでごった返し、アジア各国からの観光客も多数。また、博多駅や天神駅までの交通アクセスもよく、買い物には困らないし、美味しいご飯屋がたくさんある。言葉通り「地方にある都市」という印象を受けました。 東京時代と生活があまり変わらなったことは、精神的にはよかったことかもしれません。 次第に膨れ上がる孤独感 それでも、不安がなかったかと聞かれたら嘘になります。いくつかありましたが、何より不安だったのが「会社の同僚以外に知り合いがいなかった」ことです。 東京時代は、休日は趣味のオーケストラ活動に精を出し、気の知れた仲間と毎週コミュニケーションをとっていました。もちろん、福岡でもオーケストラを始めようかと考えましたが、知らない人ばかりのオーケストラに入る勇気が出ず、、すぐに断念。 さらに、どうすればこの地に馴染めるのかわからないし、そもそも転職したばかりで会社にすら馴染めない。このように、最初はかなり孤独を感じました。 元々一人行動は好きなタイプでしたが、ホームシックが続き、帰省明けに福岡に戻った夜は家でひとり涙しました。 地元の神奈川を初めて「ふるさと」だと思えた 寂しさのあまり、Googleマップで東京と福岡の距離を眺めたりもしました。しかし、その時になってようやく、「地元」や「ふるさと」を強く意識するようになったのです。 東京時代に周りに「地元に帰る」と言ったとき、「地元って言っても神奈川でしょ!近いじゃん」と指摘され「確かに地元感ないなぁ…」と納得することが多くありました。また、私の中で「ふるさと」と聞くとなんとなく「地方」というイメージがあり、地元が都心に近い自分には「ふるさと」という言葉が似合わないと思っていました。 それが、この遠く離れた福岡にやってきて孤独を感じたり、「いつ帰ってくるの?」「早く帰っておいでよ!」と休暇の度に声を掛けてくれる友人や家族の声がたまらく嬉しく感じるようになって、「神奈川に本来の居場所がある」ことを改めて認識するようになったのです。 ここで気が付きました。「ふるさと=地方」は私が勝手に作り上げたイメージだった、と。また、「『ふるさと=自分の居場所』なのかもしれない」と思うようになりました。 そこから、仕事においても少しずつ変化が現れるように。それまではお客さんに対して、福岡に来てまだ日が浅いことや関東出身であることをなんとなく言いづらかったのですが、「私の地元は神奈川なんです!」と胸を張って言うようになった自分がいたり、「私のふるさとは神奈川です」と言いたくなったりもしました。 こうして「私のふるさとは神奈川」という、紛れもない事実を身をもって実感するようになったのです。 文:菊池 真代

東京での生活経験と島根で暮らす中で感じること|暮らしの豊かさの違い

こんにちは! 島根県益田市に移住をした大庭周です。現在は島根県で「ひとづくり」と「居場所づくり」の仕事をしています。 私は東京で社会人を2年していましたが、今年の3月から島根県益田市に移住しました。 益田に来て3ヶ月ほどが経った今、東京生活と島根生活で感じる違いをご紹介します。 島根に移住するきっかけ〜都会での暮らしから思うこと〜 都会の満員電車に揺られる生活が好きになれなかった 大学1年生の頃に上京し、6年間東京で過ごしていたので、満員電車に揺られながら会社に通うことには抵抗はありませんでした。 しかし、電車に乗るのに必死になっている人や朝なのに既に疲れている人を見ると、同じような人生を歩みたくないと思うようになったのです。 都会での暮らしは隣人が誰なのかも分からない生活です。 実家のある静岡県裾野市での生活や生まれ故郷の鹿児島県志布志市での生活は、ご近所同士で野菜やご飯のお裾分けがあり、隣人と交流するのが普通でした。 この時、自分にとって田舎での生活がどれだけ幸せだったのかと気づいたのです。 「もっと自然に囲まれた環境で人とのつながりを感じながら、暮らしてみたい。」そんな思いが強く芽生えはじめました。 そんな時に出会ったのが、現在移住している「島根県益田市」でした。 島根県益田市へ移住する決意。 東京では大手企業の営業職として働いていました。仕事にはやりがいを感じていましたが、ノルマのために頑張る営業スタイルや、自分がこの仕事をする必要性について疑問に思うことが徐々に増えました。 そのタイミングで、益田市にいる友人から「一緒に仕事がしたい」という声がかかり、今後のキャリアについて考えるきっかけになりました。 自分が本当にしたいことは何なのか。 さまざまなことを考えていく中で、私が大切にしたい価値観は「納得感」と「ワクワク感」でした。 島根県益田市は人口4万5千人ながら島根県内で一番面積の大きい都市で、日本海・中国山地に囲まれ、清流 高津川が流れる自然豊かな土地です。 そのため、美味しいお米が育つ土地でもあり、実はホタルの生息地としても有名な地になっています。 この自然の環境は、私の理想としていた豊かな暮らしもできる!という「ワクワク」を感じました。 自然環境で暮らす「ワクワク感」も移住の決め手の1つでした。 実際に島根に移住してみて 地域とのつながりを感じられる生活 益田に移住して3ヶ月が経ちました。 私がこの地で体験したエピソードをご紹介します。 ①ご近所からメロンやぶどうをもらう 益田は温暖な気候のため、メロンやぶどうの産地としても有名な場所なんです。 人からいただくものって、スーパーで購入するよりも美味しく感じることありますよね。 とても美味しくいただき、幸福感で満たされました。 本当に美味しいので、ぜひ益田の果物をみなさんに食べてもらいたいです。 ②職場にご近所の方から差し入れが集まる 今の職場は地域の方が気兼ねなく来訪できる環境です。 こうした環境を普段から作っているので、地域の方から、すもも、タコ焼き、野菜、タルト、チーズケーキ、プリンなどさまざまなものをいただくことも多々あります。 ③通りすがりのおばあちゃんと月1のご飯会 ある日、車で山道を走っているとガードレール沿いにいた2人のおばあちゃんが何かを採っていたので、気になって声をかけたことがきっかけで仲良くなり、月1でのご飯会が始まりました。 一緒によもぎ餅を作ったり、手巻きずしを作りながらおばあちゃんの話を聞いたり、益田でどんなものが美味しいのか・オススメなのかを教えてもらっています。これは都会では全く想像もできない出来事です。 このほかにも多くのエピソードがありますが、地方での生活だから体感できたことばかりです。 コロナウイルスの三密が避けられた自然に囲まれた田舎生活 益田の中心地に家電量販店や大型ショッピングモール・ホテルなどがありますが、 そこから10分ほど車で走ると三密を感じさせない自然豊かな環境が広がっています。 私は海で本を読んだり、自然の中でミーティングに参加したり、自然を活かした生活をしています。 部屋の中にずっといると疲れてしまうので、このコロナ渦でも三密を避けられる空間に身を置けることでノンストレスな暮らしを実現できています。 終業後の時間が多く取れる「余白のある生活」 私が移住した島根県は、余暇時間が長い県として有名です。 東京と比べると、2時間ほど勤務時間が早まりました。 就寝までの時間を多く確保できるため、趣味に時間を使えるようになったのです。 趣味の写真、文通、料理、ライティングなどに取り組みながら、心に余裕のある生活を送っています。 最後に 都会から地方への移住には、不安や悩みが多くありましたが、今はこの環境で日々の生活を楽しんでいます。 地方だからこそ人とのつながりを感じながら生活でき、美味しい食べ物や美しい景色に出会えます。 島根県益田市は「過疎」発祥の地ではありますが、それを感じさせない暮らしがここには広がっているので、ぜひ一度足を運んでみてください。

【移住体験記】ちょうどいい浜松で始めた暮らし|移住コーディネーターの日常

こんにちは。この春に浜松へ移住した宮嶋です。 3月末で東京で9年間続けたサラリーマン生活を辞め、現在は移住コーディネーターとキャリアコンサルタントの活動をしています。 浜松に移住を決めたきっかけ 私は子ども時代、浜松の中でも田畑が多い田舎の地域で育ちました。それが影響しているのかはわかりませんが、子どもの頃から人混みも集団行動も苦手です。 東京での仕事は大好きでしたが、都心の職場への通勤に毎日かなりのエネルギーを費やし疲れていました。 23区外の自宅から職場までの約1時間の通勤は、ほぼ満員電車。 エスカレーターの渋滞はもちろん、人とぶつからないように歩く毎日でした。 私はもともと出かけるのが好きで、車も鉄道も自転車も大好きです。 しかし、自然や温泉に癒しを求めて出かける休日もまた、行き帰りの混雑は避けられません。 満員電車内では、人と常にどこかが触れている状態を気にしないよう、スマホの画面に集中。 首が疲れて上を見ると、車内広告のデジタル情報が目に入る。ひっきりなしの車内アナウンス、他人の会話も耳ざわりに感じた時はイヤフォンをつけて音楽でシャットアウト。 常に苦痛というわけではないですが、視覚や聴覚からの情報量の多さも疲れの原因でした。 午前休みを取ったある平日の昼に、閑散とした駅のホームを歩きながら、もともと自分はいつもどのくらいのペースで歩いていたのだっけ...?と思い立ちました。 次々に電車はくるのになぜかいつも、1本でも早い電車に乗ろうと急いでしまっている。 そして多すぎる人と情報を遮断するうち、自分が心地いいと感じる感覚やペースもわからなくなっている自分になっていました。 東京は新しい刺激も多く、楽しい。でも私にとっては、多すぎる情報はかえって自分を狭めてしまうのかもしれないと感じたのです。 これを機に、自分らしくいられる環境へ変えようと決めました。 浜松移住までの動き 1年後に環境を変えることは決めましたが、具体的にどうするかは全く決めていませんでした。 しかし、東京を離れるために浜松への移住を決める前に2つのことをしていました。 1つは、地方でも役に立つ資格を取得するためにスクールに通ったことです。 東京を離れる前に、スクールには週2回通うことにしました。 地方にもスクールはありますが、東京の方が学校の種類や通学日程が多様で、自分の都合によって選べたこともあり、東京で事前に準備しておこうと思いました。 もう1つは、休みの日に「住む視点」を意識していろいろな地域へ出かけたことです。 ネットで土地の特性や口コミは調べられても、実際に自分の目で現地を見ないと、自分の価値観で選ぶことはできません。 そして、各地を訪れた結果 東京と大阪の中間で、どこへ行くのも出やすい 公共交通や買い物環境が便利、しかし家賃や土地は安い 街の作りが広々している、便利な郊外、海・山・湖の自然が近くにある 生産地が近く、新鮮な食材が安く手に入る 単身でも移住しやすい(転勤族や移住者が多い) 参考:地方都市の魅力(静岡県浜松市)GLOCAL MISSON TIMES 記事 など、自分の条件に当てはまる「浜松」がいいと感じました。 故郷の浜松には今まで戻る気は全く無かったのですが、東京暮らしを経て総合的に条件が当てはまる、「浜松」を移住先に選ぶことにしました。 浜松移住後の東京とのつながり  今年の3月末に引っ越したので、期せずして新型コロナウイルスによる緊急事態宣言の一歩手前での浜松移住になりました。 東京でできた仲間としょっちゅう会えなくなるかなと思いましたが、オンラインで繋がることが日常になり東京に住んでいた時以上にコミュニケーションを取っていた3か月でした。 7月からは東京への出張も多くなりそうです。 8時17分の新幹線ひかりに乗れば、9時42分には東京駅に到着です。早い! 仕事やプライベートの仲間に会えるのが今から楽しみです。 浜松で今住んでいる場所・豊かな生活 浜松では、中心部がある中区の中でも、郊外の集合住宅に住んでいます。 東京郊外に住んでいた物件より少し広くなり、駐車場1台込みでも家賃は3万円下がりました。徒歩2分で着く最寄りのバス停からは、浜松駅へ向かうバスが12分間隔で運行しています。 自宅で仕事をすることも多く、通勤時間は0分。 たまに息抜きに街中の浜松城公園や、自宅から自転車で10分の四ツ池公園の自然の中で仕事することもあります。 浜松での新たな人とのつながり この3か月、浜松へ移住してきたことや現在の活動をたくさんの人に話しました。 初対面の方も、「そうだったの、おかえりなさい」と声をかけてくれたり、 「移住した人に会いたかったら○○さんに会うといいよ」など、気さくに教えてくれたり... 警戒するどころか、興味を持って話してくれる人が多いと感じています。 浜松在住でも進学や仕事で東京に住んでいた方も多く、好きな沿線の話で盛り上がることもあります。 出身地とはいえ長期間離れていたため、「自分でコミュニティに飛び込んでいかないと」と当初は覚悟していました。 実際来てみると、ありがたいことに人から人へと紹介してもらったご縁で無理せず多くの方と繋がることができていました。 まとめ 浜松での食生活や日々の暮らし、新しく挑戦したこと、移住した人たちとの繋がりなど、 伝えたいことはたった3か月で山ほどあります。 都会ではない、でも意外と便利な田舎、浜松は移住しやすいいい場所です。 フレンドリーな浜松のお人柄も確かめに、浜松へふらっと来てみてくださいね。

移住してからの悩みとは?私が地方在住フリーランスになった理由

こんにちは! 静岡県浜松市で活動をしているフリーライターのNaoです。 flatoで地方在住フリーランスの魅力を発信している私ですが、実は移住してからいくつもの悩みに直面しました。 「都心だったら良かったのに…」 「仕事と子育ての両立は無理かもしれない…」 このような悩みを抱え、仕事を諦めそうになったこともあります。 しかし地方在住フリーランスという働き方に出会い、仕事も子育ても両立でき、いまでは自分が暮らす浜松が大好きになりました! そこで今回は、私が地方在住フリーランスになった「理由」をお話します。 「本当に移住しても大丈夫かな…」と不安に思っている方は、ぜひ参考にしてください。 移住直後は友達も知り合いもいない… 私は2013年に家庭の事情で東京から浜松に移住しました。 浜松はそれまで1度も来たことがなく、知人も友達もいない「知らない場所」でした。 移住直後は「やっぱり寂しい、東京に戻りたい。本当にやっていけるのかな…」と不安に思う毎日。 当時の私はフリーランスではなく、都内の企業に勤めるサラリーマンでした。 移住をきっかけに社内でリモートワーク制度を立ち上げ、在宅勤務と出張を繰り返していました。 在宅でも仕事を続けられた職場には感謝していましたが、勤務中は自宅に引きこもり、外出といえば遠方への出張ばかり。 浜松の土地に馴染めず友達もできないまま、さらに孤独になっていったのです。 仕事と子育ての両立に悩む… ワーキングマザーでもある私には、小学3年生の娘がいます。 移住して企業のリモートワーク制度で働き始めて5年が経過したころ、徐々に増える出張で子育てと仕事の両立が難しくなり始めました。 小学生になると学童に子供を預けられる時間も限られてきます。 「ママ!私も習い事がしたい」という娘の希望を叶えてあげたいと、日々の送迎も増えるように…。 仕事と子育てに振り回され自分の時間はなく、頼れる知り合いもほとんどいない、そんな毎日にふと疑問を感じました。 「このままでいいのかな…」 そう感じたとき、勤めていた企業を辞める決意をしたのです。 地元企業への転職に失敗 子育てと仕事を両立するために「もっと浜松を知って、自分も浜松のコミュニティに所属したい」と考えた私は、地元企業への転職活動を始めました。 しかし「子供の迎えがあるので勤務は17時まで」「残業ができない」などの条件をOKしてくれ、さらに私の経歴を活かせる職場は浜松では見つかりませんでした。 「まずは子育てを優先しては?」という転職エージェントの言葉に心が折れそうになったこともあります。 地方在住フリーランスになる決意 「子育ても大切、でも仕事も諦めたくない」と悩んでいたとき、地方在住フリーランスとして活躍する方々のブログを目にしました。 地方と都心の両方と繋がり、自分の経歴を活かした仕事をする彼らを見て「私の求めている働き方はこれだ!」と感じた私は、2019年に会社を辞めて地方在住フリーランスに転身。 あのときの自分の行動力には、いまでも驚きます。 地方在住フリーランスになって良かった! ここからは私が地方在住フリーランスに転身して感じたメリットをご紹介します! 地元での繋がりが増えた フリーランスは自分で仕事を獲得する必要があるため、積極的に地元のコミュニティと繋がるようになりました。 「浜松に知り合いがいない」と嘆いていた私も、公私ともに頼れる方々と知り合えてとても感謝しています。 【こちらの記事もおすすめ】地方在住フリーランスが感じる「オフラインで繋がるメリット」とは? 子育てと仕事の両立ができた 出張ばかりだったころ、まだ小さかった娘が「ママ、行かないで」と泣いたことが、いまでも忘れられません。 しかしフリーランスになってからは、子供の生活に合わせて仕事をしています。 自宅で仕事をしている私を見て「お仕事がんばってね」と応援してくれる娘に、励まされる毎日です。 【こちらの記事もおすすめ】子育てと仕事のバランスは?フリーランス×ワーキングマザーの1日を紹介 地元愛が芽生えた 地方在住のフリーライターとして、地元企業や地元グルメの取材もしています。 浜松に移住して7年目ですが、いつも新しい発見に驚かされています。 仕事を通じて 「地元愛」が強くなる 自分の暮らす街が好きになる それが地方在住フリーランスの良さですね。 【こちらの記事もおすすめ】仕事を通じて深まる地方在住フリーランスの「地元愛」 最後に 今回は私が浜松に移住してから「地方在住フリーランスになろう!」と決意するまでの、悩みや葛藤をお伝えしました。 知らない土地に移住するのは楽しいだけではなく、不安や孤独を感じることもあります。 しかし私は「地方在住フリーランス」という働き方に出会って、自分らしい生き方を見つけました。 ぜひみなさんも、自分らしい働き方を探してみてください。

通勤ラッシュに悩まない!ストレスフリーな地方在住フリーランス

こんにちは! 静岡県浜松市で活動をしているフリーライターのNaoです。 私は7年前まで東京の会社で働いていました。 毎朝1時間かけて通勤し、行きも帰りも満員電車に揺られる日々。 仕事は好きでしたが、通勤時間にストレスを感じていました。 しかし浜松へ移住後は通勤や満員電車のストレスに悩まされず、大好きな仕事に集中できています。 そこで今回は、地方在住フリーランスの「ストレスフリーな働き方」を紹介します。 「満員電車はもう嫌だ!」と感じている人は、ぜひご覧ください。 自宅が仕事場!通勤なしでストレスフリー 私の仕事場は自宅なので、毎朝の通勤がありません。 毎朝7時半に子供を小学校に送り出し、洗い物や家事を済ませたらコーヒーを入れて、8時半ごろから仕事に取りかかります。 以前は子供を送り出したら自分も走って駅へ行き、電車にギリギリで駆け込む生活だったため、朝は息切れするほど大忙し。 会社につく頃にはぐったり…という毎日でした。 浜松でフリーランスになってからは、通勤の悩みがなくなり朝の過ごし方にもゆとりが生まれました。 朝の時間を有効活用でき、大好きなコーヒーも豆から挽いて入れています。 挽きたてコーヒーを飲みながらスケジュールとメールの確認をしていると「よし、今日もがんばるぞ!」とモチベーションがあがります。 ちょっと贅沢な朝を過ごせるのはフリーランスの醍醐味ですね。 渋滞にも巻き込まれない!徒歩&自転車移動 在宅で仕事をしている私ですが、取材や打合せで週に2~3回は外出をしています。 地元クライアントさんとの仕事の場合、訪問先も近く移動は徒歩や自転車がメインです。 車や電車を使わないので、混雑に悩まされないのも嬉しいですね。 実は浜松は車社会。 1世帯当たりの自動車保有台数は約1.5台で「車は一家に1台」という環境です。 そのため幹線道路は渋滞しやすく、朝夕の時間はとくに混んでいます。 私も取材先へ車で向かった際、渋滞にはまってしまい約束の時間に遅れてしまった経験があります。 それ以来、移動には車ではなく「自転車」を使うようにしています。 浜松の暮らしを快適にするためにも、私にとって自転車は必須アイテム。 自転車が1台あるだけで渋滞に悩む必要がなくなり、行動範囲も広がりますよ。 たまにはローカル線でのんびり移動 浜松には遠州鉄道というローカル線があります。 通称「赤電」と呼ばれており、赤い車両がノスタルジックな雰囲気を醸し出しています。 朝夕は通勤・通学の人で混雑しますが、都心のラッシュに比べるとまだまだ快適。 日中は混雑も少なく、のんびりとした気分を味わえます。 仕事の移動は徒歩や自転車が多い私ですが、場所によっては赤電を利用しています。 浜松駅から北へ向かうと車窓からの景色も、のどかな印象に変わり、ガタゴト揺られているうちに眠くなってしまいます(笑)。 こんな穏やかな雰囲気も、地方ならではかもしれませんね。 最後に 今回は浜松に移住して実現できた、通勤ストレスがない働き方をご紹介しました。 長時間通勤や満員電車、渋滞のストレスに悩んでいる人は「地方在住フリーランス」という働き方を検討してみてはいかがでしょうか? 私は小学生の子供を育てるワーキングマザーでもあります。 東京にいたころは、定時になると慌ててオフィスを飛び出し満員電車に乗って子供のお迎えへ。帰宅するころには疲れ果てて、子供とゆっくり話せない日もありました。 しかし浜松に移住してフリーランスになってからは、朝だけでなく夕方の過ごし方も変わりました。 通勤がないので仕事のあとも慌てず、学校から帰ってきた子供とゆっくり話す時間も生まれています。 子供と笑いながら過ごすことが、私にとって何よりのストレス解消です。 ストレスフリーな働き方ができる地方在住フリーランスは、これからもっと増えるかもしれませんね。
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2020年度版ワーケーション助成・補助金情報まとめ

【2020年度版】ワーケーション助成・補助金情報まとめ

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コロナウイルスの背景で、地方移住の関心が高まってきました。 地方移住支援を提供する、ふるさと開拓サービス「flato」では、以前からユーザー様より「ふらっと気軽に訪れられる暮らしや体験をしたい」というお声を頂いており、この度「flato-ワーケーション」の公開に至りました。 ぜひ、この機会にワーケーションを掲載したいという拠点様はぜひサービス内にある拠点掲載の流れにそってお問い合わせください。 (現在、順次公開していきます。) 「ワーケーション助成・補助金情報まとめ」の背景 ワーケーションが各地で話題となり、各地で自治体と連携した補助金などの情報が出てきました。 しかし、この補助金情報ですが、非常に見つけづらく、また整理されていない問題もありましたので、まとめページを構築しました。 現在は各地域も我々flatoも試行錯誤中で情報も少なく、ただ洗い出した状態ではありますが、今後はワーケーションだけでなく、補助金情報などまとめて"より見やすく"ご案内できることを目指します! ぜひ、ご期待ください!! 表の注意事項 行政の補助金情報は、年々更新されます。この記事自体は2020年度10月31日時点で記載されている内容です。逐次更新していきますが、情報が最新でない場合もございますのでご了承ください。 このページを利用される場合は、引用しリンクをつけることを義務付けさせて頂きます。 また、情報元は各行政に掲載している情報となりますので、本件の詳細は各自治体へ問い合わせお願いします。(そのため、補助金・助成金内容は転載元を表記しています。) 補助金 と 助成金の違い 細かい詳細は省き、ワーケーション補助・助成のイメージで説明すると、以下のようになります。 補助・・・自己負担し、あとで経費分の補助率分が支給。よって、手持ちから出る。支給タイミングは各自治体によって補助内容は異なる。補助額は高く、種類も多い。主に企業向け。 助成・・・定額から減額され、通常価格よりお得となる。よって、手持ち負担は少ない。各自治体によって助成内容は異なる。助成額は低く、種類は少ない。ワーケーション向き。(GoToトラベルなど)、主に個人向け 自治体関係者のみなさまへ 掲載されている補助金情報は、公開されている情報を集めて掲載しております。 ワーケーションに関する掲載情報が無い場合、新しく掲載希望をする場合は、以下よりお問い合わせください。掲載致します。(今後、弊社で新たな仕組みを導入する場合、ご連絡をさせて頂く場合がございます) 全国の補助金情報まとめ 現在、ワーケーションだけでなく「移住・定住」「企業誘致」関連の補助金・助成金なども多く出されています。今回は主にワーケーションに特化しご案内しています(中には企業誘致関連も一部含まれます) 北海道地方 北海道 釧路市(企業向け) 対象自治体(担当課) 釧路市 産業推進室 連絡先 0154-31-4550 実施期間 2021年1月末まで 助成 or 補助 補助 利用条件 4日(3泊)以上滞在 申込の流れ 産業推進室に申請書と必要書類を提出 事業完了後1カ月以内に、実績報告書にて事業の報告をいただき、補助金額の確定後、交付請求書を提出 対象者 釧路市内に事業所を有しない事業者 (市内に事業所がある場合でも、市外の事業所に勤務する者が、市内事業所の業務と別の業務を行う目的で実施する場合は対象) 宿泊費 上限 滞在1週間未満 65,000円/人 滞在1週間以上 85,000円/人 移動費 ワークスペース利用費 転載元 釧路市地域連携型サテライトオフィスモデル事業を募集します   函館市(企業向け) 対象自治体(担当課)  函館市 工業振興課 連絡先 0138-21-3307 実施期間 2020年11月9日・ 16日限定(出発日) 助成 or 補助 助成 利用条件 1日目午後、市が行う視察に参加 (函館市に関する説明、大学や研究施設の視察)滞在中、市が指定するコワーキングスペースで仕事を行う) (2泊3日の場合1か所2時間必須。3泊以上の方は複数施設の利用は必須) 申込の流れ 申し込み先 株式会社日本旅行 東日本法人支店 担当:内田 masaya_uchida@nta.co.jp TEL03-6892-1827 対象者 【3日間以上(最大9日)の「ワーケーション」を実施するモニタリングツアー】 職場のチーム力向上や従業員満足度アップのため、ワーケーションを実施したい 経営者・管理職の方 新型コロナにより在宅勤務となっており、勤務先にワーケーションの申請が可能な方 宿泊費 2泊3日33,000円 3泊4日38,500円 4泊5日44,000円 (最大8泊9日コースまで) ...

浜松は都会?田舎?地方在住フリーランスの暮らしに最適な理由とは?

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こんにちは! 静岡県浜松市で活動をしているフリーライターのNaoです。 私は2013年に東京から浜松に移り住みました。 移住生活も7年目となり、仕事を通じて浜松の暮らしやすさを実感しています。 そこで今回は「都会と田舎のいいとこどり」ができる浜松の魅力をお伝えします。 地方在住フリーランスに嬉しいメリットもたくさんあるので、移住を悩んでいる方はぜひ参考にしてください。 浜松は都会と田舎のいいとこどり みなさんは浜松というと都会と田舎、どちらのイメージをお持ちでしょうか? 私は東京から浜松に来たとき「想像していたよりも都会だな~!」と感じました。 浜松の中心地には商業施設や飲食店がそろっており、電車やバスなどの交通手段も充実しています。 駅周辺は夜でも明るく、人通りもあるので不安に思うこともありません。 その一方で広々とした公園が多く、少し足を延ばすと浜名湖やフラワーパークなど自然を満喫できるスポットがたくさんあります。 都会の利便性と美しい田舎の自然を同時に楽しめることが、浜松の魅力ですね。 商業施設がそろっている浜松駅前 移住してからは、都心と変わらない浜松の便利さに驚かされています。 浜松駅前には駅ビルのメイワンや遠鉄百貨店、ビックカメラなど大型の商業施設が隣接しています。 急に必要となったデジタル機器や取材先への手土産も手軽に購入できるため、いざという時も安心です。 私のおすすめスポットは、メイワン8階にある書店・谷島屋。 話題の新刊から専門書まで幅広くそろっているため、仕事に活用できる1冊が手に入ります。 エクセルシオールカフェが併設しているところも、フリーランスやノマドワーカーには嬉しいポイントです。 浜松市街を一望できるカフェで本を読んだりPC作業をしたりするだけで、最高の気分転換になりますよ。 リーズナブルな家賃で快適な環境に住める 地方在住フリーランスは自宅で仕事をする方も多いですよね。 私も在宅ワーカーなので、快適に過ごせる家選びにはこだわりました。 駅からの距離やコンビニの有無も重要なポイントです。 小学生の娘がいるワーキングマザーでもある私は、子供の通う小学校までの距離や通学路の安全性も気になりました。 さらに自分の生活に合う物件を選ぶ際には「家賃がいくらなのか」も外せません。 家賃は毎月かかる固定費なので、少しでも安いほうが嬉しいもの。 浜松は都心に比べると家賃が安く、ワンルームであれば3~4万円で借りられます。 ファミリー物件も、10万円前後からそろっています。 (ちなみに東京都渋谷区のファミリー物件の家賃は30万円以上……) 現在私は子供の小学校から徒歩5分、駅までは歩いて10分ちょっと、そしてコンビニは目の前という物件で生活中です。 「この暮らしは、都心ではなかなか手に入らないよね」と地方在住フリーランスの生活を満喫しています。 東京、大阪へも新幹線で約1時間半 浜松駅には東海道新幹線が停車するため、東京にも大阪にも約1時間半で行くことができます。 私はリモートワークで仕事をしていますが、定期的に東京のクライアントさんを訪問して打合せをしています。 東京や大阪に行くことで、トレンドを自分の目で確かめたりクライアントさんと直接話をしたりできるため、とても良い刺激になっています。 確かに距離はありますが、新幹線なら移動はあっという間なところも嬉しいですね。 子供が大きくなるころには、都心と地方の両方で活躍できる「2拠点フリーランス」になることが私の目標です。 そのため都心へのアクセスが便利な浜松は、私にとって最適な場所なのです。 最後に 今回は私が暮らす浜松の魅力を、地方在住フリーランスの視点からご紹介しました。 移住を考えるときには自分の目指す暮らし方をイメージして、交通の利便性や商業施設の有無、自然環境との近さをリサーチしてみましょう。 「地方は不便かもしれない」と不安を感じていても、実際に暮らしてみると意外と都心と変わらない生活ができるものです。 家賃の安さや人混みが少ないことなど、地方のメリットもたくさんあります。 本格的な移住をする前に、お試しで短期間暮らしてみるのもおすすめです。 生活をしてみることで、本当に自分に合う土地かどうかがわかりますよ。

【宮崎県児湯郡新富町】二川智南美さんが直感で選んだ移住先が最高だった話 #移住者に聞いてみた

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今回の移住者に聞いてみたでは、宮崎県児湯郡新富町(こゆぐんしんとみちょう)在住の二川智南美(ふたがわちなみ)さんにお話を伺いました。 20代後半に差しかかり将来を考えた二川さんは、偶然と直感、そして行動力を基にして移住を決断しました。移住を視野に入れながらも移住地に迷っている人へ、一歩を踏み出すヒントがあります。 地域の魅力を再発見する広報誌をつくる ー現在のお仕事について教えてください。 地域おこし協力隊として新富町役場の総務課に所属し、広報誌『広報しんとみ』の制作に関わる業務全般を担っています。企画構成から、取材、編集、ライティング、写真撮影、誌面のデザインまで、幅広い業務を担当しています。 ーいつから広報誌のお仕事をされているのですか? 移住後の2019年9月からです。外からの目線で地域に埋もれた魅力を引き出したり、地域で頑張る人々とその背景にある気持ちを伝えたり、新富町の魅力が伝わるように日々改良を重ねています。この仕事は、掲載される側と読者の両者の反応を身近に感じられるので、とてもやりがいがあります。仕事を始めてから1年半以上経ちましたが、新富町は伝えたい魅力が尽きません。 1本の映画が気付かせてくれた移住への本当の気持ち ー地域愛を持って仕事をされていますが、以前はどのような仕事をされていたのですか? 東京の編集プロダクションで5年半編集者として働いていました。ライターやデザイナーへのディレクションを中心に、企画構成やライティングの経験があり、その経験が今の仕事に活きていると感じます。ただ、勤務が終電まで続くことも多く、体力面や精神面で将来を不安に感じることもありました。 ー移住を考えるきっかけがあれば教えてください。 あるとき、旅行先で「おだやかな革命」という映画を観たことです。地域のために地道に努力を重ねる人の姿に魅せられ、「地域で頑張る人や地域の魅力を盛り立てたい!」と移住への決意が固まりました。 ー映画の他にも移住を検討する理由はありましたか? はい。まず、20代後半になり将来の働き方や住む場所について考え始めました。都会で身を粉にして働き続けることへの不安と、自分が育った群馬県の田舎のように、自然のある場所で子育てをしたい気持ちがありました。また、大学で俳句を専攻していたこともあり、「季節の移ろい」を感じられる場所で生活したかったことも理由のひとつです。 経験に裏付けられた直感が導いた移住 ー何がきっかけで新富町への移住につながったのですか? 映画をみた後、偶然友人から誘われた『南九州移住ドラフト会議』への参加が契機になりました。移住を検討し始めたものの、移住地は模索状態。これまでに縁のない場所との出会いを望んでいた自分にとっては助かりました。 ー「南九州移住ドラフト会議」では何があったのですか? 面談や自己PRを経て、球団の新富町(『地域商社こゆ財団』)から1位指名をいただきました。新富町の人とは本指名の直前にある交流会で意気投合したものの、当時は新富町の場所も知りませんでした。そもそも移住先を決めるというよりも、移住に向けた第一歩として、地域の人物と関わるために参加したので・・・。 ードラフト会議が新富町への移住の決定打だったのですか? いえ、指名後に10日間ほど新富町を含めた宮崎の地域を巡った旅行が決め手でした。旅好きで国内各地を訪れていたなか、直感的に住んでみたいと思ったのは新富町が初めてだったんです。新富町では、『地域商社こゆ財団』のはからいで地域課題を解決するワークショップに参加し、観光資源や人の話を聞く機会がありました。そこで、新富町の新しい風を受け入れる姿勢と地域の魅力を体感し、すっかり新富町の虜になってしまいました。 ー新富町には、二川さんが移住先に求める環境が備わっていたのですね。 そうですね。私は、出身地と似た人口2万人前後の規模感に惹かれました。地元とよく似た場所で、育った経験から移住後の生活がリアルに想像できたことが「住みたい」につながったと思います。 後悔しないためには行動が大事 ー新富町の魅力を教えてください。 まずは、日本有数の農業地域で野菜が美味しいことですね。また、神楽や神話といった伝統があるほか、ウミガメが産卵にくる豊かな砂浜もあります。航空自衛隊の基地がある背景から外部者を寛容に受け入れる土壌と、伝統を守りつつ時代に応じた変化に挑戦できる風土も魅力です。地方ですが、都心から遅れているような感覚もありません。 ーその当時付き合いたてだった彼氏さんと一緒に移住したと聞きました。どのように説得されましたか? 彼との交際はドラフト会議で本指名を受ける1週間前から。初デートが新富町だったんですが、そこで私の移住の意思が固まってしまったので、移住をしたい気持ちと新富町の魅力を伝えて説得を繰り返し、二人で移住しようという結論に至りました。いつかは地方で暮らしたいと考えていた彼でしたが、本人も想定より早い移住になったようです。 ー移住して実現できたことはありますか? 仕事は忙しいものの日が明るいうちに帰宅でき、ライフワークバランスも保てるようになりました。距離感が良く、知らない人ともすぐに会話が生まれます。建物で遮られない空や季節の移ろいを感じられる自然、都市部にすぐ出られる立地にも満足しています。 ー仕事もプライベートも好調ですね。逆に困ったことはありますか? 交通アクセスが良くないので、実家に帰るのが大変なことぐらいです。とはいえ、東京ではできないこと(きゅうり収穫など)を体験できる環境があるため、日々充実していますよ。 ーありがとうございます。移住を検討している人へのメッセージをお願いします。 移住をするときは、実際の暮らしを事前に感じてみることが重要です。気になる土地へ行く、その土地の中心人物を探すなど、まずは行動しましょう。後悔しない移住をするためには、移住後の生活をつかむことが大切。自分の譲れないものは何かなども考えて、後悔しない移住を実現させてくださいね。 ▼二川智南美さんへの移住相談はこちらから https://flato.jp/users/345/profile ▼flatoはこちらからアクセス https://flato.jp/ インタビュー:ぱーこ 文:矢井田千秋 編集:西本友

【福岡県福岡市】木村公洋さんが語る、移住先の人と移住前からつながる重要性 #移住者に聞いてみた

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今回の移住者に聞いてみたでは、福岡県福岡市在住の木村公洋(きむらきみひろ)さん(Twitter)にお話を伺いました。 東京で育った木村さんが移住先に選んだのは、地方都市である福岡市でした。移住前につながりを作ったことで、不安のない移住が実現。地方都市への移住を考える人の参考になること間違いなしです。 東京での仕事を手放し福岡へ ー現在のお仕事について教えてください。 主にライターとして、大手企業のWebメディアから個人のポートフォリオに載せる文章まで、取材を通して「想い」を言語化する仕事をしています。他にも、スタートアップ企業を支援するプログラムのメンター(アドバイザー)や、クラウドファンディングのプロデューサーとして共感を得る文章の作成など、人に関わる仕事が多いですね。 ー仕事や仕事環境は移住前と変わりましたか? はい。元々は放送作家としてテレビ・ラジオの報道・情報番組の企画構成、クイズ番組の問題を作成していました。ただ、2019年秋にはテレビの報道の仕事を辞め、7年間続けたラジオ局での仕事も移住を機に辞めました。 ー仕事を辞めてまで移住しようと思ったのですか? そうですね。ラジオ局での仕事だけが現地へ行く必要がありましたが、ライターの仕事がオンラインで完結できていたんです。「あれ、東京で暮らす意味ってないのかも」と、だんだんと移住の気持ちが固まっていき、「今こそ仕事環境を変える機会」と腹を括って2020年秋にラジオの仕事を辞め、放送作家の看板も外すことにしました。これで移住への勢いもつきましたね。 飲み会のために東京と地方を往復して得られた縁 ー移住を考えはじめたきっかけを教えてください。 飲み会でのご縁がきっかけです。数年前から、友人に誘われた飲み会のためだけに、東京から飛行機に乗って地方を往復していました。フットワークの軽い自分が好きで、飲み会目的の長距離移動も話のネタになると思って参加していたんです。何度か福岡での飲み会に参加し、おもしろい人たちとのつながりや知り合いが増えるなかで、「いつかは移住したい」と考えるようになっていました。 ー移住を本格的に決めたのはいつごろですか? 取材が全てオンラインになった2020年3月頃です。高い家賃を払っているのに、家とラジオ局との往復しかしていないことに気づき、「東京じゃなくてもいいな」と感じて移住を決めました。 ー仕事が大きなきっかけだったのですね。何を基準に移住先を探しましたか? 東京までのアクセスが良く、日常生活の利便性が高い地方都市を軸に探しました。僕は東京で育ち、車のない生活が基本。今も運転免許を持っていませんし、便利な都会が好きです。また、気軽に人に会える場所に住みたいと考えていました。福岡市であればすでに人とのつながりがあり、都会の割に家賃が安かったことにも惹かれましたね。 ーなぜ東京へのアクセスを重視したのですか? いきつけの美容室が東京にあり、月1回程度は上京する必要がありました。僕の髪型を20年間任せている美容師さんがいるため、美容室は変えたくなかったんです。それに、ほとんどの情報はインターネットで収集できますが、直接会うことでしか得られない情報もあります。東京に知人が多いので、そのタイミングで人と会ったり仕事ができるといいなと思いました。 ーそれでラジオ局での仕事も辞め、移住に向けて動き始めたのですか? そうです。福岡市での住居を探し始めたのは仕事を辞めてから。中洲や天神などの繁華街で探し、知人に紹介してもらった不動産屋さんのおすすめ物件に決めました。11月中旬に東京の荷物をまとめ、下旬には引っ越しました。 福岡の魅力は「人」と「利便性」 ー移住前の不安や移住後に困ったことはありましたか? 移住するまでに相談できる人間関係ができていたため、困ったことはありませんでした。また、移住後も人とのつながりを作れる自信があったことから、不安もなかったです。 ー良い人間関係が安心につながったのですね。福岡市の魅力を教えてください。 まず、コンパクトな町で交通の便が良いことです。自宅から繁華街の天神までは徒歩圏内で利便性が高い。かつ、東京と比べてタクシーの料金が安く、夜も終電を気にせずに過ごせるようになりました。生活コストが低いことも魅力ですね。 ー実際に住んでみてどんなことを感じましたか? 福岡の時間の流れは、東京に比べてゆっくりだと感じました。東京にいたときは、異様な早さで時間が流れていたと感じます。僕自身は、移住してからスケジュールにゆとりを持つようになり、自由な時間や自分に向き合う時間も増えました。自分の体感では、睡眠の質もあがって体調も良くなりました。今では福岡市をホームと思えるようになっていますし、東京から福岡に戻ってきたときにホッとする自分がいるんです。 移住前から「人」とのつながりを ー移住前後で、人との関わり方は変わりましたか? 時間に余裕ができたので、人と会う機会を増やすようにしました。どこに住んでいても変わらず大切なのは、人とのつながりです。人との出会いが経験値を上げ刺激を生むと思っているからです。そのため、仕事でもプライベートでも人からの誘いや出会いの機会を逃さないよう、オンラインだけでなく対面で会う機会を作るように心がけていますね。 ー移住を検討している人へのメッセージをお願いします。 僕は、移住先を選ぶ決め手は「人」だと考えているため、移住前から人との関係を作ることをおすすめしています。どのぐらいの人とつながりがあるのか振り返ってみて、なければ作っていきましょう。移住先でも相手の行動を待たずに自分から溶け込む努力が必要です。 ーありがとうございます。木村さんは移住検討者のどのような相談に乗ってくれますか? 人との関係作りについては相談に乗れます。人は考え方も価値観も多様であることを理解して、決して相手を否定しないことが大切です。すぐに距離感を縮めたい気持ちも分かりますが、まずは心地の良い距離から少しずつ縮めてくださいね。 ▼木村公洋さんへの移住相談はこちらから https://flato.jp/users/348/profile ▼flatoはこちらからアクセス https://flato.jp/ インタビュー:ぱーこ 文:矢井田千秋 編集:西本友

【福岡県福津市】理想の子育てを実現!小関美穂さんに聞く「子育て移住計画」 #移住者に聞いてみた

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今回の移住者に聞いてみたでは、福岡県福津市在住の小関美穂(こせきみほ)さん(Twitter)にお話を伺いました。 ファミリー世代である小関さんの移住は、Uターンを希望する旦那さんがきっかけでした。子育て移住を成功させるための入念な移住計画は、ファミリーで移住を検討している人の参考になること間違いなしです。 移住を見据えたキャリア形成 ー現在のお仕事について教えてください。 株式会社allpersonalという会社で、事業の業務効率化と生産性向上を担う『Chief Productivity Officer|最高生産性責任者』としてフルリモートで勤務しています。以前はフリーランスとして関わっていましたが、現在は正社員として働いています。 ー小関さんは、メイクから人事と大きくジョブチェンジをされたと聞きました。人事の仕事はいつから始めたのですか? 2011年の春です。メイクの仕事は新社会人の時に、美容部員としてスタートしましたが、メイク関係の最後のキャリアはクリエイターのマネージャーでした。メイクアップ、ヘア、スタイリスト、フォトグラファー、ネイリストなどのクリエイターの夢をどのように叶えるかという戦略設計を二人三脚で取り組み、人が成長する姿を間近で見たとき、人事の仕事に興味を持ったんです。 ーメイクの仕事からどのようにキャリアを積んだのですか? 1つ目の会社には派遣社員として入社。最初に雇用形態にこだわらなかったことで、人事経験を順調に積むことができたと思っています。2021年2月からフリーランスとして業務委託を請け負ってましたが、現在の会社には移住のことも伝えたうえで、社員として入社しました。 ーフリーランスに転向したあと、すぐ正社員に戻ったのはなぜですか? 正社員になった理由はいくつかあります。一番大きな理由は、自分が地域でやりたいと思ったことと、誘っていただいた会社でやれることがシンクロすると感じたことです。 ほかにも、フルリモートで仕事ができたり、子どもが今年4月から入園し仕事の時間を確保できたこと。注文住宅を契約し、住宅ローンを組むためには正社員が有利だと思ったこと、などです。   十分な準備と思い切りで実現した移住 ー移住を検討し始めたきっかけを教えてください。 2018年頃、夫が実家のある福岡県福津市へのUターンを希望したことがきっかけです。移住前は千葉に住んでいました。子育ては自然の中でしたいという考えがあり、私自身が福岡に2年間住んだ経験から、また住みたいという気持ちも強かったですね。 ー移住への準備はいつから、どんなことをされていたのですか? 夫がUターン希望を伝えたタイミングから準備を始めました。移住を実現するために身に着けるべきスキルは何か、職種的な市場はどうかなど、人を紹介いただいて色んなお話を伺いました。その中で仕事や住む場所について調べたり、引越しの時期や費用、子供の入園に伴う手続きなどを徹底的に調べたり。どうすればコストを低く抑えられるかを考え、着々と準備していました。 ー実際に移住をするにあたって、不安なことはありましたか? 関東と比較した情報格差、教育格差、希望のタイミングで保育園に入れるかが気になってはいました。現在ではオンライン化が進んだこともあり、さほど問題ないと感じています。色々検討しましたが、最後は思い切りで移住に踏み切れたところもありました。 ー移住する際に家を買うことは決めていたのですか? いえ、移住前は賃貸か建売住宅にするか悩んでいました。夫婦でフルリモートワークのため、各自の個室があることが必須の条件だったんです。納得できる物件はなかなか見つかりませんでしたが、ご縁が重なり、年内に注文住宅が建つ運びとなりました。 ー理想の生活のためには、注文住宅が最適だったということですね。 はい。建売住宅をいくつか見学するなかで、気に入った工務店と分譲地に出会いました。関東では考えられない広さと価格の家だったので、思い切って購入しました。 理想の子育てができる福津市 ー福津市に住みたいと思った理由はなんですか? 理想の子育てを実践したいと思ったからです。子どもには、自立した人に育ってほしいと思っています。自立できる人は「挑戦できる人」だと考えていて、挑戦するためには自己肯定感が必要です。福津市では、学校運営に地域が参加するコミュニティスクールや、地域自治の仕組みの「郷づくり」など多世代の人と触れあえる環境があります。多様性を認め合える環境で自分を確立できたら、揺るぎない自己肯定感が育つのではないかと思いました。 ー福津市が自分の理想の子育てができる場所だとわかったのですね。 そうですね。また、福津市は海上貿易と塩田で繁栄した街なので、よそ者を受け入れる文化があります。転入者がどんどん増えていて、30〜40代のファミリー世代が多いという土壌も、子育てにとってメリットだと思いました。 ー福津市の魅力を教えてください。 山や海といった豊かな自然が全部揃う環境と、博多まで30分という立地の良さです。ウミガメが産卵するほど綺麗な水質の海があり、22kmにも及ぶ海岸線の景色に魅せられて移住する方もいると聞きました。遠浅の海で、条件が揃えばウユニ塩湖のような『かがみのうみ』を見ることもできます。ほかにも、漁港では新鮮な魚が手に入り、野菜も地産地消でおいしく頂けます。広い家に住むことができるのも魅力ですね。 少しずつ調べれば移住の不安は解消される ー実際に移住してみて気づいたことはありますか? 毎日海や山を見れるので、落ち着いて過ごせることですね。子どものお迎えに行ったときに、夕日がきれいだなと思ったら浜に行ける距離に住めるのは贅沢だと思います。また、私も夫も仕事がフルリモートで通勤時間がないため、家族の時間をしっかり取れるようになりました。 ーありがとうございます。移住を検討している人へのメッセージをお願いします。 リモートワークが増えている世の中で、都会に住む理由がなくなってきた方も多いのではと思います。自分の幸せを追求して移住をすると、生活の質が大幅に向上すると感じています。移住を検討している方は、自治体が展開する移住支援のサービスを調べてみてはいかがでしょうか?子どもがいる家庭でいきなりの移住は難しいですが、少しずつ調査すれば必ず乗り越えられると思います。 ー最後に、小関さんなら移住検討者のどのような相談に乗れますか? 移住者とのつながりが多くあるので、私が架け橋となることができます。また、キャリアコンサルタントの資格と経験を活かして、転職などで悩んでいる方の力にもなれると思います。   ▼小関美穂さんへの移住相談はこちらから https://flato.jp/users/347/profile ▼flatoはこちらからアクセス https://flato.jp/ インタビュー:ぱーこ 文:矢井田千秋 編集:西本友