【イベントレポート】地域で暮らす可能性を相談しよう~ふるさと開拓相談サービス「flato」のはじまり~

最近、テレワークの普及化に伴い、地方移住の関心が高まってきています。
しかし、移住後の生活や仕事への不安で、移住へのハードルが高いと感じる人も多いのではないでしょうか。

しかし、地方移住はもっと身近なものであっていいはず。
そう感じてもらうため、2020年7月6日にオンラインイベント『地域で暮らす可能性を相談しよう~ふるさと開拓相談サービス「flato」のはじまり~』を開催しました。

場の賑わい作りやコミュニティ支援をする株式会社はじまり商店街様の全面協力、そして同社代表の柴田大輔さんのファシリテーションのもと、大変盛り上がるイベントとなりました。

そのイベントの様子をレポートします!

▼flatoにはこちらからアクセス
https://flato.jp/

『flato』=地方移住版OB訪問?

今回のイベントには、全国各地から参加者が集まりました。
オンラインイベントならではですね。

参加者に参加理由を聞いてみると、地方移住をした方からは「地方の暮らしの良さを知ってもらいたい」と、地域に関心を持つ学生からは「将来フリーランスとして多拠点生活をしたい」という回答。

その中の「テレワーク化を機に東京を離れ、地域創生に関わる副業をやってみたい」という回答に対し、柴田さんが「まさに、今回のイベントはそんな方にぴったりですね!」と合いの手を入れ、場の雰囲気をにぎやかにしてくれました。

また、『flato』をすでに知ってくれていた方はわずかで、「『flato』について知りたい」という興味で参加してくれた方がほとんどでした。

『flato』はいわば地方移住版OB訪問。移住経験者にリアルな移住体験談を話してもらったり、お悩み相談に乗ってもらったりすることで、移住がもっと気軽なものになります。

例えば、移住を検討するデザイナーが、移住経験のあるデザイナーに移住後の仕事について聞くことができます。
いわゆる「先輩」に話を聞くことで、移住後の仕事や生活に対する不安が和らぐはずです。

地方の仕事&生活のリアル

柴田さん、そしてFromTo宮城の2名によりおこなわれたパネルディスカッション。
上記の話題の中から、特に関心が高かったものについて話していきました。

地域で仕事の作り方

柴田さんによると、
・地域おこし協力隊になる
・地域の中心人物とつながる
・地域の副業を推進するメディアを調べる
・行政の窓口を訪れる
の4つの方法があるそうです。

中でも、地域おこし協力隊の任期を終えた人は、「地域に関わりたい」という想いから、ゲストハウス運営や起業などさらに地域に根ざした事業をしていく傾向があるのですね。

また、地域の副業を推進するメディアの中でも、柴田さんのオススメは『日本仕事百貨』。地域密着型の仕事の求人やコラムが掲載されているので、仕事探しに役立つかもしれません。

一方、静岡県浜松市を拠点に活動する宮城からは、「地域の中心人物と関わることは大事」という意見がありました。
特にフリーランスは、人のつながりから仕事が生まれることがあり、浜松でもそのような例が多いそうです。

二拠点・多拠点生活

宮城は、浜松と東京の二拠点生活を経験し、あることに気づいたそうです。
それは、「東京を拠点にしなくてもいい」ということ。

浜松から東京へ訪れるときにはオフィスに寝泊まりし、かつ東京では仕事しかしていなかったため、「これでは出張と変わらない」と、東京が拠点である必要性を感じなくなったそうです。

また、柴田さんによると、近距離二拠点生活を始める人が増えているそう。これにより、家賃だけでなく交通費などのコストも抑えられるというメリットがあります。

多拠点生活の際、宮城のオススメはゲストハウスやホステル等の活用。地元の人や観光しに来た人と気軽につながり、コミュニティを広げることができるからだそうです。補足するように、柴田さんは「観光ではなくリアルな生活体験から、土地との相性を決めてみるのもいいですね」と、移住先選びの観点からゲストハウス等の活用方法について教えてくれました。

いつか住みたい街

柴田さんのアイデアで参加者の皆さんに聞くと、伊豆半島、瀬戸内海の沿岸、長崎…とさまざま。
面白いことに、関西から西のエリアがほとんどですね。

移住したら、自分を必要としてくれる人が増えた

ここからは、参加者の質問に答えていきます。

移住して良かったことは何ですか?

「たくさんの人に必要とされること」と迷わず回答。
浜松に移住してから、「一緒に働きたい」「こんな仕事をしてもらいたい」と言われるようになったそうです。

これこそ、地域とのつながりで得たものですね。

移住先で人気の地域はどこですか?

宮城はIT系に特化して、ワクワクするような地域という理由で「九州、特に福岡県福岡市」と回答しました。
柴田さんが挙げたのは広島県。自治体だけでイベントを開催できるほど、勢いのある地域だそうです。

本業+地域で副業(第一次産業)という働き方に対してどう思いますか?

「いいですね」とうなずく宮城。実際、そのような働き方を望む人が増えているそうです。
そして、「今後、第一次産業がIT化されていったら面白そうですよね」という宮城の意見に対し、柴田さんも共感していました。

『flato』から地方移住を盛り上げよう

イベントの最後に、宮城から一言。

「私たちは定住を勧めているのではありません。あらゆる地域に住むことで得る、楽しさの価値を提供したいんです。すでに移住した方がいましたら、非公認観光大使として一緒に『flato』を盛り上げていきましょう!」

この想いに共感する参加者が多く、そのうちの1人が「移住先の仕事探しの不安が、解消された気がする」とコメント。
このイベントを通して、移住へのハードルが少し下がった方もいるようです!

また、今回のイベントの様子をグラレコしました。
こちらもあわせてご覧ください!

次回のイベンのタイトルは、地域とつながるはじめの一歩 〜自分にあった暮らし方・働き方・はじめ方を考えよう〜
どんなイベントになるのか楽しみですね!

島内未来
島内未来
秋田県出身、山形県在住の大学3年生。株式会社FromToのインターンとしてインタビュー記事やコラムを執筆中。ライティングをはじめ、得意なグラフィックレコーディングやイラストを掛け合わせた記事や作品作りで活動の幅を広げている。今後は全国のワーケーション施設を巡りながら、文字とビジュアルで地域の魅力を発信していくことが目標。
島内未来
島内未来
秋田県出身、山形県在住の大学3年生。株式会社FromToのインターンとしてインタビュー記事やコラムを執筆中。ライティングをはじめ、得意なグラフィックレコーディングやイラストを掛け合わせた記事や作品作りで活動の幅を広げている。今後は全国のワーケーション施設を巡りながら、文字とビジュアルで地域の魅力を発信していくことが目標。

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【移住者に聞いてみた】「地域に根ざした仕事がしたい!」石川県加賀市在住 篠崎健治さんが掴んだ念願の夢

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今回のflatoの移住者インタビューでは、石川県加賀市在住の篠崎健治さんにお話を伺いました。 幼い頃から地方への関心が高く、全国転勤の銀行員として充実して働きながらも、「地域に根ざした仕事をしたい」という夢と葛藤していた篠崎さん。 加賀への移住につながった”偶然の出会い”について語ってくれました。 地域に密着したストレスフリーな生活 ー現在の仕事について教えてください。 フリーランスとして、まちづくりや場づくり関連の会社でコンサルタントをしたり、不動産設計会社でバックオフィスを担当したり、前職(銀行員)の知識を活かして会計事務もしています。 また、まちの産業観光イベントの事務局として、地域を盛り上げるためのイベントの企画を務めるなど、幅広い活動をしています。 ーかなり幅広い活動で忙しそうな印象を受けますが、普段はどのような生活をしていますか? 平日休日関係なく仕事をしていて、どの仕事にも熱を注げるように1日ごとに作業内容を分けながら働いています。 休み無しのハードなスケジュールというわけでもなく、セルフマネジメント力が必要ですが、フリーランスならではの柔軟な調整でストレスを溜めない生活が送れています。 ー生活の中で、特に気に入っているポイントは何ですか? 「山中温泉」という温泉街の共同浴場『総湯』です。 家が温泉街に近いこともあり、自宅の風呂かのように頻繁に利用しています。 仕事で疲れた体を癒やせるだけでなく、地元住民とすぐに打ち解けられ、「地域に密着している」と実感できるので気に入っていますね。 ーそれは面白いですね。 例えば、商売を営む方と話すと、加賀市に根付いた商売文化を理解することができますし、知らず知らずのうちに住民の小話が聞けるのも、ローカルならではの面白さです。 「地域のためになる仕事がしたい」葛藤の銀行員時代 ー前職では、銀行員として金融機関に勤めていたそうですね。 はい。大学では経済学を専攻し、また、兄と姉が銀行員だったこともあり、この仕事に就きました。 ー入社まもなく秋田県に住むことになったそうですが、見知らぬ土地へ行くことに抵抗はありませんでしたか? いえ。むしろ、全国各地で働きながら生活ができる制度に惹かれて就職したので、すんなりと受け入れることができました。 生まれも育ちも横浜で、幼い頃から「地方ののどかな自然や雰囲気を体感してみたい」と漠然と思っていたんです。 ー都会にはない、地方ならではの魅力を感じてみたかったんですね。 そうですね。実際に住んでみると、雪が降る光景に感動したり、秋田県民の人柄を知れたりと刺激的な毎日でしたね。 一方で、シャッター商店街の景色や人の少なさを目の当たりにし、衝撃を受けました。 このような光景はニュースで見たことがありましたが、リアルに地方衰退問題の深刻さを痛感させられ、そこから「自分がこのような地域のためにできることはないか」と考えるようになりましたね。 ーその想いが強くなったきっかけは何ですか? 偶然、秋田で東京の高校時代の同級生に会ったことです。 彼は、自ら興味を持って地元でもない秋田に訪れ、地域を盛り上げようと地域おこし協力隊として活動していました。 詳しく話を聞き、その壮大な活動内容や活動に対する想いをいきいきと語る彼の姿に、僕の胸が熱くなったんです。 そこから「自分も地域のためになる活動がしたい!」という想いがはっきりと芽生えました。しかし、すぐには実行できず、「会社を辞める勇気なんてない」とただ悶々とするばかりでした。 偶然見つけた投稿をきっかけに叶えた、理想の働き方 ーそんな中、今度は福井県に転勤することになったそうですね。 はい。知らない土地で新たな発見やつながりを得られると思うと、ワクワクが止まりませんでした。 実際に生活してみると、福井は秋田よりも規模の小さい地域だったので、住民との関係性を早く深められ、友達もすぐにできました。とても居心地が良かったですね。 ー秋田とはまた違う生活を体験できたんですね! ですが、仕事の面では、次第に仕事自体のやり方に違和感を持つようになりました。慣れが生じてしまったせいか、上司のハンコをもらうことに意識が向いてしまって、お客さんのためになっているかどうかに悩みを抱えるようになりました。 仕事自体は楽しかったのですが、職場では心の拠り所となる仲間が一人もいなく、息苦しさを感じていたんです。 ー生活と仕事にギャップがあったのですね。 そうですね、そこで「地域に関わる仕事だったら楽しんで働けるはずだ」と、思い切って 働き方にシフトすることを決意しました。 ちょうどそのころ、「銀行員の仕事は安定している反面、将来の道筋が逆算的に見えてつまらない」と感じていたので、ちょうどよい機会だと思いましたね。 ーそこから、石川県加賀市への移住に至ったきっかけを教えてください。 友人がFacebookでシェアした、『Next Commons Lab』という団体の投稿をたまたま見たことです。 投稿には「ポスト資本主義」「移住先で自ら生業を作る」といったプロジェクトの内容が書かれてあり、見た瞬間に「こういうのがやりたかったんだ!」と気持ちが高ぶったのを覚えています。 また、拠点の石川県加賀市は福井に近かったため、「コミュニティとも継続して関わることができる」と思い、説明会に参加してみることにしました。 そこからトントン拍子で採用が決まり、気がついたら1ヶ月後には移住。今までやりたかったことが一瞬にして叶ったので、驚きましたね(笑)。 目的意識を持って移住の実現へ ーついに、長年抱えていた夢の実現に乗り出したんですね!実際に移住してみてどうでしたか? はじめは、仕事に慣れるのに苦労しましたね。 最初に担当したのは、地域おこし協力隊の制度を利用した「移住起業家を募集する」仕事。加賀市に移住して間もない自分にはハードルが高く感じられました。 実際、経験やノウハウがないまま、移住者を呼び込む施策を考えるのはとても大変でしたが、やりがいがあり楽しかったです。 ー移住前後で、自身にどのような変化がありましたか? 仕事に対する意識が明確に変わりました。 たくさんの人や環境に触れていくうちに、本当に自分がやりたかったことが何かが少しずつわかるようになりました。地域を元気にするのは「ヨソ者・若者・馬鹿者」とよく言われますが、自分の中であんまりしっくり来ていなくて、本当は全部逆だと思っています。自分のような移住者は、いかに地域に寄り添いながら、地元の人・コト・モノをいかに輝かせるかが大事だと考えています。地域に足りないものを突きつけるのではなく、一緒に探せるようにフットワーク軽く精力的に仕事に励んでいます。 ーありがとうございます。今、移住を検討している人に伝えたいことは何ですか? 「移住の目的を明確に持とうとすること」ですね。 移住は一つのライフイベントで、誰もがすぐに実行できるものではないでしょう。実際に、私が約5年間も想いを抱いていたように、新たなスタートを切るまでにとても長い年月がかかりました。 しかし、「なぜ移住をしようと思ったのか」「移住したら自分はどうありたいか」を考えたことで、次第に目的意識を持つようになり、確かな行動に変わっていったんです。移住は、ゴールではなく手段であって、人によっては長い人生における実験の一つくらいなのかもしれないので、ビジョンを持つこと(今はなくてもビジョンを持とうとすること)が大事だと思っています。 試しに、「どうありたい?」と「なぜ?」を持ってみることから始めてみてください。自分の中で、何かしらの変化が生まれるかもしれません。 ―最後に、移住を検討するどんな方の相談に乗れると考えていますか? 地方での仕事の作り方に興味があったり、テレワークをきっかけに地方移住を考えたりしている人、また、かつての自分のように今の立ち位置に違和感を抱えている人です。 やりたいことを実現させるには勇気が必要ですが、実現後のイメージをポジティブに感じられる支えになりたいと思います。 また、相談を通して「一緒に働きたい」と思ってくれるような方が出てきてくれたら嬉しいですね! そんな仲間と、この記事を通じて出会えたら何よりの幸せです。 ▼flatoはこちらからアクセス https://flato.jp/ ▼篠崎健治さんへの移住相談はこちらから https://flato.jp/users/239/profile インタビュー:青木空美子 文:島内未来 編集:りこぴん

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最近、地方移住への関心が高まる中で「地域や移住に興味はあるけど、地域になじむのは難しそう」と感じる方が多くなっています。 そんな不安を払拭するため、2020年8月5日にオンラインイベント 「地域を知り、地域に入り込む暮らしとは??~次の暮らしを考える交流会~」を開催しました。   これまでと同様、株式会社はじまり商店街様、同社代表の柴田大輔さん全面協力のもとイベントが開催しました。 今回のゲストは、「地方複住」「居候男子」という肩書きを持ち、今まで国内20の地域に滞在した木津歩さん。ユニークなアイデアで地域に溶け込む木津さんのお話は必見です! ▼flatoはこちらからアクセスhttps://flato.jp/ 「地方複住」で地域にコミットした事業を展開 最初に木津さんが語ったのは「居候男子」の実態と、地域住民との関係性を深めていく方法について。 「居候男子」のはじまりは、友人からの誘い。当時勤めていた建築設計事務所の仕事を辞めたタイミングで、「うちのシェアハウス住む?」と誘われたことがきっかけだったそうです。その後、別の友人からヘルパー募集を聞き、拠点を移動。 多拠点生活の楽しさに次第にハマっていき、「居候男子」と自身で名付けて活動し始めた木津さん。仕事は知り合いから紹介してもらったり自分で探したりしながら、国内各地に約1ヶ月ごとに滞在する生活をしていたそうです。 独立後に掲げたテーマは「地方複住」。根無し草のように各地を転々とする「線の滞在」から、以前訪れた地域を積極的に再訪する「円の滞在」へと移行していきました。 現在は、都内の映像制作会社『AOI TYO Holdings』にある事業研究開発チーム『Pathfinder』でテレワークをしながら、業務分野の1つの「地方」を担当し、事業の研究開発をしています。チームの中で木津さんは「ローカルリエゾン」という役割を担い、まちのコミュニティに関わりながら地域の現状や課題などをリサーチしたり、珠洲市の歴史を学んだりしているそうです。 さらに、珠洲市に友人が訪れた際には、まち案内や現地に住む人の紹介などもしています。 移住場所は、人のつながりで決めるのが木津流 ここからは、木津さんが参加者の質問に答えていきます。 ー『関係人口契約』って何ですか? 木津「まず関係人口とは、地方創生の文脈で近年注目されている、交流人口と移住人口の間の人口を定義したものです」 宮城「つまり旅行以上、移住未満ですね」 柴田「関係人口の言葉の定義はあいまいで、各自治体が解釈しながら使っているため理解するのは難しい」 木津「関係人口契約とは、僕が兵庫県香美町のNPO法人と結んでいる契約です。定義が曖昧な関係人口をあえて契約によって定めて、(主に遠隔で)様々なプロジェクトを一緒に進めています」 ー拠点を変えるときの決め手を教えてください。 木津「知り合いや友人の紹介ですね。『面白い』と思った人との交流に軸を置き、新しい発見を求めて多拠点生活をしています」 ー「円の滞在」(以前訪れた地域で再び暮らす)にしたことで、どのような変化がありましたか? 木津「地域に住む方の受け入れ方が変わりましたね。その地を離れてから仕事のお誘いをいただいたり、コミュニケーションの深度が上がったように思います」 柴田「会う回数とコミュニケーションによって、信頼度が上がりますよね」 ー珠洲市の魅力は何ですか? 木津「住民が皆、『珠洲市がどんな場所か』を詳しく語れること。エリアごとに独自の特徴や文化を持っていて、地域住民と話をする度に新しい発見があります」 ーこれから移動生活をする人に何かアドバイスはありますか? 木津「心と体の状態を保つことですね。1ヶ月おきに地域を移動する中で、次第に心と体が疲れていくので、生活のルーティンを守る必要があります」 柴田「拠点を移る前にあらかじめ次に訪れる地域とのつながりを作っておくのがいいですね」 ーどんな場所に住むのがおすすめですか? 木津「シェアハウスやゲストハウスがあるところですね。シェアハウスの仲間がいる安心感の中で、地域住民との交友関係・人脈を広げていくことができます。同時に、生活費や滞在費を抑えることができるのでおすすめです!」 地域に合うのは、人と関わることが好きな人 ここまでの時間でかなり盛り上がったため、パネルディスカッションが短くなったのですが、一つだけピックアップして回答しました。 こんな人が地域に合う 木津さんによると、「人付き合いが好きな人が地域に合う」とのこと。地域の規模が小さいほど関係性が深くなるため、交流やイベントへの参加を心から楽しめる人は合っていると考えています。 それに対し参加者は、「コミュニティ内での距離感は、地方都市くらいの規模の地域で取るのがちょうどいいのかもしれないですね」とコメントしました。 ------ これを機に、木津さんのような居候体験に興味や関心をもった方が多いはず。当社サービス『flato』では、木津さんに地方生活のことを直接相談ができるので、ぜひ一度サイトへアクセスしてみてください。 次の開催は8月25日、逗子のアットホームな雰囲気が漂う心地よいお店、「アンドサタデー」の庄司健吾さん、真帆さん夫妻に登壇いただいたイベントをレポートします!逗子を活気づける数々のイベントを開催したり、まちのガイドブックを制作したりと注目のゲストです。 お楽しみに! ▼木津歩さんへのオンライン移住相談はこちらからhttps://flato.jp/users/56/profile 文、グラフィックレコーディング:島内未来

【イベントレポート】地域とつながるはじめの一歩~自分に合った暮らし方・働き方・はじめ方を始めよう~

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テレワークが普及し始め、地方移住への関心が高まっている今、「地域や移住に興味はあるけど、何から始めればいいんだろう?」と思う方が多いのではないでしょうか。 そんな悩みを払拭し、より気軽にはじめの一歩を踏み出してもらえるように、2020年7月29日にオンラインイベント「地域とつながるはじめの一歩~自分に合った暮らし方・働き方・はじめ方を考えよう~」を開催しました。 第1回同様、株式会社はじまり商店街様、同社代表の柴田大輔さん全面協力のもと開催しました。 そして、今回のゲストは、東京と山梨で2拠点生活をしながら、はじまり商店街のコミュニティビルダーとして活躍する辻麻梨菜さん。辻さんの、はじめの一歩を踏み出すまでの過程や、踏み出した後のエピソードは驚くものばかりでした。 ▼flatoにはこちらからアクセスhttps://flato.jp/ 「地域とつながる」はじめの一歩を踏み出す方法 最初に辻さんが語ったのは、地域で仕事をする「きっかけ」(=はじめの一歩)や、踏み出すための具体的な方法について。 辻さんは、地元の山梨を軸に地域に関するイベントを多数開催していますが、もともとは東京在住で東京の会社に勤務していました。 そんな中、地元山梨で仕事することになったのは、以下の2つがきっかけだったそうです。・東京での勤務中「何のために働いているのか」と、自分の働き方に違和感を覚えた・母校の統廃合を知って心寂しくなり、「地元のために何かできることはないか」と考えるようになった はじめの一歩①:地域のイベントに参加する ここで、辻さんが実践した「はじめの一歩」を2つご紹介します。 1つ目は、”地域のイベントに参加する”こと。『Peatix』で地域に関するイベントに片っ端から参加し、宮崎県への移住希望者向けや子育て世代向けのイベントにも参加したこともあったそうです。 ですが、自分が参考にしたい「山梨を拠点に活動する人」が一向に見つからず困っていた辻さん。あるイベントで出会った方から、「理想像となる人がいないのなら、自分がやればいい」という言葉をかけられ、それをきっかけに「自分はどんなことがやりたいのか」「どのように活動を始めればいいのか」が少しずつわかるようになってきたそうです。 モヤモヤしていた中でもらった1つの言葉が、辻さんの背中を押してくれたのでしょう。「すでに実践している人の真似ばかりしなくて良い」ということに、参加者も深く頷いていたようです。 はじめの一歩②:「地元のために何かしたい!」と言い続ける 辻さんは、地域で仕事がしたいと「思う」だけでなく、「地元のために何かしたい!」と周りの人に言い続けたことで、思い描く活動が実現していきました。 はじめて企画・開催したのは、以前働いていた東京の会社の山梨出身者だけで集まる「山梨飲み」。月に1回、都内で山梨ご当地料理が楽しめる店「山梨居酒屋」を会場に、同じ県民同士で交流を深めつつ語り合う場を開いていたと言います。 その後、地元商店街のワークショップにゲストとして登壇。当時はまだ何も理想を形にできていなかった段階で、「私はこんなことを実現させたい」とひたすら熱く語ったそうです。 このイベント登壇によって、若い世代を応援してくれる人や地域活性を望んでいる人がたくさんいることを知り、「地域のためにもっと頑張りたい」と活動意欲が増した原点となったと辻さんは語りました。 熱い言葉が人々の心に届き、次第に辻さんの大きな原動力に変わっていったんですね。 チームワークの良さが光る、地域愛にあふれたイベント作り   その後「Yamanashi LOOPS」と名付けて、都内の山梨出身者や山梨愛好家の人たちが集まるイベントを開催。山梨に関する情報を共有したり、実際に山梨に赴いて暮らしを体験するコンテンツを作っていたそうです。 しかし、当時は東京のみでの生活。このような活動と東京での仕事との両立は難しく、この頃から山梨との二拠点生活を検討し始めました。 そんな辻さんのですが、はじまり商店街のイベントこそがターニングポイントとなったそうです。 イベントで、東京と山梨の二拠点生活をしているゲストに出会ったり、柴田さんに声をかけられてイベントを企画運営したりと、はじまり商店街が今の辻さんの一部となっているのです。 実際に運営に携わったメンバーは今でも辻さんと活動を共にするほど、それぞれが地元の魅力を再発見し、「地元を盛り上げたい」という気持ちが高まった機会になったそうです。 念願の二拠点生活を実現 柔軟な働き方が可能な会社へ転職し、東京と山梨の二拠点生活をスタートさせた辻さんですが、とあるイベントをきっかけに「移住者と地元住民の間に見えない壁がある」と気づいたそうです。 北杜市の人は移住者を「新住民」、地元住民を「旧住民」と呼ぶことを知り、「なぜ同じ地域の住民を、いつ住み始めたかで区別するのか」と違和感を覚えた辻さんは、自分自身が地元民でありながら地元の外でも生活した両者の感覚をもつ「ムラサキ」な存在であることに気づきました。 紫色が赤色と青色を混ぜてできるように、地元住民でありながら地元外の感覚両方を持つ辻さんのような存在は、北杜市に限らず多くの地域で必要とさせるはずです。 辻さんの記事「私は、ムラサキ。」http://tenro-in.com/mediagp/87571 ムラサキ人材としての活動 辻さんがムラサキ人材としておこなった最初の活動は、「お寺のこれからを考える会」の開催。 昔、お寺は地域に密接した活気のあふれる場所でしたが、今はほとんど利用されなくなっているという問題に着目して開いたイベントです。 「お寺を活気あふれる場所にするにはどのように工夫すれば良いか」を地元住民と移住者が一緒に話し合い、アイデアを出し合うことで、新旧の壁を越えた関係を築けたそうです。 また、初回の企画に留まらず、「白州に居酒屋のような場所があったらなあ」という住民の声をもとに、新たなイベントを開催。 ”白州には居酒屋が少ないけど、いざ作るとなると騒音が生まれて近隣に迷惑がかかる”という問題を考慮し、空きスペースを使った交流会を地元住民と移住者と共におこないました。 イベントが好評だったこともあり、そこから発展して、「住民みんなでまちづくりについて考える会」が生まれたそうです。 目下の目標は、白州のプラットフォーマーになること。その活動の一つとして、はじまり商店街でイベントを多数開催しており、それらのイベントを見て宮城は「好きなことを発信するって一番継続できる力ですよね」とコメント。 辻さんの地域愛あふれる積極的な活動は、きっと多くの人の心に届くのでしょう。 コミュニティマネージャーとして白州をさらに盛り上げる 加えて、辻さんは多拠点居住のできる新しい賃貸サービス「niclass」のブレンダーも担当しており、その中で各地域を盛り上げていくことが今後の展望だそうです。 その活動の1つが「暮らしを体感できるデリ」。地元の農産物を扱った料理から地域の暮らしや歴史に触れられる店を作ることで、空き家を利用した新しい商いの場所を増やし、人通りの少なくなった通りに活気を取り戻すというものです。その構想の実現が今から楽しみですね。 辻さんの活動を伺ったあと、参加者との質疑応答がおこなわれました。 「イベントを開催する上で、集客に不安を感じないのですか?」 もちろん不安です。はじめは、確実に参加してくれる人を予め確保して集客の不安をやわらげるなど工夫をしていました。 その後、「地元愛」をテーマにしたイベントで、予想以上の参加者が集まってくれたことで自分の活動への自信になり、不安は次第になくなっていきましたね。 「新住民と旧住民をつなげるときに生じる壁について、どう思っていますか?」 無理に両者の関係性を深めようとは思っていません。交流したいと思う人もいれば、交流を求めない人もいますから。 その人たちの気持ちを考慮しながら活動を広げていくことは、今も難しい点だと感じてます。 柴田さんと宮城は辻さんの一連の話を聞いて、「行動力がすごい!」と驚いていました。 続けて宮城が「ムラサキ人材と交流することで、移住の不安も和らぎそうですね」と言うと、「実際に、自分自身がムラサキ人材を探していたという過去の経験もあり、これからはそのような悩みを抱える多くの人の支えになりたいと思っています」と今後に対する自身の想いを語ってくれました。 そして当時の苦労から、「活動前にflatoがあったら絶対利用していた」と辻さんがコメントしてくださいました。そんな『flato』に少しでも興味を持った方は、ぜひ一度サイトへアクセスしてみてください。 次回は、「地方複住」「居候男子」というユニークな肩書きを持った木津歩さんに登壇いただいたイベントについてレポートします! お楽しみに!   文、グラフィックレコーディング:島内未来

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【移住者に聞いてみた】「移住のハードルを下げたい」山梨県北杜市在住 山本瑞人さんが貫くリモートワーカーとしての人生

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今回のflatoの移住経験者インタビューでは、山梨県北杜市在住の山本瑞人さんにお話を伺いました。 通勤に疑問を感じたことをきっかけに、リモートワークに目覚めた山本さん。 「移住と定住は別」と言い切る山本さんの、リモートワークへの想いと、移住に対する熱い気持ちを語ってくれました。 憧れだった、自然豊かな田舎暮らし ー現在の仕事や活動について教えてください。 あるIT企業で、HRサービスの事業を担当しています。企業の採用業務支援を行うリクルーター業務とと、マーケターとして顧客を増やす2つの業務に携わっています。また、副業でスタートアップのマーケティングも手伝っています。主に、Web広告運用やマーケ施策の考案を担当していますね。 ーお勤めの会社では、「社員のほぼ全員がリモートワーク」だと伺いました。 そうなんです!2019年1月に入社したのですが、僕が山梨県に住んでいることもあり、他の社員とオフラインで会ったことがありません。前職でもリモートワークをしていた時期があったので、かれこれ1年半ほどリモート勤務をしています。 ー今っぽい働き方ですね...!1日の過ごし方が気になります。 土日祝日が休みで、平日は7時〜16時の間で8時間働いています。16時〜17時は副業に時間をあて、17時に子どもを保育園まで迎えに行きます。子どもが帰宅してからは、ファミリータイムですね!ご飯を作り、食べて、お風呂に入って少し遊んだら寝る。5時半〜6時頃起床、21時就寝と、健康的な生活を送っています。 休日は、家族で買い物や公園、川などに行って過ごすことが多いですね。 ー理想的な生活ですね!今の生活で好きな点を教えてください。 自然豊かなところですね。 僕は大阪生まれ東京勤務だったので、田舎暮らしに憧れていたのですが、イメージしていた生活が移住で実現した感覚です。都会に住んでいた頃は、休日に遠出をしてキャンプなどに行っていたのですが、今の家からすぐ山や川、キャンプ場に着くので、もはや生活の一部と化しています。また、田舎だと家賃が安いことも助かっていますね。 通勤への疑問と、リモートワークとの出会い ーもともと大阪で暮らしていた山本さんが、東京勤務になった背景には何があったのでしょうか? 新卒で入社が決まっていた会社で、元々大阪勤務の予定だったのですが、「東京に枠が空いたからそっちで働かない?」と声をかけられたのがきっかけです。驚きはしたものの、それまでずっと大阪で育ち、「いつかは地元以外の場所で生活してみないとな」と思っていたところだったので同意しました。その会社で4年ほど営業マンとして勤務した後、株式会社ベーシックへ転職し、そのまま東京生活を続けた、という流れです。 ー前職でもリモートワークをされていたとのことですが、いつ頃からでしょうか? 退職前の約半年間ですね。後ほど理由を説明しますが、転職と移住を考えていることを素直に会社に伝えたところ、「移住しても仕事が続けられるように」と僕にリモートワークの枠を設けてくれました。なので、移住したはじめの頃は、前職でリモート勤務していたんです。 ー珍しいケースですよね。実際やってみてどうでしたか? 僕自身はやりやすかったのですが、社内で特例的に認められた働き方だったため、マイノリティーとして扱われている感じもありました。そんな中、Twitterで偶然今の会社に出会い、強烈に惹かれて転職をすることにしたのです。また、妻が先に勤めていて、その働き方を間近で見ていたので、触発されたのは大きかったですね。 ーどのような点に惹かれたのですか? リモートワークを全面的に支持しているスタンスですね。テレワークと移住で、僕自身の生活がかなり良くなったこともあり、「僕もリモートワーカーを増やしたい!」と思いましたね。 ーそもそも、リモートワークという働き方を意識し始めたきっかけは何ですか? 東京で広い物件への引越しを考え始めた時、家賃高過ぎ、と感じたのがきっかけです。2DKでそこそこキレイな物件探してたら、時短で働いてる妻の給与ぐらいの家賃で... 当時は板橋に住んでいたのですが、家賃を下げたいと思ったら都市部から離れた場所に物件を探しますよね?和光市ならどうなのか、その先の川越ならどうなのか、どこまで遠くなら行けるのかと。 そこで、ふと思ったんですよね。 「仕事の都合さえつけば、どこでも住めるんじゃない?」って。 幸いWeb業界に身をおいていて比較的リモートワークが身近な立場だったので、その道を模索し始めました。 ーリモートワークに切り替えたことで通勤時間がなくなったと思いますが、どのような効果がありましたか? 通勤が無いメリットは大きいですね。 まずは、夫婦ともにフルタイムで働けたこと。保育園への送り迎えがあると、どうしてもどちらかが時短にならざるを得ませんでした。 また、単純に通勤時間分、私の場合は1日往復2時間ほど費やしていた時間が浮きました。家族との時間や副業に時間を使えるので、とてもありがたいです。 (東京時代の住まいの写真) 家族のために。揺るがなかった移住への想い ー移住について既に触れていただいていますが、移住を考え始めたのは何がきっかけでしたか? 移住自体は、夫婦ともに「いつかはしたいねー」という気持ちではいましたが、仕事があるので現実味をもって検討はしていませんでした。 が、先ほど話したとおり、住宅の都合もありリモートで働く環境を求め、手に入れたことで住む場所の制限がなくなったため、急速に現実味をもって話をはじめました。 ー現在住んでいる場所は、どうやって探しましたか? 実は、山梨県北杜市に住むことは早い段階から決めていました。僕と妻が山があり自然豊かな環境をイメージしていて、北杜市が合致したんです。また、北杜市なら、万が一東京で仕事があっても2時間で行けますし、妻の実家がある埼玉県にも近く、この地理的条件も決め手の一つです。さらに、北杜市は当時、移住したい街として注目されており、移住者人口も多いであろうと思っていたので、これから移住する僕たちにとっては安心でした。 ーイメージがあったからこそ早く決められたのですね。とはいえ縁がない街で、家はどのように探しましたか? 市営団地の新築物件に住んでいるのですが、入居者募集のタイミングで、運よく抽選に当たったんです。子育て世帯向けの賃貸住宅を調べていたときに、ちょうど見つけたのが今の家でした。こればかりはラッキーでしたね。 移住はただの引っ越し。構える必要はない ー移住にあたり、決断に迷う方も多い印象ですが、山本さんはどうでしたか? 迷いはありませんでした。仕事の都合はついていたので、住む場所さえ決まればあとは引っ越すだけ!という気持ちでしたね。 ーすぐに移住を決められた要因は何ですか? 「まず移住しちゃおう」と考えられたことですね。 僕たちにとっては、どこに移住するかよりも、東京から離れて自然豊かな土地で住むことを優先させたので、場所選びで迷うよりも「とりあえず移住する」ことに集中していました。また、リモートワーカーなので、移住した土地に合わなければ、また別の場所に行けばいい。これくらい気軽に考えられたことが要因だったと思います。 ー「移住」に対するハードルを下げることが大切なのかもしれませんね。 「移住」という言葉の裏に、オーガニックや農業のイメージが隠れていると感じています。そういった「移住らしさ」を定義づけてしまうと、かえって移住のハードルを上げる要因になってしまいます。移住によって変わる、仕事、土地、文化など分けて考え、何がリスクになって、逆に何を得られれば必要十分なのかを自分の基準で考えることで、もっと楽に移住を決断できると思っています。 ーflatoの考え方にも通ずる素敵なお話です。移住の前後で、生活面やマインド面の変化はありますか? 外食する場所がないので、自炊する機会が増えましたね。また、意外なことに来客が増えました!東京にいた頃は「いつでも会えるから」と、つい疎遠になりがちでしたが、移住後は友人と会う頻度が増し、今では来訪がイベント化しています。いいことだなと思いますね。 ーありがとうございます。最後に、移住検討者のどのような相談に乗れるか教えてください。 土地に強いこだわりがない方であれば、移住のハードルを下げたお話ができると思います!また、場所選定の基準や家探しの方法についても、お話しできます。 特に、「どこに住むべきか」よりも「どう住むべきか」といった相談は任せてください!「移住」という言葉によってハードルが上がっているだけで、移住は言い換えると「引っ越し」です。単なる土地の問題であって、文化的な背景を含んだ移住を求めていない方には、どのようなネックを解消する必要があるのか、リスク回避の方法、などの相談に乗れると思います。 ー心強いですね。移住検討者が一歩を踏み出せるようなアドバイスがあれば、ぜひ教えてください。 僕は、地方移住がよりカジュアルなものになればと思っています。 移住の裏には「チャレンジする」という意識が隠れていますが、現状から逃げる手段として使ってもいい。田舎では待機児童の問題や高い家賃、人混みや渋滞もなく、東京生活では当たり前に強いられたことから逃げることができます。そのように、都会暮らしが合わなかった方が気軽に移住すれば良いと思います。 仕事以外に制約が少ない状況にあるのであれば、とりあえず移住してみるだけでも価値があります。「あの時やっていれば」と後悔するよりも、まずやってみて合わなければまた元の生活に戻る、くらい気軽に考えてみてほしいです! ▼flatoはこちらからアクセス https://flato.jp/ ▼山本瑞人さんへの移住相談はこちらから https://flato.jp/users/165/profile インタビュー:角田尭史 文:青木空美子 編集:りこぴん

【移住者に聞いてみた】「移住に導いたのは人との出会い」と語る、長野県塩尻市在住 湯浅章太郎さんの移住論

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今回のflatoの移住者インタビューでは、長野県塩尻市在住の湯浅章太郎さんにお話を伺いました。 生まれも育ちも東京で、地方生活に興味を持ちながら会社員時代を過ごしていた湯浅さん。前職で参加したイベントでの出会いが導いた、塩尻への移住について語ってくれました。 面白い人が集まる地域で送る充実した生活 ー現在の仕事について教えてください。 「Localist Tokyo」というFacebookグループで、都内でのイベント企画・運営をサポートしたり、地域に関心がある東京在住の人同士がコミュニケーションを取れるコミュニティを作ったりしています。 今は長野県塩尻市に住みながら、オンラインイベントの配信やライブ交流会の開催に力を入れています。 ー普段はどんな生活をしていますか? 「人との交流」を意識した生活ですね。 今は都内との行き来が自由にできないため、塩尻市の方と関わる機会が多くなりましたね。 例えば、「東京に行けないからこそ、塩尻の皆さんとコミュニケーションをもっと取りたい」と思い、4月に市内のレタス農家さんのところに収穫作業を手伝いに行きました。普段は出会えない地元の農家さんと交流し、生活についてお話を聞くことができました。 また、基本的にイベントの開催時間に合わせて生活しているので、「遅寝遅起き」になりがちです。生活習慣が乱れることもありますが、充実した毎日を過ごせています。 ーオンラインとオフライン、2つの交流を楽しんでいるのですね。塩尻のどこが気に入っていますか? 「自分にとって面白い人」がたくさんいることですね。 塩尻には、市が運営する「スナバ」という施設があります。一言で説明するのは難しいのですが、コワーキングスペースの機能を持った、行政と市民の事業共創拠点と言えばいいかな? そこに出入りする会員さんや運営スタッフの皆さんは僕にとって面白い人が多く、お互いにやりたいこと自身の事業課題を共有しながら交流する場になっています。 新しいものをまちに生み出していこうとする画期的なアイデアを持つ人もいて、こうした施設がある塩尻は素敵な街だと思います。 何事にも興味を持って、理想の実現に努めた東京時代 ー「Localist Tokyo」を立ち上げるまでに、都内で5回も転職をしたそうですね。 はい。「今どのような仕事がしたいか」を第一に、そのときに応じて仕事先を選び、分野にとらわれずに転職を重ねていました。例えば、広告代理店やスマートフォンアクセサリーのバイヤーなど。 思い返してみれば、「働かされている」という感覚がなく、自分に合った居場所を常に求めていたのかもしれません。 ー5回の転職で行き着いた前職では、どのような仕事をしていましたか? 大手人材会社で公共事業を運営するを担当し、都内の若者の地方就職をサポートしていました。 しかし、東京以外の地域をテーマにした事業には携わったこともなく知識もなかったため、勉強をしに地域のイベントに積極的に参加しました。気づいたら100回以上行ってましたね(笑)。 この努力のお陰か、学生向けの就職イベントの企画運営を任されるようになりました。 ー熱量がすごいです!そこまで一生懸命に取り組めたのはなぜですか? 「良い仕事をするためには、まず業務に興味を持つことが大事だ」という、広告代理店時代の上司の言葉を教訓にしているからです。 実際にクライアントさんに「良い採用ができました」と感謝された喜びが忘れられず、「売上を上げるよりも、やりがいのある仕事がしたい」と思っていた自分の心に深く刻みつけられました。 どんな仕事も興味を持って理解することで、クライアントさんの課題をジブンゴトとして考えることができるようになり、結果的に仕事に対して真剣に取り組むことができたんです。 するつもりのなかった移住へ導いた「人との出会い」 ーその後、独立して「Localist Tokyo」を立ち上げることになった経緯を教えてください。 地域活性化や移住などをテーマにしたイベントに参加している中で、自分と同じように地域に関心を持つ人は多いものの「都内で情報交換をしたり、コミュニケーションを取ったりする場所がない」と気づき、お互いに交流できるような場作りに踏み切りました。それが「Localist Tokyo」です。 試しに交流会をおこなうとイベントの告知から約4時間で定員数に達し、需要は予想以上でした。「Localist Tokyo」を本格的に始動させたのはそこからですね。 ー率先して場を作る姿勢が素敵ですね!それから、塩尻に移住したきっかけは何ですか? 後に、古民家をリノベーションしたシェアハウス「信州塩尻中山道贄川 宿場noie坂勘」を作った たつみ かずきさんのイベントに参加したのがきっかけです。 イベントを通じて交流を深めていくうちに、「塩尻でシェアハウスの開業をする」という話を聞いたんですよ。 ちょうどその頃、サラリーマンをやめて独立して、地域と東京の人をつなぐイベントやコミュニティ作りの仕事をしようと考えていたので、仕事に生かすためにも地域に暮らす経験をしたかったんです。たつみさんは地域の面白そうな人とつながっていたので、僕もそこに参加するのが地域に溶け込む近道だと考えました。 ー移住の決め手は「人」だったんですね。 はい。「『Localist Tokyo』をより発展させるための知識や経験を得られるはずだ!」とワクワクして塩尻に移住しました。 ちなみに、僕がそのシェアハウスの住民第一号です(笑)。 実際、塩尻での毎日が楽しく、「移住してきて良かった」と改めて実感しています。 移住のスタートは「人探し」がおすすめ ー移住前後で、自身にどのような変化がありましたか? 近隣住民とのコミュニケーションの取り方が変わりました。 東京では近隣住民との交流は一切なく、顔も知らないのが当たり前だったのが、塩尻では無意識のうちにコミュニケーションを取っていました。 あるとき、近所のおじいちゃんおばあちゃんの様子を見にいったところ、家の中に呼ばれて1~2時間も話したことがあったくらいです。 地域全体で互いの生活を支えていこうとする田舎特有の距離感の近さが、東京とは大きく異なるところですね。 ー東京ではなかなか味わえない体験ですね。 また、地域のお祭りに参加したときには、高いところでの作業が苦手なおじいちゃんおばあちゃんを手伝ったところ、とても喜んでくれました。 行動や言動でみずからコミュニケーションを取りに行く重要性を理解し、「挨拶」をファーストステップに積極的な地域住民との交流を心がけています。 ーありがとうございます。今、移住を検討している人に伝えたいことは何ですか? 「地域や移住先の住まいなどを探すよりも、まず先に『人』を探すこと」です。 人との出会いから、仕事や生活が大きく変化します。実際、自分が塩尻に移住したことで、都内で生活していたよりも日常が豊かになりました。 ぜひイベントや交流会への参加から、「この人となら関わりたい」と思えるような人を探してみてください。 ―最後に、移住を検討するどんな方の相談に乗れると考えていますか。 移住する前の準備に悩んでいる人です。 例えば、「相談できる相手がいない」と悩んでいる人に、移住先に出向かなくても真剣に移住を視野に入れることができる方法。 さらに、相性が合いそうな人をつなげて『人』探しの仲介をすることもできますよ。 ▼flatoはこちらからアクセス https://flato.jp/ ▼湯浅章太郎さんへの移住相談はこちらから https://flato.jp/users/32/profile インタビュー:青木空美子 文:島内未来 編集:りこぴん

【移住者に聞いてみた】「地域に根ざした仕事がしたい!」石川県加賀市在住 篠崎健治さんが掴んだ念願の夢

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今回のflatoの移住者インタビューでは、石川県加賀市在住の篠崎健治さんにお話を伺いました。 幼い頃から地方への関心が高く、全国転勤の銀行員として充実して働きながらも、「地域に根ざした仕事をしたい」という夢と葛藤していた篠崎さん。 加賀への移住につながった”偶然の出会い”について語ってくれました。 地域に密着したストレスフリーな生活 ー現在の仕事について教えてください。 フリーランスとして、まちづくりや場づくり関連の会社でコンサルタントをしたり、不動産設計会社でバックオフィスを担当したり、前職(銀行員)の知識を活かして会計事務もしています。 また、まちの産業観光イベントの事務局として、地域を盛り上げるためのイベントの企画を務めるなど、幅広い活動をしています。 ーかなり幅広い活動で忙しそうな印象を受けますが、普段はどのような生活をしていますか? 平日休日関係なく仕事をしていて、どの仕事にも熱を注げるように1日ごとに作業内容を分けながら働いています。 休み無しのハードなスケジュールというわけでもなく、セルフマネジメント力が必要ですが、フリーランスならではの柔軟な調整でストレスを溜めない生活が送れています。 ー生活の中で、特に気に入っているポイントは何ですか? 「山中温泉」という温泉街の共同浴場『総湯』です。 家が温泉街に近いこともあり、自宅の風呂かのように頻繁に利用しています。 仕事で疲れた体を癒やせるだけでなく、地元住民とすぐに打ち解けられ、「地域に密着している」と実感できるので気に入っていますね。 ーそれは面白いですね。 例えば、商売を営む方と話すと、加賀市に根付いた商売文化を理解することができますし、知らず知らずのうちに住民の小話が聞けるのも、ローカルならではの面白さです。 「地域のためになる仕事がしたい」葛藤の銀行員時代 ー前職では、銀行員として金融機関に勤めていたそうですね。 はい。大学では経済学を専攻し、また、兄と姉が銀行員だったこともあり、この仕事に就きました。 ー入社まもなく秋田県に住むことになったそうですが、見知らぬ土地へ行くことに抵抗はありませんでしたか? いえ。むしろ、全国各地で働きながら生活ができる制度に惹かれて就職したので、すんなりと受け入れることができました。 生まれも育ちも横浜で、幼い頃から「地方ののどかな自然や雰囲気を体感してみたい」と漠然と思っていたんです。 ー都会にはない、地方ならではの魅力を感じてみたかったんですね。 そうですね。実際に住んでみると、雪が降る光景に感動したり、秋田県民の人柄を知れたりと刺激的な毎日でしたね。 一方で、シャッター商店街の景色や人の少なさを目の当たりにし、衝撃を受けました。 このような光景はニュースで見たことがありましたが、リアルに地方衰退問題の深刻さを痛感させられ、そこから「自分がこのような地域のためにできることはないか」と考えるようになりましたね。 ーその想いが強くなったきっかけは何ですか? 偶然、秋田で東京の高校時代の同級生に会ったことです。 彼は、自ら興味を持って地元でもない秋田に訪れ、地域を盛り上げようと地域おこし協力隊として活動していました。 詳しく話を聞き、その壮大な活動内容や活動に対する想いをいきいきと語る彼の姿に、僕の胸が熱くなったんです。 そこから「自分も地域のためになる活動がしたい!」という想いがはっきりと芽生えました。しかし、すぐには実行できず、「会社を辞める勇気なんてない」とただ悶々とするばかりでした。 偶然見つけた投稿をきっかけに叶えた、理想の働き方 ーそんな中、今度は福井県に転勤することになったそうですね。 はい。知らない土地で新たな発見やつながりを得られると思うと、ワクワクが止まりませんでした。 実際に生活してみると、福井は秋田よりも規模の小さい地域だったので、住民との関係性を早く深められ、友達もすぐにできました。とても居心地が良かったですね。 ー秋田とはまた違う生活を体験できたんですね! ですが、仕事の面では、次第に仕事自体のやり方に違和感を持つようになりました。慣れが生じてしまったせいか、上司のハンコをもらうことに意識が向いてしまって、お客さんのためになっているかどうかに悩みを抱えるようになりました。 仕事自体は楽しかったのですが、職場では心の拠り所となる仲間が一人もいなく、息苦しさを感じていたんです。 ー生活と仕事にギャップがあったのですね。 そうですね、そこで「地域に関わる仕事だったら楽しんで働けるはずだ」と、思い切って 働き方にシフトすることを決意しました。 ちょうどそのころ、「銀行員の仕事は安定している反面、将来の道筋が逆算的に見えてつまらない」と感じていたので、ちょうどよい機会だと思いましたね。 ーそこから、石川県加賀市への移住に至ったきっかけを教えてください。 友人がFacebookでシェアした、『Next Commons Lab』という団体の投稿をたまたま見たことです。 投稿には「ポスト資本主義」「移住先で自ら生業を作る」といったプロジェクトの内容が書かれてあり、見た瞬間に「こういうのがやりたかったんだ!」と気持ちが高ぶったのを覚えています。 また、拠点の石川県加賀市は福井に近かったため、「コミュニティとも継続して関わることができる」と思い、説明会に参加してみることにしました。 そこからトントン拍子で採用が決まり、気がついたら1ヶ月後には移住。今までやりたかったことが一瞬にして叶ったので、驚きましたね(笑)。 目的意識を持って移住の実現へ ーついに、長年抱えていた夢の実現に乗り出したんですね!実際に移住してみてどうでしたか? はじめは、仕事に慣れるのに苦労しましたね。 最初に担当したのは、地域おこし協力隊の制度を利用した「移住起業家を募集する」仕事。加賀市に移住して間もない自分にはハードルが高く感じられました。 実際、経験やノウハウがないまま、移住者を呼び込む施策を考えるのはとても大変でしたが、やりがいがあり楽しかったです。 ー移住前後で、自身にどのような変化がありましたか? 仕事に対する意識が明確に変わりました。 たくさんの人や環境に触れていくうちに、本当に自分がやりたかったことが何かが少しずつわかるようになりました。地域を元気にするのは「ヨソ者・若者・馬鹿者」とよく言われますが、自分の中であんまりしっくり来ていなくて、本当は全部逆だと思っています。自分のような移住者は、いかに地域に寄り添いながら、地元の人・コト・モノをいかに輝かせるかが大事だと考えています。地域に足りないものを突きつけるのではなく、一緒に探せるようにフットワーク軽く精力的に仕事に励んでいます。 ーありがとうございます。今、移住を検討している人に伝えたいことは何ですか? 「移住の目的を明確に持とうとすること」ですね。 移住は一つのライフイベントで、誰もがすぐに実行できるものではないでしょう。実際に、私が約5年間も想いを抱いていたように、新たなスタートを切るまでにとても長い年月がかかりました。 しかし、「なぜ移住をしようと思ったのか」「移住したら自分はどうありたいか」を考えたことで、次第に目的意識を持つようになり、確かな行動に変わっていったんです。移住は、ゴールではなく手段であって、人によっては長い人生における実験の一つくらいなのかもしれないので、ビジョンを持つこと(今はなくてもビジョンを持とうとすること)が大事だと思っています。 試しに、「どうありたい?」と「なぜ?」を持ってみることから始めてみてください。自分の中で、何かしらの変化が生まれるかもしれません。 ―最後に、移住を検討するどんな方の相談に乗れると考えていますか? 地方での仕事の作り方に興味があったり、テレワークをきっかけに地方移住を考えたりしている人、また、かつての自分のように今の立ち位置に違和感を抱えている人です。 やりたいことを実現させるには勇気が必要ですが、実現後のイメージをポジティブに感じられる支えになりたいと思います。 また、相談を通して「一緒に働きたい」と思ってくれるような方が出てきてくれたら嬉しいですね! そんな仲間と、この記事を通じて出会えたら何よりの幸せです。 ▼flatoはこちらからアクセス https://flato.jp/ ▼篠崎健治さんへの移住相談はこちらから https://flato.jp/users/239/profile インタビュー:青木空美子 文:島内未来 編集:りこぴん

【移住者に聞いてみた】岩手県陸前高田市在住 古谷恵一さんがたどり着いた「本来の自分らしさ」

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今回のflatoの移住経験者インタビューでは、岩手県陸前高田市在住の古谷恵一さんにお話を伺いました。 震災の爪痕が残る陸前高田を訪れたことをきっかけに、地元のおばあちゃんから運命ともいえる言葉をかけられた古谷さん。 「移住=定住ではない」と気づき、移住を決意したそうですが、そこには心温まる移住背景や地域愛がありました。 来訪者と地元の人、双方にメリットのある交流づくり ー現在の仕事や活動について教えてください。 『一般社団法人マルゴト陸前高田』でコーディネーターを務めています。この地域に来てくれる人を増やし、交流人口を増やすことを目指しています。一度来てくれた人が、地元の人たちと交流することで、その後もこの地域に「帰りたい」「繋がっていたい」と思ってくれるような機会を作っています。 ー具体的には、どのような業務を担当されていますか? 民泊事業に携わっています。ホテルではなく、地元の人が住む民家に宿泊していただき、地域内外の交流促進を図っています。主に修学旅行生や企業の研修、外国人が対象ですね。 ーどのようなことを心がけていますか? 来てくれる方の情報を事前に収集して、この地域の過ごし方を伝えたり、受け入れてくれる地元の方に知らせて接点を作ったりしています。その中で、僕は「受け入れる側のメリット」を考えることを大切にしています。観光分野は、どうしても来てくれる人だけのものになりがちですが、本来は双方にいいことがないと続かないものだと思うんです。 ー来る側と受け入れる側、両方が気持ちいい関係であるべきなのですね。 そうですね。特に、陸前高田市は、2011年の東日本大震災で甚大な被害が出ました。来訪者を受け入れる家庭の中にも、家を流されて再建された方や、ご家族を亡くされた方も多くいらっしゃいます。このような事実も含めて、事前に知った上でお越しいただけるように気をつけています。 ー普段はどのような生活をされていますか? 基本的に平日9時〜18時勤務ですが、観光業という特性上、週末に仕事をして平日に休むこともありますね。休日は、りんご農家さんのお手伝いや、海も近いので漁師さんの手伝いをしたり、地元の人とご飯を食べたり、はたまたスキーをしたりと、人と会うことが多いですね。 ー素敵ですね。移住歴4年目とのことですが、現在の生活でどの部分が好きですか? もともと自然が好きなので、山や川が近くにあるのは嬉しいです。田舎ならではの、お裾分け文化も好きですね。都会に住んでいた頃は、「誰かが作ったものである」という意識を持つことがありませんでしたが、ここで生活するようになって、「大事に食べよう!」と感じるようになりました。   前職のハードワークで感じた将来への不安 ーもともとご出身はどちらですか? 関西地方です。ですが、家族が転勤族だったので、大阪、東京、スイス...などいろいろな場所に住んでいました。 大学を卒業後は、東京にある予備校の校舎運営として働きました。校舎長としてマネジメントをしたり、生徒の募集、大学受験指導、保護者面談など、多岐に渡って従事していました。 ー進路選択に向けた、重要な役割ですね。 僕が高校3年生のとき、将来の具体的な目標や目的を持つことができなかったんですよ。その経験から、「受験の段階から将来について考えたり学んだりできる機会がないだろうか」と考えていた時に、この仕事と出会いました。「こんなことを考えている予備校があるんだ!」と驚いたのを覚えています。もともと教育に興味を持っていたこともあり、入社を決めました。 ー熱い想いがあったのですね。そんな古谷さんが、移住を考え始めたのはいつ頃ですか? 予備校の仕事を辞めたタイミングです。 4年半の間、かなりハードに働いていました。生徒が受験勉強に励む週末や夏休み・お正月こそ、僕たちは勤務します。休日は少なく、それまでの交友関係が疎遠になっていく中、「この先ずっとこの仕事を続けていっていいのだろうか」と違和感を覚えるようになったんです。とはいえ、次の当てがあるわけではなかったので、いろいろな人に会いながらネクストキャリアを模索していました。そんな時に『マルゴト陸前高田』の存在を知り、移住を意識し始めました。 運命の再会と「移住=定住、ではない」という気付き ー陸前高田市のことは、その時はじめて知ったのですか? いえ、大学生の頃にアカペラサークルの活動で訪れたことがありました。震災の3年前にあたる、2008年が最初の出会いです。地元のおばあちゃんに可愛がってもらったのを覚えています。 ー古くから交流があったのですね。 震災後にも訪れたのですが、更地になってしまった東北を見たときは驚きました。僕の知っている街ではないようでした。その光景を見て、呆然とする僕に、一人のおばあちゃんが近寄ってきてこう言ったんです。 「あんた、昔来てたよね」と。 ー覚えてくれていたんですか!? そうなんです!「覚えていてくれたんだ。こんなことあるのかな」と思いました。都会と違って、別の土地から来た人のことは印象に残りやすいのが地方ですが、そうは言ってもビックリですよね。 ーそんなことがあるのですね。その時どんなことを思いましたか? 「街自体は変わってしまったけれど、地域の人のあたたかさは変わっていないんだな」と感じました。同時に、この地域について、もっと深く知っていきたいと思ったんです。『マルゴト陸前高田』の活動は、地域の認知度向上を目指すものなので、僕自身も学びを深めつつ、周りに広げていけることに魅力を感じました。ここで移住への関心度が一気に高まりましたね。 ー導かれているようですね!とはいえ、移住に抵抗感はありませんでしたか? ありましたね。移住した方のインタビュー記事で、「ここで骨を埋める気があるのか」と言われたエピソードを読んで、「そこまでの覚悟はないな...」と思うこともありました。そんなとき、既に移住していた知り合いから「移住=定住、じゃなくていいんだよ」という一言をもらったことで、気持ちが楽になりました。 ー今移住を考えている人が一番聞きたい言葉かもしれませんね。 そうですね。僕自身、この言葉をきっかけに、「今自分が住みたいからこの場所にいる、これって自然なことだよな」と思うようになりました。また、どこか別の場所に移るかもしれないけれど、まず移住してみるのもいい経験になるかもしれないと感じましたね。 ー移住までの過程で、古谷さんは実際どんな準備をしましたか? 僕の場合は、すでに移住している先輩に、仕事の制度や住む場所について質問しました。地域おこし協力隊に応募して移住したのですが、この制度も最初は全く知らなかったんですよ。住居も、仮設住宅に空きがあると教えてもらったことで、安価で綺麗な住まいを確保することができました。たくさんの情報を集めて移住の準備をしましたが、先輩の情報がなかったら、移住したくてもできていなかったと思います。 移住してはじめて気付いた「本来の自分らしさ」 ー移住前と比較して、どのような変化がありましたか? 今の方が自分らしいな、と感じています。 小学生の4年間を過ごしたスイスの田舎町が、ちょうど今の環境と似ているんです。振り返ると、都会に住んでいた頃は、都会用に自分を合わせていたなと思います。地方の環境が心地よく、都会で暮らしていた自分は自分らしくなかったんだと、移住を通して気づきました。 ー移住をきっかけに、本当の自分を知ったんですね。移住した後だからわかる、移住を考える上で大切なことは何ですか? 「自分のやりたいことが移住先にあるかどうか」を考えることですね。今は難しくても、先々で挑戦できそうなこと、起業したいなら起業するネタや環境があるか、など考えるといいでしょう。また、「この人みたいに生きたい」「この人みたいな生活をしたい」と思える人の存在も重要ですね。 ーそういう人にちゃんと出会えるのか、という不安もある気がしますが、その点はいかがでしょうか? そう思いますよね。僕も最初はそう思っていました。でも、力を貸してくれる人は必ずいます。やりたいことは声に出して、仲間を集って挑戦したらいいのでは、と今では思えるようになりましたね。 ー素敵なお話をありがとうございました。最後に、移住検討者のどのような相談に乗れるか教えてください。 移住先の探し方、田舎暮らしの相談はお任せください! 特に、被災地への移住を検討している方には、詳しくお話ができます。近年、日本全国各地で災害が発生しています。この状況と比例して、田舎で働きたいと感じる方も出てくると思っているので、まずは気軽に相談してもらえると嬉しいです。 ▼flatoはこちらからアクセス https://flato.jp/ インタビュー:角田尭史 文:青木空美子 編集:りこぴん

【移住者に聞いてみた】「自分にとっての本当の幸せとは?」福岡県福岡市在住 中村大樹さんが、移住で気付いた新たな価値観

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flatoの移住経験者インタビュー。 今回登場頂くのは、2020年春に福岡県福岡市へ移住したばかりの中村大樹さんです。 大手企業からベンチャー企業への転職、首都圏から地方への移住と、これまでのキャリアやライフスタイルを覆す選択をされた中村さん。 その背景には「自分にとっての幸せを追求したい」という強い想いがありました。 コンパクトシティの利便性を享受したライフスタイル ー現在のお仕事について教えてください。 福岡市内のベンチャー企業で経営企画職をしています。 従業員数はまだ十数名なので、これから組織を創っていくフェーズです。 人事制度を作ったり新規事業の立ち上げに参画したり、幅広い分野で”会社の成長のエンジン”になれるように努めています。 ー東京から福岡に働く場所を変えて、どのような変化がありましたか? 通勤時間が短くなりました。 東京では電車で片道1時間くらいかかっていたのですが、今は自転車で10分ほどです。福岡には、徒歩で通勤したり自転車やバスを使う方が多いですね。 移動時間を短縮できたのは大きな変化だと思います。 -福岡では、どんな流れで一日を過ごしていますか? 福岡に移住してきたばかりで、今は試行錯誤している最中ですが、ペットの犬を飼い始めたことで生活リズムが変わりつつあります。 朝は犬の起床に合わせて私たち家族も起床し、出勤前や退勤後は犬と戯れることが日常となっています。 また、東京にいた時からランニングが好きで、「福岡に移住したらもっと走りたいな」と思っていました。 近くある大濠公園がランニングで有名なので、走れる時間を早く確保したいですね。 ー福岡に住んでみて、どのようなところが気に入っていますか? 近い範囲で色んな楽しみ方ができるところですかね。福岡はコンパクトシティと言われていて、どこへ行くのにもアクセスが良く、その意味を身をもって体感しています。 ー移住の前後で心理的な変化はありましたか? 移住前と比べて、仕事と生活のバランスを意識できるようになったと思っています。 あくまで僕のイメージですが、東京には"仕事優先"な方が多い印象です。 一方、福岡在住の方は仕事を生活の一部として捉えており、仕事以外のことにも目を向けている人が多いと感じています。 「仕事以外のことも大切にしたい」という価値観の方が、気持ち的に楽だと感じています。 仕事一辺倒の生活で気付いた本当の幸せ ー前職の大手生命保険会社時代はどちらに住んでいましたか? 基本的にずっと東京で働いていました。 転勤で山口県下関市に2年間住んだこともありましたが、それ以外はずっと東京です。 ーどのような生活を送っていましたか? 東京では仕事中心でしたね。朝早くから夜遅くまで働き、たまに飲みに行くことでストレスを発散したりしていました。 若い時はそれでも良かったのですが、30歳に差し掛かるようになってからは、そのような生活に徐々に違和感を感じるようにもなりました。 ー「違和感」について、少し詳しく聞かせてください。 「結婚」がきっかけとなって抱き始めました。 山口から東京に戻り、妻と結婚して考え始めたのが「このまま東京で家族と一緒にいていいのか?」ということ。 生活にお金がかかったり人が多かったりと、知らず知らずのうちにストレスを感じていたんだと思います。 そこから、「東京を離れて生活したほうが、今より幸せになれるんじゃないか?」という結論に至ったんですよね。 実際、地方の方が生活にもお金がかからないし、人口密度も低いので暮らしやすい。仕事だけに捧げるのではなく、「家族との時間も持ちやすくなるのかな」と考えました。 悩むよりもまず行動、チャレンジが生んだ新生活 ー「結婚」がターニングポイントになる方は多いですよね。どのような考えで、移住先を福岡に絞ったのですか? 「移住するなら福岡」と、元々僕と妻の頭の中にありました。 というのも、前職で下関に住んでいた時に、よく福岡に遊びに行ってたんです。その時に福岡に友人ができたこともあり、福岡には特別な感情があります。 また、妻が福岡出身で、福岡事情を知っていたことも大きかったです。 ー元々縁があったのですね。そこから、福岡への移住はすんなり実現したんですか? いえ、移住を予定していた時期が、ちょうど新型コロナウイルスの感染拡大時期と重なってしまったため、実現が少し遅れました。 コロナが落ち着いた頃に移住しようと考えていたのですが、先行きが見えない状況が続く中でずっと東京にいるのも悩ましく、「一旦、行動してみよう」と開き直って、結果2020年5月に移住しました。 ーすんなりじゃないとはいえ、中々早い決断ですよね。どういう流れで決めていったのですか? 先に仕事から決めていきました。 最初は転職エージェントを活用していたのですが、これも新型コロナウイルス感染拡大の影響で、選考がうやむやになってしまったりと、期待通りにはいきませんでした。 そんな中で、山口時代の知人から「良い会社がある」と紹介して頂き、現職への入社が決まりました。 前職での繋がりがこのように活きるとは予想外でした。 ーこれぞ縁の力ですね…!どのような軸で仕事を選びましたか? 「手触り感を持って仕事ができるか?」ということですね。 具体的に言うと、将来子供に「パパは世の中にこういうものを届けているんだよ」と言えるような、世の中に直接的に働きかける実感を持てる仕事をしたいと思っていました。 また、そのミッションに基づいて、裁量の大きさも重要な選択基準でした。 入社してまだ間もなく、大変ではありますが、良い意味で日々変化があることにやりがいを感じています。 ー充実されている様子がうかがえますね。住まいはどのように探されましたか? これもご縁で、山口時代に知り合った不動産会社の紹介です。 妻も働いている為、双方の職場への通いやすさやと公園の近くの物件の条件を重視して決めました。 新たな尺度で幸せを掴みつつある今 ー振り返ってみて、最も大きかった移住の決め手は何ですか? 僕の場合は仕事でした。 仕事が決まったことで、家族内でも初めて移住のGOサインが出ました。 ただ、仕事が目的で移住をした訳ではないので、そこが転勤と違って面白いところだと思っています。 ー移住する前に「移住の目的」を考えていたと思いますが、そこに向かっている感覚はありますか? 今は向かいつつある、という感じですね。 以前は、「東京に住めば幸せになれそう」という漠然としたイメージを持っていました。 しかし、このような幸せの尺度への関心が薄れ、「自分にとっての本当の幸せとは何か?」を考えるうちに価値観が変わったことが、移住の最大の決め手であり目的だったのかもしれません。 今までとは違う尺度で幸せ探しをしていっている最中という感じです。 ー最後に、今移住を検討している方たちへアドバイスをお願いします。 元々移住への関心が高かった分、検討段階にはそこまで時間を要しませんでした。 しかし、実際に移住計画を立て実行していく段階では、計画と異なることが発生し、色々と悩みながら前に進んだ経緯があります。 これから具体的に計画をしていきたいと考えている方に対して、自身の経験を元に計画の進め方をアドバイスできると思います。 ただ事前に細かく計画しても、行動したら計画と異なることも多いので、まずは飛び込んでみる勇気を持って欲しいな、と思いますね。 ▼flatoはこちらからアクセス https://flato.jp/ ▼中村大樹さんへの移住相談はこちらから https://flato.jp/users/54/profile インタビュー:角田尭史 文:菊池真代 編集:りこぴん