#移住者に聞いてみた 山梨県都留市在住 奈良美緒さんが選んだ「自分に正直でいるための地方移住」とは

flatoの移住経験者インタビューがスタートしました。
その第1弾として登場いただくのは、山梨県在住の奈良美緒さんです!

東京での多忙な生活を経て、地元・山梨県へのUターン移住を決めた奈良さん。
現在、育児をしながら職場復帰を目指す中で「移住・定住を検討する、本気の人々の力になりたい」という強い想いを語ってくれました。

自分だからこそできる都留の魅力発信

ー現在の仕事や活動について教えてください。

主に、山梨県都留市の『地域おこし協力隊』と『田舎フリーランス養成講座(=いなフリ)』広報の2つの仕事をしています。

地域おこし協力隊としては都留市内の観光資源の発掘と開発、いなフリでは会場となっているコワーキングコミュニティ『teraco.』のコミュニティマネージャーとして受講生をサポートしています。

現在は育休期間中で、来年1月に地域おこし協力隊へ復帰するため、育児に励みつついなフリ広報の仕事を徐々に再開しているところです。

ー地域おこし協力隊として働くことを選んだ理由は何ですか?

地域おこし協力隊という制度に魅力を感じたからですね。
私は山梨県都留市出身のUターン移住者なのですが、帰ってきて働く上でとても助けられたのです。

「この町で暮らしたい」と思っても、田舎であればあるほど最初は安定した仕事や住居がは見つかりづらいと思います。
地域おこし協力隊の制度を利用すれば、3年という任期の中で仕事・住居のセーフティネットはひとまず確保された状態で、住みたい町でのなりわい作りに専念できる
その点はとても魅力的だと感じますね。

-とはいえ、移住者は地元民に敬遠される傾向があると思います。その点において意識されていることを教えてください。

「ハブ」役になることです。

私は「県外での生活を経験した地元民」という特殊な立ち位置にいると思っていて、地元の人の気持ちも、移住して来た人たちの気持ちも半分ずつわかる。
そんな私だからこそ、双方をつなげる「ハブ」になれると思っています。

ー普段は、どのような場所で仕事をされていますか?

自宅やコワーキングスペース、カフェなど、いろいろな場所を使っています。
基本的にリモートで仕事ができるので、気分や用途に合わせて選ぶようにしています。

ー現在の生活で気に入っているポイントはどこですか?

一切ストレスを感じないところです。

田舎すぎると、カフェやコワーキングスペースが少ない上に、人間関係が固定されて息苦しさを感じるし、都会は関係性が希薄な上に何か殺伐とした緊張感がありますよね。

ですが、都留は田舎過ぎず都会過ぎないので、生活する上でちょうどいい環境だと思います。

都会暮らしの中で気付いた「本当の自分」

ー大学卒業後に入社した人材教育コンサルティング会社では、どんな仕事をしていましたか?

社会人1年目は人事部で内定者教育の企画や運営、2年目には個人向け研修プログラムの営業。その後、中小企業向けの新卒採用コンサルティングを担当しました。

仕事はとても楽しかったのですが、その反面遅くまで没頭してしまい終電を逃したり、かなりハードに働いて身体には疲れを溜め込んでいました。

また、リフレッシュするために、休みの日にはネイルサロンや美容院などに行っていたのですが、「稼いだお金が休日の消費に消えていく」ことになんだか虚しさも感じていました。

何も残らないな、何かを生み出すということを久しくしていないな」という気持ちが日に日に大きくなっていっていましたね。

ーハードワークによって働く目的を見失ってしまったんですね。移住のきっかけは、そこにあるのでしょうか?

いえ。あるとき、「世界一貧しい大統領」として知られているホセ・ムヒカ氏のインタビュー映像をたまたま目にしたのが直接のきっかけですね。

ムヒカ氏の「私たちは欲しいものを”お金”で買っているのではない。そのお金を稼ぐために費やした”時間”で買っているんだ。その時間を大切な人と過ごしたり、好きなことに熱中することに使いなさい。時間を無駄遣いしてはいけないよ」というメッセージに、心が揺さぶられました。

当時採用担当だった私は、学生さんに向けて「自分の気持ちに正直になってみようよ」「本当にやりたいことに挑戦してみるのが一番だよ」などと言っていたんですよね。

映像を観た瞬間、それらの言葉がすべてブーメランのように自分にはね返ってきたように感じました。「自分が一番、自分の心に正直になれていないんじゃないか」と。

ーそこで、自分自身を見つめ直す機会が生まれたんですね。

そうですね。

「自分が本当にやりたいことをやろう」という勇気が生まれ、移住を視野に入れるようになりました。

「とりあえず東京を離れたい」から見つけた新たな道

ーその後、退職や結婚を機に東京から都留に移住した奈良さんですが、移住の決め手は何だったのでしょうか?

「とにかく1回東京を離れよう」という気持ちです。
東京での仕事にかなり疲れていたので、何も考えずにとりあえず都留に戻りました

他にあるとすれば、地元愛だと思います。
生まれ育った地元が大好きだったので、「いつかは都留に戻りたい」と考えていました。

さらに言えば、「自然豊かな場所で子育てがしたい」という想いもありましたね。

ー移住するにあたって、住まい探しは重要なポイントだと思われます。どのようにして住まいを探したのですか?

FacebookをはじめとするSNSです。

移住したての頃は実家で暮らしていましたが、そのときからSNSで「Uターン移住しました」と投稿していたんですね。
すると、知り合いが連絡をくれて、住まいを貸してもらえることになりました

すでに信頼関係があったのは大きかったと思います。

ー地元だからこそできたことですね!その後、どのような経緯で地域おこし協力隊で働くことになったのですか?

都留市役所の「観光マネージャー」職に応募したのが最初のきっかけです。

はじめは落ちてしまったんですが、後から「アルバイトという形にはなってしまうけれど、それでもよかったら」と声をかけていただき、働かせてもらえることになりました。
配属された部署で知ったのが地域おこし協力隊です。

「ゲストハウスをやりたい」という東京時代からの夢を叶えながら地元に貢献できると考え、地域おこし協力隊になることを決めました。

移住の相談は「少しの違和感」から

ー移住前後のご自身の変化を教えてください。

移住や定住を検討する人へコミットしたいと思うようになりました。
実際、地域おこし協力隊の任期を終えた後、移住・定住支援での起業を考えています。

滞在期間を希望に合わせて調節したり、紹介してほしい人とつなげたりと、一人ひとりに合わせたカスタマイズをしていきたいですね。

東京にいた頃の私のように、悶々としている人の支えになりたいです。

ー最後に、奈良さんなら移住検討者のどういった相談に乗れると思いますか?

どんな相談でも力になれると思っています!
移住先は問わず、移住を検討しているすべての人の支えになりたいです。

都会での仕事や生活で、どこか違和感を感じた方からの相談も大歓迎です。
今までの私の経験を活かし、その違和感を一緒に考えていきますよ。

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島内未来
島内未来
秋田県出身、山形県在住の大学3年生。株式会社FromToのインターンとしてインタビュー記事やコラムを執筆中。ライティングをはじめ、得意なグラフィックレコーディングやイラストを掛け合わせた記事や作品作りで活動の幅を広げている。今後は全国のワーケーション施設を巡りながら、文字とビジュアルで地域の魅力を発信していくことが目標。
島内未来
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秋田県出身、山形県在住の大学3年生。株式会社FromToのインターンとしてインタビュー記事やコラムを執筆中。ライティングをはじめ、得意なグラフィックレコーディングやイラストを掛け合わせた記事や作品作りで活動の幅を広げている。今後は全国のワーケーション施設を巡りながら、文字とビジュアルで地域の魅力を発信していくことが目標。

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【宮崎県児湯郡新富町】二川智南美さんが直感で選んだ移住先が最高だった話 #移住者に聞いてみた

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今回の移住者に聞いてみたでは、宮崎県児湯郡新富町(こゆぐんしんとみちょう)在住の二川智南美(ふたがわちなみ)さんにお話を伺いました。 20代後半に差しかかり将来を考えた二川さんは、偶然と直感、そして行動力を基にして移住を決断しました。移住を視野に入れながらも移住地に迷っている人へ、一歩を踏み出すヒントがあります。 地域の魅力を再発見する広報誌をつくる ー現在のお仕事について教えてください。 地域おこし協力隊として新富町役場の総務課に所属し、広報誌『広報しんとみ』の制作に関わる業務全般を担っています。企画構成から、取材、編集、ライティング、写真撮影、誌面のデザインまで、幅広い業務を担当しています。 ーいつから広報誌のお仕事をされているのですか? 移住後の2019年9月からです。外からの目線で地域に埋もれた魅力を引き出したり、地域で頑張る人々とその背景にある気持ちを伝えたり、新富町の魅力が伝わるように日々改良を重ねています。この仕事は、掲載される側と読者の両者の反応を身近に感じられるので、とてもやりがいがあります。仕事を始めてから1年半以上経ちましたが、新富町は伝えたい魅力が尽きません。 1本の映画が気付かせてくれた移住への本当の気持ち ー地域愛を持って仕事をされていますが、以前はどのような仕事をされていたのですか? 東京の編集プロダクションで5年半編集者として働いていました。ライターやデザイナーへのディレクションを中心に、企画構成やライティングの経験があり、その経験が今の仕事に活きていると感じます。ただ、勤務が終電まで続くことも多く、体力面や精神面で将来を不安に感じることもありました。 ー移住を考えるきっかけがあれば教えてください。 あるとき、旅行先で「おだやかな革命」という映画を観たことです。地域のために地道に努力を重ねる人の姿に魅せられ、「地域で頑張る人や地域の魅力を盛り立てたい!」と移住への決意が固まりました。 ー映画の他にも移住を検討する理由はありましたか? はい。まず、20代後半になり将来の働き方や住む場所について考え始めました。都会で身を粉にして働き続けることへの不安と、自分が育った群馬県の田舎のように、自然のある場所で子育てをしたい気持ちがありました。また、大学で俳句を専攻していたこともあり、「季節の移ろい」を感じられる場所で生活したかったことも理由のひとつです。 経験に裏付けられた直感が導いた移住 ー何がきっかけで新富町への移住につながったのですか? 映画をみた後、偶然友人から誘われた『南九州移住ドラフト会議』への参加が契機になりました。移住を検討し始めたものの、移住地は模索状態。これまでに縁のない場所との出会いを望んでいた自分にとっては助かりました。 ー「南九州移住ドラフト会議」では何があったのですか? 面談や自己PRを経て、球団の新富町(『地域商社こゆ財団』)から1位指名をいただきました。新富町の人とは本指名の直前にある交流会で意気投合したものの、当時は新富町の場所も知りませんでした。そもそも移住先を決めるというよりも、移住に向けた第一歩として、地域の人物と関わるために参加したので・・・。 ードラフト会議が新富町への移住の決定打だったのですか? いえ、指名後に10日間ほど新富町を含めた宮崎の地域を巡った旅行が決め手でした。旅好きで国内各地を訪れていたなか、直感的に住んでみたいと思ったのは新富町が初めてだったんです。新富町では、『地域商社こゆ財団』のはからいで地域課題を解決するワークショップに参加し、観光資源や人の話を聞く機会がありました。そこで、新富町の新しい風を受け入れる姿勢と地域の魅力を体感し、すっかり新富町の虜になってしまいました。 ー新富町には、二川さんが移住先に求める環境が備わっていたのですね。 そうですね。私は、出身地と似た人口2万人前後の規模感に惹かれました。地元とよく似た場所で、育った経験から移住後の生活がリアルに想像できたことが「住みたい」につながったと思います。 後悔しないためには行動が大事 ー新富町の魅力を教えてください。 まずは、日本有数の農業地域で野菜が美味しいことですね。また、神楽や神話といった伝統があるほか、ウミガメが産卵にくる豊かな砂浜もあります。航空自衛隊の基地がある背景から外部者を寛容に受け入れる土壌と、伝統を守りつつ時代に応じた変化に挑戦できる風土も魅力です。地方ですが、都心から遅れているような感覚もありません。 ーその当時付き合いたてだった彼氏さんと一緒に移住したと聞きました。どのように説得されましたか? 彼との交際はドラフト会議で本指名を受ける1週間前から。初デートが新富町だったんですが、そこで私の移住の意思が固まってしまったので、移住をしたい気持ちと新富町の魅力を伝えて説得を繰り返し、二人で移住しようという結論に至りました。いつかは地方で暮らしたいと考えていた彼でしたが、本人も想定より早い移住になったようです。 ー移住して実現できたことはありますか? 仕事は忙しいものの日が明るいうちに帰宅でき、ライフワークバランスも保てるようになりました。距離感が良く、知らない人ともすぐに会話が生まれます。建物で遮られない空や季節の移ろいを感じられる自然、都市部にすぐ出られる立地にも満足しています。 ー仕事もプライベートも好調ですね。逆に困ったことはありますか? 交通アクセスが良くないので、実家に帰るのが大変なことぐらいです。とはいえ、東京ではできないこと(きゅうり収穫など)を体験できる環境があるため、日々充実していますよ。 ーありがとうございます。移住を検討している人へのメッセージをお願いします。 移住をするときは、実際の暮らしを事前に感じてみることが重要です。気になる土地へ行く、その土地の中心人物を探すなど、まずは行動しましょう。後悔しない移住をするためには、移住後の生活をつかむことが大切。自分の譲れないものは何かなども考えて、後悔しない移住を実現させてくださいね。 ▼二川智南美さんへの移住相談はこちらから https://flato.jp/users/345/profile ▼flatoはこちらからアクセス https://flato.jp/ インタビュー:ぱーこ 文:矢井田千秋 編集:西本友

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【福岡県福津市】理想の子育てを実現!小関美穂さんに聞く「子育て移住計画」 #移住者に聞いてみた

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今回の移住者に聞いてみたでは、福岡県福津市在住の小関美穂(こせきみほ)さん(Twitter)にお話を伺いました。 ファミリー世代である小関さんの移住は、Uターンを希望する旦那さんがきっかけでした。子育て移住を成功させるための入念な移住計画は、ファミリーで移住を検討している人の参考になること間違いなしです。 移住を見据えたキャリア形成 ー現在のお仕事について教えてください。 株式会社allpersonalという会社で、事業の業務効率化と生産性向上を担う『Chief Productivity Officer|最高生産性責任者』としてフルリモートで勤務しています。以前はフリーランスとして関わっていましたが、現在は正社員として働いています。 ー小関さんは、メイクから人事と大きくジョブチェンジをされたと聞きました。人事の仕事はいつから始めたのですか? 2011年の春です。メイクの仕事は新社会人の時に、美容部員としてスタートしましたが、メイク関係の最後のキャリアはクリエイターのマネージャーでした。メイクアップ、ヘア、スタイリスト、フォトグラファー、ネイリストなどのクリエイターの夢をどのように叶えるかという戦略設計を二人三脚で取り組み、人が成長する姿を間近で見たとき、人事の仕事に興味を持ったんです。 ーメイクの仕事からどのようにキャリアを積んだのですか? 1つ目の会社には派遣社員として入社。最初に雇用形態にこだわらなかったことで、人事経験を順調に積むことができたと思っています。2021年2月からフリーランスとして業務委託を請け負ってましたが、現在の会社には移住のことも伝えたうえで、社員として入社しました。 ーフリーランスに転向したあと、すぐ正社員に戻ったのはなぜですか? 正社員になった理由はいくつかあります。一番大きな理由は、自分が地域でやりたいと思ったことと、誘っていただいた会社でやれることがシンクロすると感じたことです。 ほかにも、フルリモートで仕事ができたり、子どもが今年4月から入園し仕事の時間を確保できたこと。注文住宅を契約し、住宅ローンを組むためには正社員が有利だと思ったこと、などです。   十分な準備と思い切りで実現した移住 ー移住を検討し始めたきっかけを教えてください。 2018年頃、夫が実家のある福岡県福津市へのUターンを希望したことがきっかけです。移住前は千葉に住んでいました。子育ては自然の中でしたいという考えがあり、私自身が福岡に2年間住んだ経験から、また住みたいという気持ちも強かったですね。 ー移住への準備はいつから、どんなことをされていたのですか? 夫がUターン希望を伝えたタイミングから準備を始めました。移住を実現するために身に着けるべきスキルは何か、職種的な市場はどうかなど、人を紹介いただいて色んなお話を伺いました。その中で仕事や住む場所について調べたり、引越しの時期や費用、子供の入園に伴う手続きなどを徹底的に調べたり。どうすればコストを低く抑えられるかを考え、着々と準備していました。 ー実際に移住をするにあたって、不安なことはありましたか? 関東と比較した情報格差、教育格差、希望のタイミングで保育園に入れるかが気になってはいました。現在ではオンライン化が進んだこともあり、さほど問題ないと感じています。色々検討しましたが、最後は思い切りで移住に踏み切れたところもありました。 ー移住する際に家を買うことは決めていたのですか? いえ、移住前は賃貸か建売住宅にするか悩んでいました。夫婦でフルリモートワークのため、各自の個室があることが必須の条件だったんです。納得できる物件はなかなか見つかりませんでしたが、ご縁が重なり、年内に注文住宅が建つ運びとなりました。 ー理想の生活のためには、注文住宅が最適だったということですね。 はい。建売住宅をいくつか見学するなかで、気に入った工務店と分譲地に出会いました。関東では考えられない広さと価格の家だったので、思い切って購入しました。 理想の子育てができる福津市 ー福津市に住みたいと思った理由はなんですか? 理想の子育てを実践したいと思ったからです。子どもには、自立した人に育ってほしいと思っています。自立できる人は「挑戦できる人」だと考えていて、挑戦するためには自己肯定感が必要です。福津市では、学校運営に地域が参加するコミュニティスクールや、地域自治の仕組みの「郷づくり」など多世代の人と触れあえる環境があります。多様性を認め合える環境で自分を確立できたら、揺るぎない自己肯定感が育つのではないかと思いました。 ー福津市が自分の理想の子育てができる場所だとわかったのですね。 そうですね。また、福津市は海上貿易と塩田で繁栄した街なので、よそ者を受け入れる文化があります。転入者がどんどん増えていて、30〜40代のファミリー世代が多いという土壌も、子育てにとってメリットだと思いました。 ー福津市の魅力を教えてください。 山や海といった豊かな自然が全部揃う環境と、博多まで30分という立地の良さです。ウミガメが産卵するほど綺麗な水質の海があり、22kmにも及ぶ海岸線の景色に魅せられて移住する方もいると聞きました。遠浅の海で、条件が揃えばウユニ塩湖のような『かがみのうみ』を見ることもできます。ほかにも、漁港では新鮮な魚が手に入り、野菜も地産地消でおいしく頂けます。広い家に住むことができるのも魅力ですね。 少しずつ調べれば移住の不安は解消される ー実際に移住してみて気づいたことはありますか? 毎日海や山を見れるので、落ち着いて過ごせることですね。子どものお迎えに行ったときに、夕日がきれいだなと思ったら浜に行ける距離に住めるのは贅沢だと思います。また、私も夫も仕事がフルリモートで通勤時間がないため、家族の時間をしっかり取れるようになりました。 ーありがとうございます。移住を検討している人へのメッセージをお願いします。 リモートワークが増えている世の中で、都会に住む理由がなくなってきた方も多いのではと思います。自分の幸せを追求して移住をすると、生活の質が大幅に向上すると感じています。移住を検討している方は、自治体が展開する移住支援のサービスを調べてみてはいかがでしょうか?子どもがいる家庭でいきなりの移住は難しいですが、少しずつ調査すれば必ず乗り越えられると思います。 ー最後に、小関さんなら移住検討者のどのような相談に乗れますか? 移住者とのつながりが多くあるので、私が架け橋となることができます。また、キャリアコンサルタントの資格と経験を活かして、転職などで悩んでいる方の力にもなれると思います。   ▼小関美穂さんへの移住相談はこちらから https://flato.jp/users/347/profile ▼flatoはこちらからアクセス https://flato.jp/ インタビュー:ぱーこ 文:矢井田千秋 編集:西本友

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【福岡県福岡市】木村公洋さんが語る、移住先の人と移住前からつながる重要性 #移住者に聞いてみた

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今回の移住者に聞いてみたでは、福岡県福岡市在住の木村公洋(きむらきみひろ)さん(Twitter)にお話を伺いました。 東京で育った木村さんが移住先に選んだのは、地方都市である福岡市でした。移住前につながりを作ったことで、不安のない移住が実現。地方都市への移住を考える人の参考になること間違いなしです。 東京での仕事を手放し福岡へ ー現在のお仕事について教えてください。 主にライターとして、大手企業のWebメディアから個人のポートフォリオに載せる文章まで、取材を通して「想い」を言語化する仕事をしています。他にも、スタートアップ企業を支援するプログラムのメンター(アドバイザー)や、クラウドファンディングのプロデューサーとして共感を得る文章の作成など、人に関わる仕事が多いですね。 ー仕事や仕事環境は移住前と変わりましたか? はい。元々は放送作家としてテレビ・ラジオの報道・情報番組の企画構成、クイズ番組の問題を作成していました。ただ、2019年秋にはテレビの報道の仕事を辞め、7年間続けたラジオ局での仕事も移住を機に辞めました。 ー仕事を辞めてまで移住しようと思ったのですか? そうですね。ラジオ局での仕事だけが現地へ行く必要がありましたが、ライターの仕事がオンラインで完結できていたんです。「あれ、東京で暮らす意味ってないのかも」と、だんだんと移住の気持ちが固まっていき、「今こそ仕事環境を変える機会」と腹を括って2020年秋にラジオの仕事を辞め、放送作家の看板も外すことにしました。これで移住への勢いもつきましたね。 飲み会のために東京と地方を往復して得られた縁 ー移住を考えはじめたきっかけを教えてください。 飲み会でのご縁がきっかけです。数年前から、友人に誘われた飲み会のためだけに、東京から飛行機に乗って地方を往復していました。フットワークの軽い自分が好きで、飲み会目的の長距離移動も話のネタになると思って参加していたんです。何度か福岡での飲み会に参加し、おもしろい人たちとのつながりや知り合いが増えるなかで、「いつかは移住したい」と考えるようになっていました。 ー移住を本格的に決めたのはいつごろですか? 取材が全てオンラインになった2020年3月頃です。高い家賃を払っているのに、家とラジオ局との往復しかしていないことに気づき、「東京じゃなくてもいいな」と感じて移住を決めました。 ー仕事が大きなきっかけだったのですね。何を基準に移住先を探しましたか? 東京までのアクセスが良く、日常生活の利便性が高い地方都市を軸に探しました。僕は東京で育ち、車のない生活が基本。今も運転免許を持っていませんし、便利な都会が好きです。また、気軽に人に会える場所に住みたいと考えていました。福岡市であればすでに人とのつながりがあり、都会の割に家賃が安かったことにも惹かれましたね。 ーなぜ東京へのアクセスを重視したのですか? いきつけの美容室が東京にあり、月1回程度は上京する必要がありました。僕の髪型を20年間任せている美容師さんがいるため、美容室は変えたくなかったんです。それに、ほとんどの情報はインターネットで収集できますが、直接会うことでしか得られない情報もあります。東京に知人が多いので、そのタイミングで人と会ったり仕事ができるといいなと思いました。 ーそれでラジオ局での仕事も辞め、移住に向けて動き始めたのですか? そうです。福岡市での住居を探し始めたのは仕事を辞めてから。中洲や天神などの繁華街で探し、知人に紹介してもらった不動産屋さんのおすすめ物件に決めました。11月中旬に東京の荷物をまとめ、下旬には引っ越しました。 福岡の魅力は「人」と「利便性」 ー移住前の不安や移住後に困ったことはありましたか? 移住するまでに相談できる人間関係ができていたため、困ったことはありませんでした。また、移住後も人とのつながりを作れる自信があったことから、不安もなかったです。 ー良い人間関係が安心につながったのですね。福岡市の魅力を教えてください。 まず、コンパクトな町で交通の便が良いことです。自宅から繁華街の天神までは徒歩圏内で利便性が高い。かつ、東京と比べてタクシーの料金が安く、夜も終電を気にせずに過ごせるようになりました。生活コストが低いことも魅力ですね。 ー実際に住んでみてどんなことを感じましたか? 福岡の時間の流れは、東京に比べてゆっくりだと感じました。東京にいたときは、異様な早さで時間が流れていたと感じます。僕自身は、移住してからスケジュールにゆとりを持つようになり、自由な時間や自分に向き合う時間も増えました。自分の体感では、睡眠の質もあがって体調も良くなりました。今では福岡市をホームと思えるようになっていますし、東京から福岡に戻ってきたときにホッとする自分がいるんです。 移住前から「人」とのつながりを ー移住前後で、人との関わり方は変わりましたか? 時間に余裕ができたので、人と会う機会を増やすようにしました。どこに住んでいても変わらず大切なのは、人とのつながりです。人との出会いが経験値を上げ刺激を生むと思っているからです。そのため、仕事でもプライベートでも人からの誘いや出会いの機会を逃さないよう、オンラインだけでなく対面で会う機会を作るように心がけていますね。 ー移住を検討している人へのメッセージをお願いします。 僕は、移住先を選ぶ決め手は「人」だと考えているため、移住前から人との関係を作ることをおすすめしています。どのぐらいの人とつながりがあるのか振り返ってみて、なければ作っていきましょう。移住先でも相手の行動を待たずに自分から溶け込む努力が必要です。 ーありがとうございます。木村さんは移住検討者のどのような相談に乗ってくれますか? 人との関係作りについては相談に乗れます。人は考え方も価値観も多様であることを理解して、決して相手を否定しないことが大切です。すぐに距離感を縮めたい気持ちも分かりますが、まずは心地の良い距離から少しずつ縮めてくださいね。 ▼木村公洋さんへの移住相談はこちらから https://flato.jp/users/348/profile ▼flatoはこちらからアクセス https://flato.jp/ インタビュー:ぱーこ 文:矢井田千秋 編集:西本友

【宮崎県児湯郡新富町】二川智南美さんが直感で選んだ移住先が最高だった話 #移住者に聞いてみた

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今回の移住者に聞いてみたでは、宮崎県児湯郡新富町(こゆぐんしんとみちょう)在住の二川智南美(ふたがわちなみ)さんにお話を伺いました。 20代後半に差しかかり将来を考えた二川さんは、偶然と直感、そして行動力を基にして移住を決断しました。移住を視野に入れながらも移住地に迷っている人へ、一歩を踏み出すヒントがあります。 地域の魅力を再発見する広報誌をつくる ー現在のお仕事について教えてください。 地域おこし協力隊として新富町役場の総務課に所属し、広報誌『広報しんとみ』の制作に関わる業務全般を担っています。企画構成から、取材、編集、ライティング、写真撮影、誌面のデザインまで、幅広い業務を担当しています。 ーいつから広報誌のお仕事をされているのですか? 移住後の2019年9月からです。外からの目線で地域に埋もれた魅力を引き出したり、地域で頑張る人々とその背景にある気持ちを伝えたり、新富町の魅力が伝わるように日々改良を重ねています。この仕事は、掲載される側と読者の両者の反応を身近に感じられるので、とてもやりがいがあります。仕事を始めてから1年半以上経ちましたが、新富町は伝えたい魅力が尽きません。 1本の映画が気付かせてくれた移住への本当の気持ち ー地域愛を持って仕事をされていますが、以前はどのような仕事をされていたのですか? 東京の編集プロダクションで5年半編集者として働いていました。ライターやデザイナーへのディレクションを中心に、企画構成やライティングの経験があり、その経験が今の仕事に活きていると感じます。ただ、勤務が終電まで続くことも多く、体力面や精神面で将来を不安に感じることもありました。 ー移住を考えるきっかけがあれば教えてください。 あるとき、旅行先で「おだやかな革命」という映画を観たことです。地域のために地道に努力を重ねる人の姿に魅せられ、「地域で頑張る人や地域の魅力を盛り立てたい!」と移住への決意が固まりました。 ー映画の他にも移住を検討する理由はありましたか? はい。まず、20代後半になり将来の働き方や住む場所について考え始めました。都会で身を粉にして働き続けることへの不安と、自分が育った群馬県の田舎のように、自然のある場所で子育てをしたい気持ちがありました。また、大学で俳句を専攻していたこともあり、「季節の移ろい」を感じられる場所で生活したかったことも理由のひとつです。 経験に裏付けられた直感が導いた移住 ー何がきっかけで新富町への移住につながったのですか? 映画をみた後、偶然友人から誘われた『南九州移住ドラフト会議』への参加が契機になりました。移住を検討し始めたものの、移住地は模索状態。これまでに縁のない場所との出会いを望んでいた自分にとっては助かりました。 ー「南九州移住ドラフト会議」では何があったのですか? 面談や自己PRを経て、球団の新富町(『地域商社こゆ財団』)から1位指名をいただきました。新富町の人とは本指名の直前にある交流会で意気投合したものの、当時は新富町の場所も知りませんでした。そもそも移住先を決めるというよりも、移住に向けた第一歩として、地域の人物と関わるために参加したので・・・。 ードラフト会議が新富町への移住の決定打だったのですか? いえ、指名後に10日間ほど新富町を含めた宮崎の地域を巡った旅行が決め手でした。旅好きで国内各地を訪れていたなか、直感的に住んでみたいと思ったのは新富町が初めてだったんです。新富町では、『地域商社こゆ財団』のはからいで地域課題を解決するワークショップに参加し、観光資源や人の話を聞く機会がありました。そこで、新富町の新しい風を受け入れる姿勢と地域の魅力を体感し、すっかり新富町の虜になってしまいました。 ー新富町には、二川さんが移住先に求める環境が備わっていたのですね。 そうですね。私は、出身地と似た人口2万人前後の規模感に惹かれました。地元とよく似た場所で、育った経験から移住後の生活がリアルに想像できたことが「住みたい」につながったと思います。 後悔しないためには行動が大事 ー新富町の魅力を教えてください。 まずは、日本有数の農業地域で野菜が美味しいことですね。また、神楽や神話といった伝統があるほか、ウミガメが産卵にくる豊かな砂浜もあります。航空自衛隊の基地がある背景から外部者を寛容に受け入れる土壌と、伝統を守りつつ時代に応じた変化に挑戦できる風土も魅力です。地方ですが、都心から遅れているような感覚もありません。 ーその当時付き合いたてだった彼氏さんと一緒に移住したと聞きました。どのように説得されましたか? 彼との交際はドラフト会議で本指名を受ける1週間前から。初デートが新富町だったんですが、そこで私の移住の意思が固まってしまったので、移住をしたい気持ちと新富町の魅力を伝えて説得を繰り返し、二人で移住しようという結論に至りました。いつかは地方で暮らしたいと考えていた彼でしたが、本人も想定より早い移住になったようです。 ー移住して実現できたことはありますか? 仕事は忙しいものの日が明るいうちに帰宅でき、ライフワークバランスも保てるようになりました。距離感が良く、知らない人ともすぐに会話が生まれます。建物で遮られない空や季節の移ろいを感じられる自然、都市部にすぐ出られる立地にも満足しています。 ー仕事もプライベートも好調ですね。逆に困ったことはありますか? 交通アクセスが良くないので、実家に帰るのが大変なことぐらいです。とはいえ、東京ではできないこと(きゅうり収穫など)を体験できる環境があるため、日々充実していますよ。 ーありがとうございます。移住を検討している人へのメッセージをお願いします。 移住をするときは、実際の暮らしを事前に感じてみることが重要です。気になる土地へ行く、その土地の中心人物を探すなど、まずは行動しましょう。後悔しない移住をするためには、移住後の生活をつかむことが大切。自分の譲れないものは何かなども考えて、後悔しない移住を実現させてくださいね。 ▼二川智南美さんへの移住相談はこちらから https://flato.jp/users/345/profile ▼flatoはこちらからアクセス https://flato.jp/ インタビュー:ぱーこ 文:矢井田千秋 編集:西本友

【栃木県栃木市】「都内にいても移住先の知り合いは増やせる」青山直人さんのUターン移住ノウハウ #移住者に聞いてみた

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今回の「移住者に聞いてみた」では、栃木県栃木市在住の青山直人(あおやまなおと)さん(Facebook/Twitter)にお話を伺いました。 栃木市からの委託を受け、2021年4月より移住定住支援コーディネーターを始めた青山さん。オファーを受けた背景には、移住前からの積極的な行動が隠されていました。Uターン移住前にするべきことを知りたい方は必見です。   移住者としてつなげる地域の人と人 ー現在の仕事や活動について教えてください。 今は2つの仕事をしています。1つ目はシステムエンジニアで、フルリモートで働いています。2つ目は栃木市の移住定住支援コーディネーターで、今年の4月から活動を始めました。 ー移住定住支援コーディネーターのオファーはいつ受けられたんですか? 昨年の10月頃ですね。はじめは、栃木市役所の方に移住支援補助制度のことなどを相談していました。その後、栃木市のコミュニティFM「FMくらら857」にゲストとして出演し、関係性が深まったところでコーディネーターのオファーをいただきました。 ー移住者としてがっつり活動するようになったんですね。 そうですね。移住を検討している段階で、市のイベントにはいくつか参加していました。そうしていくうちに市役所の方を含め、知り合いが増えたんです。市としても、コミュニティの横のつながりを育てたい気持ちがあったようで、そこから色々なお話を頂くようになりました。 ー青山さんの地元である、栃木県栃木市の魅力はなんですか? 子ども連れでも若者でも遊べる、いろいろなアクティビティがあることです。キャンプやスカイダイビング、いちご狩りなど多岐にわたります。特撮やバラエティの爆破ロケでよく使われる「岩船山」での爆破撮影も最近人気があるみたいですね。ウェディングフォトの撮影に使われる方もいるみたいですよ。 都内で働きながらも根底にあった地元への思い ーいつ頃から移住は考えていたんですか? 22歳で都内のIT企業に就職したときですね。地元にいたい気持ちは強かったのでずっと栃木に住んでいましたが、就職のためには都内に出るしかありませんでした。ただ、都内に出たとはいえ、いずれは地元に帰る気持ちは残っていたんです。 ―栃木にSEの仕事はなかったんでしょうか? そうですね、当時はあまり多くなかったです。選択肢が少なかったことも都内に出た理由の1つですが、学生時代から東京への憧れもありました。都内の専門学校に通っていたときは、栃木からほぼ毎日2〜3時間かけて通っていたんですよ。東京の良さもわかっていたし、どこか憧れる気持ちがあったんですね。 ーそれは大変…!それでも栃木を離れることはなかったんですね。 古い考え方と思われるかもしれませんが、私は長男ということもあり、両親を残して家を出ることにためらいを感じました。年老いた両親の介護や生家の建物の維持管理など、気にしなければならないことが多くあったためです。私自身、地域の中で育ててもらった気持ちが強く、そういった点は無視できないと考えていました。 どこにいても移住先とつながれる ー移住の準備はいつ頃からされていたんでしょうか? 移住する1年以上前ですね。その段階で土地を購入するなど、具体的な準備は進めていました。妻とも話し合って、子どもの在学中に移住することがないように、先を見越して動きました。子どもの存在は大きかったです。 ー先を見据えて準備をされていたんですね。移住のために青山さんはどんな準備をされましたか? 「人とのつながりをつくりたい」という考えがあったので、週に1〜2回は移住者や地域に関わるイベントに参加していました。2017年の末頃から行き始めたので、おおよそ50〜60回くらいは参加したと思います。イベントで出会った人とFacebookでつながって、知り合った人が開催するイベントに行くこともありました。 ―イベントに参加して移住後のつながりをつくったんですね。 そうですね。都内でも、栃木を含めた地域の活動紹介のイベント・交流会などはたくさんありました。都内にいながらでも、移住後につながる知り合いができたのはとても大きかったです。 https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m005482.html 移住のために大切な「自分と向き合う時間」 ー移住をして気づいたことはありますか? 近所のつながりがとても強いことを再認識しました。自宅周辺には同じ世代の方が多く、近所の子どもから「〇〇くんのパパ!」と声をかけてもらうこともあります。引っ越してきたその日に近所の人たちが遊びに来てくれて、人に恵まれていると感じますね。 ―微笑ましい光景ですね。逆に、移住をして困ったことはありましたか? 全体的なスピードがゆっくりしていることですね。例えば、地域の業者に何かを依頼しても、こちらから進捗を確認しないと進まないとか。都会の生活が長かった妻は、イライラすることもあるようです。 ーありがとうございます。移住を検討している人へのメッセージをお願いします。 移住は自分の問題になるので、まずは自分と向き合う時間を大切にする必要があると思います。その次は、自分がどこにいるべきかを考える。そこまで決まったら、移住の判断をするために情報を集めてみることをおすすめします。 ―青山さんに移住の相談をしたいときはどうすればいいですか? つい先日、栃木駅の付近にオープンした観光交流館「蔵ナビ」にお越しください。私は土曜日・祝日に移住定住の窓口にいますので、ご相談がある場合はお話しましょう。対面が難しい場合は、オンラインでもサポートいたします! ▼青山直人さんへの移住相談はこちらから https://flato.jp/users/301/profile ▼flatoはこちらからアクセス https://flato.jp/ インタビュー:ぱーこ 文:ほん〇 編集:西本友

【福岡県福津市】理想の子育てを実現!小関美穂さんに聞く「子育て移住計画」 #移住者に聞いてみた

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今回の移住者に聞いてみたでは、福岡県福津市在住の小関美穂(こせきみほ)さん(Twitter)にお話を伺いました。 ファミリー世代である小関さんの移住は、Uターンを希望する旦那さんがきっかけでした。子育て移住を成功させるための入念な移住計画は、ファミリーで移住を検討している人の参考になること間違いなしです。 移住を見据えたキャリア形成 ー現在のお仕事について教えてください。 株式会社allpersonalという会社で、事業の業務効率化と生産性向上を担う『Chief Productivity Officer|最高生産性責任者』としてフルリモートで勤務しています。以前はフリーランスとして関わっていましたが、現在は正社員として働いています。 ー小関さんは、メイクから人事と大きくジョブチェンジをされたと聞きました。人事の仕事はいつから始めたのですか? 2011年の春です。メイクの仕事は新社会人の時に、美容部員としてスタートしましたが、メイク関係の最後のキャリアはクリエイターのマネージャーでした。メイクアップ、ヘア、スタイリスト、フォトグラファー、ネイリストなどのクリエイターの夢をどのように叶えるかという戦略設計を二人三脚で取り組み、人が成長する姿を間近で見たとき、人事の仕事に興味を持ったんです。 ーメイクの仕事からどのようにキャリアを積んだのですか? 1つ目の会社には派遣社員として入社。最初に雇用形態にこだわらなかったことで、人事経験を順調に積むことができたと思っています。2021年2月からフリーランスとして業務委託を請け負ってましたが、現在の会社には移住のことも伝えたうえで、社員として入社しました。 ーフリーランスに転向したあと、すぐ正社員に戻ったのはなぜですか? 正社員になった理由はいくつかあります。一番大きな理由は、自分が地域でやりたいと思ったことと、誘っていただいた会社でやれることがシンクロすると感じたことです。 ほかにも、フルリモートで仕事ができたり、子どもが今年4月から入園し仕事の時間を確保できたこと。注文住宅を契約し、住宅ローンを組むためには正社員が有利だと思ったこと、などです。   十分な準備と思い切りで実現した移住 ー移住を検討し始めたきっかけを教えてください。 2018年頃、夫が実家のある福岡県福津市へのUターンを希望したことがきっかけです。移住前は千葉に住んでいました。子育ては自然の中でしたいという考えがあり、私自身が福岡に2年間住んだ経験から、また住みたいという気持ちも強かったですね。 ー移住への準備はいつから、どんなことをされていたのですか? 夫がUターン希望を伝えたタイミングから準備を始めました。移住を実現するために身に着けるべきスキルは何か、職種的な市場はどうかなど、人を紹介いただいて色んなお話を伺いました。その中で仕事や住む場所について調べたり、引越しの時期や費用、子供の入園に伴う手続きなどを徹底的に調べたり。どうすればコストを低く抑えられるかを考え、着々と準備していました。 ー実際に移住をするにあたって、不安なことはありましたか? 関東と比較した情報格差、教育格差、希望のタイミングで保育園に入れるかが気になってはいました。現在ではオンライン化が進んだこともあり、さほど問題ないと感じています。色々検討しましたが、最後は思い切りで移住に踏み切れたところもありました。 ー移住する際に家を買うことは決めていたのですか? いえ、移住前は賃貸か建売住宅にするか悩んでいました。夫婦でフルリモートワークのため、各自の個室があることが必須の条件だったんです。納得できる物件はなかなか見つかりませんでしたが、ご縁が重なり、年内に注文住宅が建つ運びとなりました。 ー理想の生活のためには、注文住宅が最適だったということですね。 はい。建売住宅をいくつか見学するなかで、気に入った工務店と分譲地に出会いました。関東では考えられない広さと価格の家だったので、思い切って購入しました。 理想の子育てができる福津市 ー福津市に住みたいと思った理由はなんですか? 理想の子育てを実践したいと思ったからです。子どもには、自立した人に育ってほしいと思っています。自立できる人は「挑戦できる人」だと考えていて、挑戦するためには自己肯定感が必要です。福津市では、学校運営に地域が参加するコミュニティスクールや、地域自治の仕組みの「郷づくり」など多世代の人と触れあえる環境があります。多様性を認め合える環境で自分を確立できたら、揺るぎない自己肯定感が育つのではないかと思いました。 ー福津市が自分の理想の子育てができる場所だとわかったのですね。 そうですね。また、福津市は海上貿易と塩田で繁栄した街なので、よそ者を受け入れる文化があります。転入者がどんどん増えていて、30〜40代のファミリー世代が多いという土壌も、子育てにとってメリットだと思いました。 ー福津市の魅力を教えてください。 山や海といった豊かな自然が全部揃う環境と、博多まで30分という立地の良さです。ウミガメが産卵するほど綺麗な水質の海があり、22kmにも及ぶ海岸線の景色に魅せられて移住する方もいると聞きました。遠浅の海で、条件が揃えばウユニ塩湖のような『かがみのうみ』を見ることもできます。ほかにも、漁港では新鮮な魚が手に入り、野菜も地産地消でおいしく頂けます。広い家に住むことができるのも魅力ですね。 少しずつ調べれば移住の不安は解消される ー実際に移住してみて気づいたことはありますか? 毎日海や山を見れるので、落ち着いて過ごせることですね。子どものお迎えに行ったときに、夕日がきれいだなと思ったら浜に行ける距離に住めるのは贅沢だと思います。また、私も夫も仕事がフルリモートで通勤時間がないため、家族の時間をしっかり取れるようになりました。 ーありがとうございます。移住を検討している人へのメッセージをお願いします。 リモートワークが増えている世の中で、都会に住む理由がなくなってきた方も多いのではと思います。自分の幸せを追求して移住をすると、生活の質が大幅に向上すると感じています。移住を検討している方は、自治体が展開する移住支援のサービスを調べてみてはいかがでしょうか?子どもがいる家庭でいきなりの移住は難しいですが、少しずつ調査すれば必ず乗り越えられると思います。 ー最後に、小関さんなら移住検討者のどのような相談に乗れますか? 移住者とのつながりが多くあるので、私が架け橋となることができます。また、キャリアコンサルタントの資格と経験を活かして、転職などで悩んでいる方の力にもなれると思います。   ▼小関美穂さんへの移住相談はこちらから https://flato.jp/users/347/profile ▼flatoはこちらからアクセス https://flato.jp/ インタビュー:ぱーこ 文:矢井田千秋 編集:西本友

【山口県萩市】JO Mutsumiさんが当たり前の生活から移住に踏み切れた理由 #移住者に聞いてみた

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今回の移住者に聞いてみたでは、山口県萩市在住のJO Mutsumiさん(facebook)にお話を伺いました。 東京での生活に慣れ、自分の生活を見つめ直したJO Mutsumiさん。移住に踏み切れた背景には、ある理由がありました。今持っているスキルを活かし、地方でチャレンジングな生活を送りたい人の参考になること間違いなしです。 「日常」を自分視点で発信する ー現在のお仕事について教えてください。 地域おこし協力隊として、萩に住む人の日常の暮らしを取材して動画で発信しています。移住前は、東京で映像系のフリーランスとして活動していました。今も継続してリモートワークで動画編集をしています。 ーどんな映像を発信されているのですか? 萩市の日常の景色を発信しています。トマト農家の暮らしを取材したとき、土を耕すシーンがかっこよく見えたので、その場面を1本の動画として発信しました。その動画はとても反応が良かったんです。それ以降、僕の視点でいいと思ったものを発信していますね。 ー映像の仕事はいつからされていたのですか? 2018年の夏頃からです。同年に山口県の大学を卒業し、東京にある「100BANCH」で映像に携わる活動をしていました。そのときは、仕事というよりの趣味の感覚で、自分が見ている何気ない日常をSNSで発信していましたね。自分が作った作品に賛同してくれる人が増えて、結果的に好きな動画制作を仕事にすることができました。 (※100BANCHは、常識にとらわれない野心的な若者達が「つくりたい未来」「100年先を豊かにする未来」をミッションに活動する渋谷の拠点) ー好きが仕事になったのですね。JOさんの日常である萩市の魅力を教えてください。 面白い人がたくさん集まっていることですね。何かやりたい人が続々と集まっていて、余白と可能性のある場所だと思っています。そのため、自分のスキルを活かして新しいことを仕掛けたい人には、おすすめできる場所ですよ。 リモートワークを基盤に新しい生活へ挑戦 ー移住前はどのような暮らしをしていたのですか? 友人が創業したシェアハウスに住み、シェアハウスのメンバーがご飯を食べたり喋ったりする様子を、インスタで毎日発信していました。 ーその頃も日常を発信していたんですね。移住を検討し始めたきっかけ教えてください。 2018年から東京に住み続けるなかで、生活に刺激を感じなくなってきて、「このままの暮らしでいいのかな?」と思ったことですね。変化のない生活が続き、今の暮らしを考え直したいと思いました。また、コロナの影響で仕事はリモートワークに。家から一歩も出ないのであれば、どこに住んでも同じと思い移住を考え始めました。 ーリモートワークが移住の後押しになったのですね。移住先を山口県に決めた理由は何だったのですか? つながりがある地域に行けたらいいなと思ったんです。地域の人とのつながりが深かったのが、大学のときに住んでいた山口県山口市でした。山口県が好きという思いもありましたが、知り合いがたくさんいる場所を選びました。仕事はリモートでできるので、仕事のことを考えずに済んだのは大きかったです。 ーつながりがある山口県への移住とはいえ、不安はありませんでしたか? 移住してから2〜3日は、「人のつながりがない状態からうまくやっていけるだろうか」という不安がすごくありましたね。でも、仕事はリモートワークで続けていたし、オンラインで人と喋るので、やっていることは東京での暮らしと全く変わらなかった。思った以上に暮らしも変わらなくてびっくりしましたよ。 ー山口県での生活にすんなり馴染めたんですね!その後、萩市に移った理由は何ですか? 萩市は大学のときに観光で訪れていて、町の雰囲気がすごく好きだったんです。海も近く、一度は住んでみたいと思っていました。山口に移住してから4ヶ月ほど経ったタイミングで、そろそろ地元に関わる仕事がしたいと思っていたときに、地域おこし協力隊の募集があったんです。応募したところ採用をいただけたので、萩市に移りました。 自分でつなぐ人の縁と当たり前の幸せ ー不安要素だった人とのつながりは、どうやって作っていったのですか? 移住してからは、仕事の日も休みの日も関係なく、いろんな人に会いに行って話をしました。地元とのつながりはない状態でしたが、小さい町たっだので知り合いづてに徐々に関係性が広がりましたね。萩でシェアハウスをしている人を訪ね、自分から気になるところを調べて歩いてつないでいきました。 ー実際に生活してみて気づいたことはありますか? 自分が元々大切にしていた「当たり前の幸せ」に気づけたことですね。地域の人やこれから何か始めようとする人と話したり、なんてことのない時間を一緒に過ごしたりすることが、一番楽しくて幸せだと感じました。東京に住んでいたときには当たり前すぎて感じなかったことで、移住して良かったなと思います。 ーありがとうございます。移住を検討している人へのメッセージをお願いします。 移住を考えている人のなかには、人間関係がうまくいくか不安になる人もいると思います。僕自身、積極的に人と会う機会を作ったり、地域のイベントに参加したりして、つながりをつくることができました。都会よりも足を使うことで、人間関係に関する不安は解消されるはずですよ。 ▼Jo Mutsumiさんへの移住相談はこちらから https://flato.jp/users/340/profile ▼flatoはこちらからアクセス https://flato.jp/ インタビュー:ぱーこ 文:矢井田千秋 編集:西本友