#移住者に聞いてみた 茨城県鹿嶋市在住 額賀智史さんの、Uターン移住の決め手は「アントラーズ愛」

今回のflatoの移住者インタビューでは、茨城県鹿嶋市在住の額賀智史(ぬかがさとし)さん(Twitter)にお話を伺いました。

鹿島アントラーズへの愛からUターン移住を決めた額賀さん。「働く場所やライフスタイルを自分で選ぶ」という熱意に基づいた、これまでの額賀さんの行動戦略は必見です。

週5フルリモートで生まれた朝の時間を有効活用

ーこれまでのご経歴について教えてください。

大学卒業後に都内のヘッドハンティング会社に入社し、約2年コールセンター部門で勤務しました。その後、2013年1月に某人材企業に転職。複数の事業立ち上げに携わりながら、会社の成長とともに成果を残してきました。
2019年秋に現職のIT企業に転職し、2020年3月から地元の茨城県鹿嶋市にUターン移住しました。

ー現在はどのようなお仕事をされているんですか?

ITツールの導入による営業組織変革の支援に携わっています。無駄な会議を減らしたり組織の働き方を変えたりする手段として、導入の提案をしていますね。

会社は東京ですが、現在は週5フルリモートで地元で働いています。

ーフルリモートなんですね。働き方やライフスタイルにはどのような変化が生まれましたか?

移住後は通勤時間が無くなったため、ジムでの運動やオンラインでの交流に時間を割けるようになりました。移住前は通勤に往復1時間以上かけていたことを考えると、時間を作れるようになったと感じますね。最近はオンラインでの朝読書会や交流イベントに参加しており、新たな出会いを楽しんでいます。

ー休日はどんなことをされているんですか?

大好きな鹿島アントラーズの試合を観に行くことが多いです。移住前も試合の度に茨城に帰省していましたが、移住後はより頻繁に通えるようになりました。

「趣味も仕事も制限をかけたくない」という強い想い

ーいつ頃からどのような経緯で「移住」に関心を持つようになったんですか?

2016~17年頃、「働く場所やライフスタイルを自由に選びたい」と思ったことがきっかけです。

東京で働いていた当時、「鹿島アントラーズの試合をホームの茨城で見たい」「趣味のサッカー観戦を間近で楽しみたい」という想いがありました。1993年のJリーグ開幕からの鹿島サポーターで、いつかは「東京と茨城を行き来する二拠点生活を送りたい」と思っていたんです。

ー小さいときからサポーターなのですね。思い出に残った試合などはありましたか?

2016年のクラブワールドカップで、鹿島アントラーズがスペインの強豪であるレアルマドリードに挑む姿は、非常に印象的でした。もともと熱狂的なサポーターなので、「今まで以上に熱狂的なサポーターになった」という感覚ですね。

それをきっかけに、「常にスタジアムの臨場感を味わいたい」「試合に勝った/負けたで一喜一憂したい」と強く思うようになりました。

ー「移住」の入り口は趣味のサッカー観戦だったんですね。他に何かきっかけはありましたか?

副業やリモートワークなど、周囲で新しい働き方を取り入れる人が増えたことですね。そのような働き方を見て、「自分も働く場所を自由に選びたい」と思い始めたんです。

そこで、「次の転職先は、営業でも自由に働き方を選べる企業に行こう」と思い、そのための能力をつけるために行動しました。

ー額賀さんはどのようにして「働く場所を選べるキャリア」を作ってきたんですか?

オンラインでも売れる実績を作ることと、オンラインでも営業ができる仕組み作りの経験を積むことに注力しました。

前職ではインサイドセールス組織の立ち上げを経験し、成果を上げた実績がありました。また、組織拡大に携わる中で「どこにいても通話可能なITツール」の導入にも携わっていたんです。そういった経験が評価されたからこそ、リモートワークが可能な会社に転職できたと思っています。

Uターン移住へ向け、迷いなき決断

ー移住に踏み切ったきっかけは何ですか?

母の体調不良と、新型コロナウイルスの感染拡大です。現職は元々週2回までリモートワークが認められていました。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大に伴いリモートワークが推奨され始め、緊急事態宣言によりフルリモートとなったんです。

ーご家族の事情とフルリモート環境。「移住を選択しない理由」は無かったんですね。

そうですね。3月時点ではいつコロナが落ち着くか分からなかったので、東京の家は借りたままで茨城に帰省する「片足生活」を送っていました。
ただ、2021年8月まで出社する必要がなくなったため、その時点で東京の家を解約しました。

ー移住に向けて何か準備はされましたか?

地元の事情をよく知っていることもあり、これといった準備はしませんでした。また、叔父がアパート経営をしていたので、住まいもスムーズに探すことができたんですよね。

唯一、移住後の人間関係作りのために、鹿島アントラーズのサポーターをSNSで探しました。実際に、鹿島アントラーズのサポーターでYouTuberの方を見つけました。その方も移住経験のある方だったので、親近感が湧きましたね。

「選べる自由」があることは幸せの入口

ー移住して良かったことは何ですか?

家族と過ごす時間が増えたことや、鹿島アントラーズの試合に行けるようになったことです。また、渋滞や人混みから解放されてストレスフリーの状態となり、自分のペースで仕事ができるようにもなりました。

ー茨城ならではの「住みやすさ」を実感されているんですね。

そうですね。茨城への移住者がもっと増えてほしいなと思っています。
鹿嶋市は、東京から高速バスで約1時間で行けますし、交通費も高くはないので、リモートワークが認められている場合は、鹿嶋市に家を持ちながらの通勤もおすすめしたいです。家賃は東京の半額くらいで、海や山に囲まれておりアウトドアも楽しめますよ。

僕が「もっと移住検討者が増えるといいな」と思うのは、移住へのハードルが比較的低い場所であることが理由です。

ー最後に、移住検討者のどんな相談に乗れますか?

移住に向けて転職やキャリアに悩んでいる方の相談に乗れると思います。
私はリモートワーク可能な職場環境だったからこそ、転職を考えることなく移住しました。しかし、移住にあたって「仕事選び」で悩む方は多いと考えています。

選べることは幸せの入口だと思っており、働く場所を選べる自由を手にするために
「今からどんなキャリアを描けばいいのか?」という相談に乗っていきたいですね。

▼額賀智史さんへの移住相談はこちらからアクセス
https://flato.jp/users/265/profile

▼flatoはこちらからアクセス
https://flato.jp/

(後日談)
flatoのインタビューをきっかけに、かしまわりチャンネルというYouTubeチャンネルに出演されたという嬉しい報告をいただきました!
額賀さんのインタビューは前編/後編の2本に分かれています。
ぜひこちらよりご覧ください。

前編→【鹿嶋市移住計画#8】Uターン移住経験者(額賀智史さん)に聞く!移住の決め手、準備、外から見た魅力!【前編】
後編→【鹿嶋市移住計画#9】気軽な鹿嶋市の移住相談、移住して困ること、アドバイスは?Uターン移住者(額賀智史さん)に伺います【後編】

インタビュー、文:菊池真代
編集:西本友

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菊池真代
1994年神奈川県生まれ。現在は福岡県在住。介護系ベンチャーで法人営業を経験後、人材紹介会社にて転職支援に従事。自然豊かな環境で心満たされる瞬間が好き。
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【長野県南佐久郡小海町】小松瑞季さんが提唱する「経験を生かすための地方移住」 #移住者に聞いてみた

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「この地を愛そう」。愛媛県宇和島市在住 荻原悠佳さんの想いに迫る #移住者に聞いてみた

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今回の移住者に聞いてみたでは、愛媛県宇和島市在住の荻原悠佳(おぎはらゆか)さん(Facebook)にお話を伺いました。 大阪と東京で「成長」を求めてキャリアを積んできた荻原さん。縁のなかった宇和島への移住を経て「地域を愛する想いが成長につながる」と気付いたそうです。 とんびの鳴く声が響くのどかな宇和島暮らし ー現在の仕事や活動について教えてください。 夫のお父さんが代表を務める水産流通業の会社に勤務し、その中で総務を担当しています。将来的に夫が後継ぎとして代表となる予定のため、彼をしっかり支えられるようビジネス全般の知識習得にも励んでいます。 ー現在住んでいる宇和島はどんなところですか? 宇和島城があり、城下町として有名です。また、四国88か所巡りでお遍路さんがよく訪れるからか、外から来る人をもてなす文化もあります。 ー現在の生活で気に入っているポイントはどこですか? 春には山菜、冬には里芋といった旬の野菜を楽しめることです。今まで都市部での生活が長く、「旬の野菜」を意識したことがありませんでした。また、宇和島は海と山に囲まれ自然が豊かです。とんびののびやかな鳴き声を聴くと、のどかさを実感できますよ。 移住のきっかけは「拠点」への憧れ ー大学卒業後のご経歴について教えてください。 地元である関西の地方銀行で営業職を経験したのち、進路選択やキャリアに興味があったことからリクルートに転職し、教育事業に携わりました。リクルートでの3年間は本当に濃い時間でしたが、一方で人生設計に悩む時期でもありましたね。 ーどんなことで悩んでいたんですか? 結婚とキャリアについて、です。また、東京本社の方と仕事をする機会が多く、「東京って面白い人がたくさんいるんだなぁ!」と刺激を受けたこともあって「心機一転、20代最後の年に上京するのも面白いかも?」と思っていました。 ー何が東京に行くきっかけになったのですか? 大阪の社会人サッカーチームの仲間だった今の夫に転職相談をした際、「姉が東京で会社をやっているから会ってみないか?」と言ってくれて。その後、彼のお姉さんから「もし良かったら、一緒に働きませんか?」とお声がけいただきました。会社や商品のブランドを創りあげていくお仕事が魅力的だったことや、彼のお姉さんが女性経営者としてすごく素敵だったことから、「この人の近くで学ばせていただきたい」と思い、転職を決めました。 ー旦那様とは、その段階からのつながりなんですね。東京での生活はどうでしたか? 本当に充実していました。本業の仕事はもちろん、様々な学びの機会に積極的に参加したり、本業以外にも複業にも挑戦したりして、いろいろな方とのつながりができました。東京での出会いは財産といっても過言ではありません。 ー充実した生活のなか、地方暮らしを意識した経緯を伺いたいです。 大阪・東京と、いわゆる都会で過ごしてきた中で、子供の頃から抱いていた「拠点」を持つことへの憧れが大きくなっていたんです。また、前職で宇和島市のシティブランディング事業に公募し、地方の街の魅力を引き出すプロジェクトにも携わりました。その中で地方への興味が深まったと思います。 義父の言葉で決めた現職への入社 ーその後、結婚を機に東京から宇和島に移住されましたが、どのような経緯で移住されましたか? 結婚の少し前に義父が体調を崩されたんです。義父は会社の代表なので、夫の中で「父のそばにいて経営を学びたい。もっと宇和島本社のことを知らなければ」という気持ちが強くなったようです。それで、夫から「来年の6月には一緒に来てほしい」と言われました。さらに、4月に愛媛で行った挙式直後に緊急事態宣言が発令されたんです。東京に戻れなくなり、「これもタイミングだし、このまま移住しようか」と夫と話して決めました。 ー移住の準備にあたり、大変だったことはありましたか? 新しい環境に飛び込むことに抵抗がなく、すんなり受け入れられましたね。また、移住当初は義理の実家の「はなれ」のような場所をお借りして生活していて、みんなで一緒にご飯を食べたりすることも多くて。義理の実家の皆さんは、私が淋しくならないようにすごく気をかけてくださいました。だからこそ、あまり困るようなことがなかったのだと思います。 ーお仕事に関しても、スムーズに現職に飛び込まれたんでしょうか? いえ、仕事は決まっておらず、義父の会社で働くか、フルリモートでつながりのある方々と仕事をするかずっと悩んでいました。 ー悩んだ中で、最終的に現職に決めるまでの過程を教えてください。 尊敬している義父の会社とはいえ、「後継ぎの嫁」という立場もあり、一生勤め上げる強い覚悟がいると考えていました。かつ、これまで大阪・東京と、常に新しい情報が入ってくる環境で働き、学びを通じて自身をアップデートしてきました。色々な企業や仕事を経験してきた私にとって、1つの企業に勤め上げることで「自分らしさ」のようなものを失ってしまうのでは、と恐れていたんです。加えて、その時すでにフルリモートでのお仕事も始まっていてすごく学びが大きかったので、現職に入社することでそういったつながりが切れてしまうのは悲しいな、と思っていました。 それでも覚悟を決められたのは、義父が私の価値観を理解して、働き方や仕事の内容をよくよく考えてくださっていることが分かったこと、そして「息子を支えてほしい」というお言葉があったからです。 「まず愛すること」で自分を変えられる ー移住前後に感じた、荻原さん自身の変化を教えてください。 「仕事や住む場所を変えれば、自分は変えられる」という考え方から、「この町で成長するために、内側から自らを変えていこう」と思うようになりました。 元々課題や違和感に気付きやすいタイプなのですが、まず受容して関わり方を変えてみようという考えに変わりましたね。「この地を愛そう」と決意しました。 ー「愛する」という姿勢の大切さに気づかれたのは、どのようなきっかけからですか? 夫との会話からです。ある時、母が愛情たっぷりの手紙を送ってくれて、それを夫に見せたんです。すると、「あなたは無条件の愛を受け取ってきたんだね。こんなにも愛情を受けてきたあなたは、同じように人を愛してあげられる人だと思うよ」と、言葉をかけてくれました。 そこから、私の周りの人たちや、この町に対しても「受け入れられたい」という姿勢ではなく、「無条件で自分から愛してみよう」と思うようになりました。 ー素敵なお話ですね!最後に、荻原さんから地方移住を検討されている方にメッセージをお願いします。 愛したい地域を決めること、そして拠点を決めたら愛すると決めてみてほしいです。移住したら、不便なことや理想通りにいかないこともたくさんあります。でも、苦しいときや違和感を感じるときこそ、愛を持って地域と関わってほしいと思いますね。 ▼荻原悠佳さんへの移住相談はこちら https://flato.jp/users/106/profile ▼flatoはこちらからアクセス https://flato.jp/ インタビュー、文:菊池真代 編集:西本友

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【長野県南佐久郡小海町】小松瑞季さんが提唱する「経験を生かすための地方移住」 #移住者に聞いてみた

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今回の移住者に聞いてみたでは、長野県佐久市在住の小松瑞季(こまつみずき)さんに、南佐久郡小海町で活動されていた時のお話を伺いました。 大学進学と同時に長野から上京した小松さんでしたが、元々は「絶対に戻らない」と決めていたそう。その意志が変わったきっかけや、移住後に感じた変化は必見です。 仕事内容は変わらず日常が濃くなった「リモートワーク×移住」 ー現在の仕事について教えてください。 東京が本社の株式会社さとゆめ(以下さとゆめ)で、地域コンサルタントの仕事をしています。現在は地元である佐久市で仕事をしていますが、2021年1月までは『地域おこし企業人』として小海町役場に出向していました。 ー『地域おこし企業人』とは何ですか? 三大都市圏にある民間企業の社員が、地域の魅力や価値向上のために派遣される総務省の制度です。『地域おこし協力隊』と違い、住民票の異動義務がないことが大きな特徴ですね。私は、この制度でさとゆめから小海町に派遣されました。 ー『地域おこし企業人』には何が求められますか? コミュニケーション力と度胸と覚悟、だと思っています。私が出向した2018年当時はまだ企業人の要件が厳しかったからか、キャリア経験豊富な方が派遣・出向されているケースも多く、社会人4年目の私はその3つの必要性を痛感しました。一方で、若いうちに裁量権を持ってプロジェクトを進められたのは、とても貴重な経験でした。個人的には、人材育成の一環として活用する企業が増えて欲しいと願っています。 ー派遣先の小海町ではどんなことをしていたのですか? 「憩うまちこうみ」というプロジェクトの立ち上げと運営をやっていました。また、さとゆめの仕事として、リモートワークで他地域のコンサルタント業務も兼務していましたね。 ー小海町とさとゆめの仕事の両立は、大変ではなかったですか? 特に大変なことはありませんでした。東京に住んでいた頃は毎日出勤していたものの、ほとんどデスクワークだったので、「デスクのある場所が、小海町役場に変わった」くらいの感覚でしたね。また、小海町からの新幹線の最寄駅である、佐久平駅から東京までは新幹線で1時間半ほどの距離なので、小海町の営業や他地域の業務で週1回東京へ通っていた時期も苦ではありませんでした。 ー実際に小海町で仕事をして、変化したことはありますか? 自分の仕事の意味や手応えをはっきりと感じられたことですね。東京勤務だと出張しても担当地域への滞在時間はわずかでしたが、移住したことで現地で自ら動くようになりました。結果的に、地域でのつながりと情報量が飛躍的に増えました。 「絶対に戻らない」と決めていたUターン移住への気持ちの傾き ー長野県出身の小松さんですが、元々Uターン移住は考えていたのですか? いえ、東京の大学に通っていたときは「絶対に戻らない」と決めていました(笑)。今思うと不思議ですね。 ー今とは真逆の考えだったんですね(笑)。何をきっかけに心境が変わっていったのですか? 大学の友人のおかげですね。大学の夏休みで私が実家へ帰っていたとき、それを見た東京出身の友人が「戻れる長野があっていいな」と言ったんです。私にとって田舎があることは当たり前ですが、友人にはなく、羨ましいとすら思うものなんだ、と。価値観の違いに驚きましたし、見方がガラリと変わりました。 ーなるほど。実家が農家だそうですが、Uターン移住を意識してから家業を継ぐことは考えていたのですか? こちらも最初は考えていませんでしたが、弟の大学受験がきっかけで、実家の農家を継ぐことを決めました。弟が医学部志望ということを知って、無理に農業への道を進ませるのは違うかな、と思ったんです。私自身も、いつか長野に戻ることは決めていたので、「私が継いでもいいかな」と考え始めてからは、最初は乗り気ではなかった農業に対して前向きになっていきましたね。 ーそこまでUターン移住への気持ちが固まりながらも、東京の企業に就職した理由は何ですか? まずは東京で様々なな経験を積み、地域に必要とされる人材になりたかったからです。さとゆめで学生インターンをしていた際、農村や漁村でのコンサルティングに携わることがありました。とても楽しく、かつこの経験は将来必ず生かしたいと思ったんです。私は身体が丈夫ではないので、「農家の後継ぎには相応しくないのでは」と悩んでいた中、地元に貢献できるイメージが湧いたためそのまま就職しました。 地域活動への積極参加で得られたつながりと安心感 ー何がきっかけで小海町へ移住することになったのですか? そろそろ長野に帰りたいと思った頃、ちょうど小海町でのプロジェクト立ち上げが決まりました。会社にはいつか長野に帰りたいという希望をすでに伝えていたので、会社も応援してくれ、地域おこし企業人制度の活用を検討してくれました。その時に制度を初めて知ったのですが、ありがたいタイミングでしたね。 ー実際に移住してみていかがでしたか? 生活が安定して、かつグッと濃くなりました。東京では、繁忙期は終電近くまで働く日もあり、休日は家に引きこもるか外出するか、そんな生活であっという間に時間が過ぎていたんです。しかし、小海町に来てから、仕事以外にもお祭りやビアガーデンなど地域の活動に積極的に参加することで、地域の一員として受け入れてもらう機会が増えました。それが、私自身の安心感にも繋がったと思います。 ー大きくライフスタイルが変わったのが伝わってきます。 はい。また、シーズンによっては、地元の女性が経営するトマト農家へお手伝いにも行きましたよ。日曜日の午前中、3年間通いました。 ーついに農業にも関わり始めたんですね! 家業を継ぐ時の役に立ったら、と思って手伝い始めたんです。そのトマト農家はIT農業をおこなっていて、私の実家とは異なる業態でした。非常に勉強になりましたし、「農業意外と楽しいじゃん!」と思うようになりましたね。 「これまでの経験を活かすために地方へ行く」という考え方 ー現在は地元の佐久市に戻られていますが、3年間過ごされた小海町の魅力を教えてください! 松原湖、白駒の池のような自然はもちろん魅力なのですが、個人的には民族文化、特にお祭りや食は魅力的だと思っています。親沢諏訪神社の春のお祭りには人形浄瑠璃の『三番叟(さんばそう)』があり、200年以上前から伝わっているそうです。 ー住んだからこそわかる魅力ですね。では、現在移住を考えている方にぜひメッセージをお願いします。 移住をするときに気になるポイントとして、仕事や人間関係への不安を挙げられる方が多いと思います。最近は少しずつ地方でも若い人の活躍が見られますが、若い力はまだまだ不足していて、思った以上に活躍できる場があると思っています。2拠点居住やテレワークも進み、東京でできることは地方でもできるようになってきました。地域おこし企業人の制度なども含めて、「これまでの経験を活かして地方に行く」という選択肢を持ってもおもしろいんじゃないかな、と思います。 ーこれからは地方が活躍の場になる、ということですね。人間関係の築き方についてはどう考えていますか? どの地方にも、しきたりや特有のコミュニケーションは正直あると思います。それでも移住先に関わりたいと思うのなら、地域のイベントなどに足を運んでみてください。地域の人たちのことを理解できる貴重な機会ですから。 ーありがとうございます。小松さんなら、移住検討者のどんな相談に乗れますか? 小海町やその近隣のエリアについては案内ができます。その他だと、農業や伝統文化についての紹介ができると思います。地域らしさが一番見える部分で、かつ私の得意分野でもありますので。 ▼flatoはこちらからアクセス https://flato.jp/ インタビュー、文:ぱーこ 編集:西本友

【埼玉県秩父郡横瀬町】橋本未来さんが体現する「地方での仕事のつくり方」 #移住者に聞いてみた

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今回の移住者に聞いてみたでは、埼玉県秩父郡横瀬町在住の橋本未来(はしもとみらい)さん(Twitter)にお話を伺いました。 かねてより夫婦で検討していた移住。橋本さんはコロナによるパートナーのリモートワーク化を追い風にして実現しました。そのお話には移住先で移住者だからこそできることを、実践し続けるための秘訣が詰まっていました。 地域課題への積極的な提案 ー現在の仕事について教えてください。 複業型のフリーランスとして、動画&WEB制作・移住コーディネーター・古民家再生の3つの仕事をしています。古民家再生や動画&WEB制作は夫も一緒にやっています。 ーどれも移住前からやっていたものですか? いいえ、動画制作以外は移住してからはじめました。特に、移住コーディネーターの仕事は、私が町に提案して始めた仕事です。 ーどういう経緯で提案されたのか気になりました。 実は移住した時には、町にお試し移住ハウスや他の市区町村のような移住担当窓口がなく、不安を感じたこともありました。そこで、「実際に移住した立場だからこそ貢献できることがあるのではないか?」と考え、移住コーディーネーターの仕事を提案したのです。 街の歴史をつなぐ古民家再生 ー同じ悩みを抱く方の力になれますね!古民家再生はどうして始めたのですか? 一言で表すと「ご縁」ですね。移住先を検討しているときに地方の空き家問題を目の当たりにしたものの、正直に言うと古民家にあまり興味はありませんでした。 ーそれでも再生に関わることになった決め手を伺いたいです。 ある時、築100年の古民家を借りている人と話す機会があり、何か活用できないかと仰っていたんですよ。その物件の所有者さんとも会って、「その古民家がかつて町民にとって思い入れのある場だった」ことを知りました。そこで、古民家の現況をなるべく残して利活用できればと思い、私たちも再生に携わることにしました。 ー確実に想いを受け継げる手段だったのですね。では、お住まいの横瀬町の魅力を教えてください。 自然が多いのに東京への利便性が高く、チャレンジしやすい環境であることです。池袋駅から電車で80分の距離にあり、町が8,000人規模とコンパクトなので、行政の対応も柔軟です。また、官民連携での起業支援が盛んなので、プレゼン審査によって採択されると町からのバックアップを受けることもできます。東京に住んでいて自然に溢れる環境で何かやりたいことがある人には、うってつけの環境です。 慣れ親しんだ環境に戻るための移住 ーいつ頃から東京からの移住を考えはじめましたか? 夫と同居を始めた2018年秋頃です。私が1人暮らしをしていたマンションに2人で住んでいて、想像に難くない?と思いますがすごく狭かったんですよ。 ー想像がつきますね…。 それからすぐに都内で家探しを始めましたが、どこも家賃が高い上に、窓から見える景色に自然はなく、ビルばかり。そのうち、「こんな場所で高い家賃を払うくらいだったら、ライフスタイルから見直した方が良いんじゃない?」と夫婦で話し合うようになりました。私は山口県、夫は徳島県生まれとお互い地方出身だったこともあり、「慣れ親しんだ自然の多い環境に戻りたい」とどこかで思っていたのかも知れません。 ーどのような条件で移住先を探しましたか? 大きく2つありました。1つは、東京へ通える距離にあること。夫の会社には通勤可能範囲規定があるので、その範囲をくまなく探すことにしました。もう1つは、自然が多いことでした。川辺でのアウトドアに憧れていたので川に遊びに行ける距離にあり、そして夫婦でサイクリングが趣味なので、自転車で回れるスポットが多いところを探していました。 ー実際に移住先として、どこが候補に挙がっていましたか? 埼玉県秩父市以外には、千葉県南房総市・神奈川県相模原市・茨城県土浦市などがあり、実際に夫婦で足を運んで見て回りました。 ーたくさんの候補がある中で、秩父に決めた理由を教えてください。 山並みの美しさですね。秩父連山など360度山に囲まれていて、特にそそり立つ武甲山が気に入りました。「毎日この景色を見ることができたらなんて幸せだろう」と思いましたし、他のどの候補地を訪れても、秩父の景色が頭から離れなかったんです。 ー最後は自然が決め手だったんですね。ちなみに、横瀬町のことは以前から知っていたのですか? いえ、横瀬町の存在を知ったのは秩父移住を決める直前ですね。秩父市の隣に位置し、東京寄りでアクセスも悪くないという理由で決定しましたね。 移住前の不安を払拭するお手伝いを ー実際に移住して変化したことはありましたか? 東京ではできなかった生活を満喫できていますね。たとえば、窓から外を眺めるだけで四季の移り変わりを肌で感じられるようになったり、お昼に家の庭でランチやBBQを楽しんだりしています。また、東京では飛ばすことが難しいドローンも練習できる環境が近くにあります。夫が移住後にチャレンジしたドローンは、今ではなんと仕事の1つにしているんですよ。 ー驚きの変化ですね!一方、何か困ったことはありましたか? 車を持たずに移住したのですが、活動範囲や買い物の量が限られてかなり不便に感じました。なので、移住後にまず買ったのが車です。また、家にエアコンがなく夏の夜は暑くて寝れない日々が続きました。横瀬町は東京で暮らしていた場所から100kmもない距離にあったので、東京で大丈夫なことは横瀬町でも大丈夫だろうと考えてました。しかし、盆地の横瀬町の夏の夜はエアコンなしだと耐えることができず…事前に現地の方から聞いていればと悔やみましたね。 ー今の移住コーディネーターの仕事にもつながる経験ですね。現在移住を考えている方にメッセージをお願いします。 私たちは都会での共働き生活から地方で夫婦一緒に仕事をするようになりました。そんな働き方やライフスタイルの変化が誰かの参考になれば幸いです。でも、ブームになりつつある地方移住も、生き方や働き方の選択肢のひとつでしかありません。時間をかけてでも、自分らしい生活が送れる地域を見つけるのが大事だと感じてます。 ーありがとうございます。橋本さんなら移住検討者のどんな相談に乗ることができますか? 移住に向けた情報収集の方法はもちろん、私自身移住先探しに時間をかけたので、安価に効率よく回る方法もお伝えできます。他には、最近横瀬町以外の地方の地域とコネクションができて、私たちの関係地域も増えました。横瀬町だけでなく、全国各地の関係地域のことも情報共有できるかと思います。 ▼橋本未来さんへの移住相談はこちらから https://flato.jp/users/306/profile ▼flatoはこちらからアクセス https://flato.jp/ インタビュー、文:ぱーこ 編集:角田尭史

【イベントレポート】地域の暮らしを相談できる座談会

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新型コロナウイルス感染症の流行が続く一方、地方移住が注目を集めています。長野県佐久市では、地方移住を検討している方向けのサービス「リモート市役所」が始まりました。移住希望者は、オンライン上で情報収集や相談などが気軽にできるそう。今後、各自治体の取り組みに期待が高まります。 佐久市の取り組みのように「地方移住のあれこれを聞きたい!」という方に向けて、今回はオンラインイベント「地域の暮らしを相談できる座談会」を2021年1月27日に開催しました。 毎度おなじみ、はじまり商店街の柴田大輔とFromTo代表の宮城の2人で座談会形式で実施。地域の仕事や移住トラブルなど、参加者の地方移住に関する不安や悩みを解消していきました。 地域のリアルな内情を知るには イベント冒頭から参加者からの質問やコメントが飛び交い、参加者とのコミュニケーションも活発に行われる会となりました。それらをダイジェスト版でお届けします。 ー寒がりなので暖かい沖縄に住みたいのですが、実際の住み心地が知りたいです。 柴田「ここは沖縄出身の宮城さんに答えてもらいましょう」 宮城「はい。沖縄は車社会のため、中心部の那覇市以外は車がないと生活が不便だと思います。海の近くで暮らすのであれば、車は必須。また、沖縄以外の暖かな地域で車を持たずに生活するなら、人口20万人以上の地方都市が理想的かもしれません」 ー移住先候補の山梨は、空き物件がほとんどなくて困っています。 山梨在住の参加者「山梨への移住希望者は年々増えています。実際、空き家の多くが埋まり、いい物件もほぼなくなっていますね。山間部やへき地には何軒かあるようですが、アクセスの悪さが懸念材料でしょう」 宮城「山梨の中山間地域は、空き家活用に対する積極的な支援をしています。インターネット上に掲載されていない情報を持つ住民もいますから、そのような方と交流する機会を作れれば耳寄りな情報が手に入るかもしれません」 ー地方移住したいけど、都会出身だからと移住先で差別されないか心配です。 柴田「これは難しい問題ですね。地域によるのではないかと思いますが…宮城さんはどう考えますか?」 宮城「そうですね、『二段階移住』をすればその不安は薄れると感じました。いきなり小さい街に移住するのはハードルが高いので、まず周辺の地方都市に移住し、そこから通いつつ検討してみるのがおすすめ。そうすることで移住したい地域との相性を知ることができ、移住をするべきかどうかをじっくり考えられます。また、二段階移住によって、地域の方からも『引っ越し感覚で来た人』と認識してもらえるのではないでしょうか」 地域の仕事に携わるための方法 ー地方都市に住みながら、地域の仕事に携わる方法を教えてください。 宮城「まずは、flatoで相談してみてはいかがでしょうか。地域のまちづくりに携わる方々が多く登録しているため、情報収集がしやすいと思います。また、『ふるさと兼業』や多拠点居住サービスの利用者に相談するのもいいかもしれませんね」 ー地方の仕事に興味がありますが、就職先を地方にするのは少し抵抗があって悩んでいます。 柴田「いきなり地方に行くよりも、まずは都心周辺で働くのをおすすめします。一度働いてみて感じることもあるでしょうから、環境は徐々に変えていっていいでしょう。パートナーがいる場合は相手の了承が必要になるため、なおさら焦らずにいくべきかと」 ーテレワークに加えて、人と直接関わる介護の仕事にも興味があるのですが、どちらも実現できる働き方はありますか? 宮城「介護プラットフォームを作っている企業で働くのもいいかもしれません。サービス改善のために、介護福祉士でなくても現場に携わることもあるので、両方のいいとこ取りができるはずですよ」 移住後に地域の仕事を得るためのポイント ー移住後、市から移住・定住関連事業への協力依頼を受けました。 柴田「その事業の話はどういった経緯でもらったのか、気になりますね」 参加者「県のイベントに積極的に参加した結果、市の職員さんと仲良くなったのがきっかけです。ただ、その仕事だけでは安定した生活ができないため、パラレルワークで収入バランスを保っています」 ー地元にUターン後、パラレルキャリアでまちづくりに携わることになりました。 宮城「そうなんですね。東京と地方の行政の関係性が強まるとまちづくりが行いやすいため、行政のイベントなどに頻繁に参加するのがいいでしょう。実際に、行政の方から話を聞くと、参加者に対して仕事の依頼をしているそうですよ」 柴田「地域のコミュニティサロンや個人事業主のグループなどに参加して、交流を深めてみるのもおすすめです。そこから新しい仕事が生まれたり、協力してくれる仲間が見つかったりするかもしれません。flatoでは移住に関する質問や相談が気軽にできるので、これを機に使ってみてほしいですね」 今回のイベントを通して、「私も移住相談してみたい!」と思った方もいるのではないでしょうか。 当社サービス『flato』には、移住について気軽に聞ける「質問箱」があります。質問箱から移住の先輩に相談して、不安や悩みをスッキリと解消してみませんか。 文、グラフィックレコーディング:島内未来 編集:西本友

30歳で地元に戻った滋賀県長浜市在住 山瀬鷹衡さんが語る「Uターン移住の魅力」 #移住者に聞いてみた

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 今回の「移住者に聞いてみた」では、滋賀県長浜市在住の山瀬鷹衡(やませたかひで)さん (Twitter)にお話を伺いました。 大阪の広告代理店に勤務していた山瀬さんは、「30歳になったら地元に戻る」という人生計画のもとUターン移住を実行。ゆるぎない人生計画を持つ理由や、Uターン移住で感じた長浜の魅力などを語ってくれました。 地元を盛り上げるカギは「面白さ」 ー現在の仕事について教えてください。 フリーランスとして、主に企画デザインやメディア運営などをおこなっています。過去には、鹿や猪などの肉を扱う飲食店を長浜市に集め、「ジビエ・ワン・グランプリ」を開催しました。他にも、春にはマルシェ、夏には100m流しそうめんなどのイベントを企画・実施したこともありましたね。 ー面白そうなイベントばかりですね! ほかにも農家としての活動、名付けて「ライスイズコメディー」も面白いですよ。農業には「儲からない、汚い、大変」というイメージをもたれることが多いのですが、そんなネガティブな印象をポジティブに変えれば、多くの人が関心を持ってくれると始めた活動です。例えば、屋台が街に突然出没しお米を炊いて振る舞う「ゲリラ炊飯」や、お米に映画を見せながら育てる栽培法など。そういった活動を通じて、魚沼産コシヒカリに匹敵するお米の美味しさ、農業の知られていない魅力などを新しい形で伝えていきたいと思っています。 ー日々楽しんでいる様子が伺えます!長浜市の魅力を教えてください。 のどかな環境ですね。都会のような喧噪がなく、落ち着いた生活ができます。また、気分を変えたいときは、気軽に都心へ遊びに行くこともできます。新幹線を使えば東京まで3時間弱、大阪まで2時間ほどで着けるなど、アクセスも良い場所です。 友人との再会を機に決めた「地元での起業」 ー高校卒業後に地元を離れたそうですが、どんな道に進んだのですか? 「漫画家になりたい」という夢を叶えるべく、漫画について学べる大阪芸術大学に進学しました。卒業後も漫画家への道を諦めきれなかったため、助手として大学に勤務しながら漫画を描いていましたね。 ーそこから広告代理店に転職したのはどういう理由からですか? マンガを描くうちに、「絵を描くよりもストーリーを作るのが好きだ」と気付いたからです。そこから、ライティングの面白さに徐々にハマっていき、広告代理店への就職を決めました。結果、漫画家ではない別の形で「人の思いを伝える」という夢を叶えられたたと思います。入社後は、ライティングやデザイン、編集業務を経て自社メディアを運用していました。 ー今の活動につながるお話ですね。今度は地域おこし協力隊に。それはどういうきっかけからですか? ある時、Uターン移住した同級生と久々に会ったんですよ。お互い、大好きな地元を盛り上げたいという想いを持っており、地元での起業を目指すことにしました。 その後、滋賀と大阪の二拠点で生活しながらビジネスプランを練っていたとき、地域おこし協力隊の募集を見つけました。広告代理店時代に培ったライティングやデザインスキルを活かして、湖北地域の魅力が発信できるメディアの立ち上げを提案し、採用が決まりましたね。 人生計画に沿って決めたUターン移住 ー地域住民との交流で工夫していることは何ですか? 「飲みニケーション」ですね。特に、個人事業主が集まる飲み会は、仕事や人を紹介してもらえる機会なので積極的に参加しています。ただ、夜9時には飲食店が集まる場所からの終電を気にしないといけなかったりするので、外飲みの回数が減るのは少し残念ですね(笑)。 ー田舎あるあるですね…。長浜市にUターン移住した理由は何ですか? 実は、「30歳になったら地元に戻る」と決めていたんですよ。30歳で結婚し、地元で家族と暮らしながら両親の面倒を見るという計画を立てていました。他の選択肢を考えないほど、育った環境への想いが強かったんです。 ー計画どおりに進んだのですか? はい。30歳を迎えて計画通り、当時付き合っていた彼女と一緒に長浜へ移住して結婚しました。移住をすぐに受け入れてくれた妻は仕事をやめ、現在は専業主婦をしながら私の仕事を手伝ってくれています。 ー奥様も賛同してくれていたのですね。Uターン移住にあたって不安はありましたか? ありませんでした。やっと地元に戻れる喜びでいっぱいでした。「住まいは実家」と決まっていましたし、仕事を事前に確保できていたことも理由だと考えています。 長浜は個人事業主が集まるまち ー「まずは実践」ですね!実際に、移住してみて何に驚きましたか?  個人事業主の人数の多さです。コワーキングスペースなど、テレワークに適した施設が十分に普及しているわけではないにもかかわらず、個人事業主として活動している人が多いように感じています。長浜には、需要はあっても供給が追いついていない仕事がたくさんあるため、IT系の仕事ができる個人事業主の方が活躍しやすい環境ですね。 ―ありがとうございます。最後に、移住を検討する方から、どんなことを相談してほしいですか? 移住後の仕事について相談に乗れると思いますね。「移住後にどのような仕事を展開していったか」を話したり、滋賀で仕事をする際に力になれそうな人を紹介したりもできます。また、住まいを探している方に不動産業をしている仕事仲間を紹介することもできますよ。 滋賀県、そして長浜市に少しでも興味をもってくれた方は、ぜひ一度遊びに来てくれたら嬉しいです。 ▼山瀬鷹衡さんへの移住相談はこちらから https://flato.jp/users/150/profile ▼flatoはこちらからアクセス https://flato.jp/ 文:島内未来 インタビュー、編集:西本友

静岡県三島市在住 山森達也さんの「生き方を変えた余白」 #移住者に聞いてみた

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今回の移住者に聞いてみたでは、静岡県三島市在住の山森達也(やまもりたつや)さんにお話を伺いました。 自宅の売却に伴い、急な移住をすることになった山森さん。縁のなかった三島への移住の裏には、驚くべき発想の転換がありました。 1年中アウトドアに出かけられるまち・三島 ー現在の仕事について教えてください。 都内の会社で、企業研修やワークショップにおけるファシリテーションの仕事をしています。この仕事に就いてから7年が経ち、三島に移住してからも続けています。コロナの影響で現在はリモートワークですが、出社が必要なときでも新幹線で50分で行けるので便利ですね。 ー仕事以外では何か活動をされていますか? 高校生のキャリア教育支援や『特定非営利法人みしまびと』の活動に携わっています。みしまびとで運営している『みしま未来研究所』は幼稚園をリノベーションした施設で、コワーキングスペースにカフェや多目的スペースが併設する「地域の交流の場」として機能しています。 ー現在お住まいの三島の魅力を教えてください。 伊豆や沼津など、アウトドアが楽しめる場所に通いやすいことです。それぞれ三島からおよそ1時間半以内で行ける場所にあり、1年中アウトドアやアクティビティを楽しめますよ。 ーアウトドア好きにはたまらない立地ですね!他にも魅力的なポイントはありますか? オープンな人が多いことでしょうか。地方というと、地元のコミュニティに入れるか心配される人もいるかと思いますが、三島でそういったことをあまり感じません。三島は古くからの宿場町で交通の要所であったことや、東京からのアクセスが良いこともあってか、長く三島に住んでいる人と移住者との間に隔たりがなく近い距離で接しています。 「満員電車が嫌なら新幹線がある」という発想の転換 ー都内ではどんなところに住んでいましたか? 品川区にあるマンションに7年ほど住んでいました。庭が付いていて、とても気に入っていたマンションです。 ー素敵なお部屋だったんですね!なぜそのマンションから離れたのですか? マンションを売ることになりまして。それが思いのほか早く売れてしまい、急いで引越しを考えなくてはならなくなったんです。 ーすぐに地方移住を考えたのですか? いえ、最初は都内での引越しを考えていました。趣味のアウトドアグッズが多く、1LDK以上の広さが必要だと発覚したので、条件に合う物件を都内で探したものの家賃が高くて決め切れず。そうしているうちに、都内で高い家賃を払うのはもったいないと感じ、かつ「多少通勤時間がかかっても、好きなウィンドサーフィンが気軽にできるエリアに住みたい」と思ったので、鎌倉や千葉を移住先の候補にしました。 ー移住先の候補が複数あるなかで、重視した条件を教えてください。 出勤時に満員電車を避けられることです。都内に住んでいた頃は通勤ラッシュと反対方面の電車で、満員電車とは無縁だったのですが、候補地はいずれも満員電車が予想される場所でした。「満員電車だけは避けたい」と考えるうちに新幹線通勤を思いつき、そこから小田原や熱海、三島が候補に入ってきたんです。 ーすごい発想の転換ですね!その中から三島を選んだ理由はなんですか? コンパクトで、かつ移住者が地域に関わることができる余白がある、と感じたからです。私は京都出身で、伝統やしきたりを重んじる地域で育ったのですが、京都には移住してきた人が地域に関われる部分は多くないと感じています。せっかく住むなら、関わりしろのあるエリアに住みたいと思い、そう感じたのが三島を選んだ決め手でした。 「ちょっとお試しで住んでみる」くらいでちょうどいい ー実際に三島に移住してみて、いかがでしたか? つながりゼロの状態で移住したこともあり、最初の2週間はとにかく辛かったです。移住前はさほど不安を感じていなかったのですが、夜に東京から三島へ戻ると家のあたりは静まり返っていて孤独を感じましたね。そこで、イベントや人が集まる場所に積極的に顔を出し、つながりが増えたことで次第に辛さは解消されました。 ー1年半が経過して、変化を感じたことがあれば教えてください。 良い意味でガツガツ感がなくなったように感じています。都内に住んでいた頃は、「今日は、昨日よりも前進していなければならない」という強い不安と焦りの中で生きていました。ですが、三島でゆったりと過ごす時間が増えたことでやりたいことへの気持ちがどんどん膨らみ、「何のために成長するのか」などを考える余白が持てるようになりました。 ー今、移住を検討している人に伝えたいことはありますか? 「移住は永住とは違う」ということです。一度移住したら、ずっと住まなくてはいけないと思ってしまいがちですが、未来のことは誰にもわかりません。もし移住に興味があるのなら「ちょっとお試しで住んでみる」くらいの気持ちで、まずは移住を体験してみることをおすすめしたいですね。三島の場合、東京から近いので、もし合わなければ東京へ戻ることもできますから。 ー最後に、移住を検討している方のどのような相談に乗れるか教えてください。 移住先でのつながりの作り方や、三島エリアでの遊び方は任せてください!特につながりについては、私自身も辛い思いをした分、移住者が取り残されないようなサポートをしていきたいと考えています。 ▼山森達也さんへの移住相談はこちらから https://flato.jp/users/284/profile ▼flatoはこちらからアクセス https://flato.jp/ インタビュー、文:ぱーこ 編集:西本友