#移住者に聞いてみた 沖縄県うるま市在住 西貝瑶子さんの、自らの心を委ねた地方移住

今回のflatoの移住者インタビューでは、沖縄県うるま市在住の西貝瑶子(にしがいようこ)さん(TwitterInstagram)にお話を伺いました。

まちづくりに関わりたい想いを心に留め、社会経験を積むために都内の企業に入社した西貝さん。仕事への違和感やシェアハウスの解散をきっかけに、移住先にうるま市を選んだ決定的なポイントと、そこまでの過程を語ってくれました。

うるま市の魅力は、「これから面白くなる」余白

ー現在の仕事について教えてください。

一般社団法人プロモーションうるまの契約社員として、うるま市の主に「島しょ地域」の事業を促進する活動に取り組んでいます。最近では、島に拠点を持つ人や島民の創業支援に携わっています。また、ワーケーションのモニターツアーの企画・開催や、「LivingAnywhere Commonsうるま」の運営もしています。

ー契約社員で、というのが特徴的ですね。

元々は業務委託としてLivingAnywhere Commonsをメイン担当で携わる予定でしたが、地域のことを知るためには他の事業にも携わって多くの人と接点を持った方がいいので、契約社員としてまちづくり事業にガッツリ関わることになったんです。

その中で、近い将来に自分でやりたいことがさらに増えたら、その時はパラレルワークをしてみたいなと思っています。

ーうるま市のお気に入りポイントを教えてください。

今私が住んでいる島も含む「島しょ地域」が好きですね。地域全体が美ら海に囲まれているので、朝日や夕日が間近で見られて最高です。
また、うるま市がある本島の東海岸側は、西海岸側のような大きなリゾート開発はされておらず、集落には古民家や路地など昔ながらの風景が残っています。 島だからこその島宝がたくさんあり、これからさらに面白くなっていきそうな予感や可能性があって、ワクワクするような場所なんです。

ちなみに、本島と海中道路でつながっているので、不便さも感じません。

まちづくりへの想いを秘めて都内の企業に入社

ーまちづくりへの想いが強くなったきっかけは何ですか?

大学時代に国際学部で学んでいたことが関係しています。グローバル化におけるの様々な問題、特に「大量生産大量消費な資本主義社会」、「なくならない格差構造など」について学ぶ中で「ローカリゼーション」というものに出逢いました。もっとシンプルにローカルで経済を回しながら、コミュニティーで助け合い、そして自立していくことこそが本質的な豊かさにつながるのかもと思ったんです。

それまで海外に目が向いていた中で、「そういえば、自分が住む日本におけるローカルはどうなっているんだろうか」と疑問に思ったことをきっかけに、運命的に出逢った静岡県熱海市のまちづくり会社でインターンをしたことが1番のきっかけとなりました。まちづくり事業に約1年間携わる中で地域の魅力に惹かれ、インターンでの経験は自分にとって大きな礎となっており、大学卒業後は熱海での就職を考えていたほどです。

ー今の西貝さんを形成している大きなきっかけになっているのですね。それでも、東京の企業に就職した理由を教えていただけますか?

インターン生として活動する中で、今の自分には「知識・経験・人脈」が必要だと痛感していたんです。なので、「まずは外で少しでもスキルをつけてから貢献したい」と思い、東京の企業への入社を決めました。

ー将来を見据えた決断だったのですね!その前職での仕事について教えてください。

前職では、約4年間で3部署を経験しました。最初の1年半は不動産広告のポータルサイトの営業、2年目の後半からの約1年半は地方創生推進部で全国版空き家バンクサイトの営業や、イベントの企画・運営や空き家の利活用の企画などに携わりました。そして最後の1年と少しは、本社に併設しているコワーキングスペースの事業責任者兼コミュニティマネージャーとして働いていました。

ー入社2年目で地域に関する仕事に配属されたんですね。

そうです。新設の部署で即戦力として期待されていた中で、まだ2〜3年目の私には力が足りていませんでした。分からないことだらけの中で様々なことに挑戦させていただいたのですが、うまく行かなかったことの方が多く、失敗や挫折を沢山味わいました。今ではいい経験だと思っていますが、当時は辛かったです(笑)。

そんな中、急な異動でコワーキングスペースの担当になり、そこで私の価値観に変化が起きました。多様な働き方をする方や、様々な業界で挑戦する起業家さんが集まる環境は刺激的でしたが、「私自身がずっと東京の本社に出社し続けなきゃいけない」働き方に違和感があったんです。

移住先に新天地を選んだのは「新しい自分」への期待から

ー仕事への違和感が移住のきっかけになったのですか?

きっかけの一つなのは間違いないですが、「ずっと東京に居よう」とは元々思っていませんでしたし、熱海にも二拠点目として足繁く通っていて「また住みたい」と思っていたくらいだったので、地方移住は元々考えていました。

ー元々検討されていた中で決め手となった出来事はあったのですか?

後押しとなった「東京に住むことによる災害リスク」を実感したのが、私にとって後押しとなりました。

豊かな自然が広がる屋久島への旅行から東京に帰ってきたとき、大雨の影響で自宅が断水したんですよ。平常時の東京はとても便利だけど、有事の際の生活基盤の貧弱さを痛感し、「そろそろ東京を出よう」と本気で意識し始めました。

シェアハウスメンバーもみんな同じような考えで、「もう東京じゃないよね」など移住の話はよくしていたのですが、私含め皆の動きが思っていたよりも早くになりました(笑)。

ーリスクを目の当たりにして、危機感を覚えて行動が早まったのかもしれませんね。移住を本格検討する際、不安などはありましたか?

東京の会社を辞めることを考えると、仕事や収入面への不安は少なからずありました。しかし、それよりも「自分がどんな暮らしをしたいのか」を大切にしたので、迷いは少なかったです。
また、運良く前職の仕事が現職との接点があったため、退職の話もスムーズに進みました。

あとは、やっぱり単身かつ20代の今だからこそ、「自分の意思だけでキャリアも住む場所も思い切り選択できる」のは大きかったですね。

ー思い切って舵を切れるタイミングだったのですね。そんな中で、最終的に移住先をうるま市に決めるまでの経緯を教えてください。

前述のように、第二の故郷である熱海に戻りたいと最初は思っていました。面白いコミュニティで大好きな場所なのですが、結果としては「今じゃない」と判断したんです。今は自分だけの意思で身軽に動けるので、まだ知らない世界に身をおいて、新しい出会いや経験から「新たな自分にも出逢いたい」と考えたためです。熱海に戻るのはその後でもいいのかな、と。

ー「今」しかできない選択なのかもしれません。

そうですね。そして、うるまを選んだ理由は大きく2つあります。

1つが、うるまの美ら海に惚れたことです。たまたま仕事の一貫でうるまに来たとき、休みの日に島のとっても美しい海に入ってただただ浮かんでいると、とても癒されました。モチベーションが下がっていたときだったので、すごく海に癒されて、「やっぱり自然は偉大だな」と自然がもたらす力に感動しました。

「海の近くで暮らしたい」と言うのは、熱海に住んだ経験からずっと思っていましたが、「気候が温暖な沖縄なら長く海に入れそうだな」と。すごく単純ですが、きれいな海があって、かつできるだけ長い期間温暖な気候の土地であることが、個人的には大事でした。

そしてもう1つは、学生時代からの繋がりで、いつか何かで関わりたいなと思っていた知人がいたことです。関わってみたい仕事と人の縁が同時に訪れ、なんだか運命的なタイミングだったのかもしれません。

ーうるまに導かれたようなお話です。

あとは、沖縄は昔から好きな場所だったことも挙げられます。好きだけどまだまだ知らないことの方が多い場所。悲しい歴史も沢山あり、その延長線上で今もなお課題を沢山抱えている場所なので、「改めて平和について向き合いたい」とも思っていました。

そして、前述のとおり、うるまの島しょ地域は大きな開発のない、昔ながらの良さがまだ残っている場所。その地域の良さを紡ぎながらアップデートしていく機会に携われることが幸せですね。

と、色々と理由を挙げましたが、結局1番大事にしていたのは「直感」です。

移住に悩んだら「移住後に何をしたいか」の想像を

ー移住前後で自身に何か変化はありましたか?

こちらも大きく2つあります。

1つは、ウェルネス度合いが高まったことですかね。満員電車での通勤がなくなってストレスフリーだし、島のゆったりとした空気感や開放的な環境が心地いいですね。あと、以前は始業も終業も遅かったのですが、今はどちらも早くて早寝早起きになったし、夜に時間が増えるとなんだか余裕が出てきますね。「まだ◯時なの!?」って(笑)。

東京時代は沢山外食や飲みにいったりしていましたが、そういった機会自体が減った分、空いた時間でちゃんと自炊をしたり、三線などの新しい趣味に挑戦していたりとなんだか有意義な感じがしています。

ー充実した時間を過ごしていますね。

もう1つは、沖縄に対する想いです。やっぱり、住んでいるからこそわかること、見えることがありますね。学んでいて知っていたつもりだったけれども、それだけでは見えていなかったことに沢山出会えています。まだ移住して間もないので、知らないことの方が多く、沖縄を語るなんてことはできないのですが、悲しい歴史も含めて色々と考えさせられることが多いですね。「このタイミングでうるまに来たことは、自分にとってきっと意味があるんだろうな」という気がしています。

そして、本当の沖縄が少しずつ見えてきている気がして嬉しいです。自分にとって、既にこの場所も暮らしも大切なんだと実感しています。

ーありがとうございます。今、移住を検討している人に伝えたいことは何ですか?

仕事やお金のこと、住まいの心配などは一旦取っ払って、「移住してどんな生き方、暮らし方を実現したいのか?」とじっくりと考えてみて頂きたいですね。移住後の姿を想像すれば、「何をどのように変化させたいのか」がわかり、移住までの課題がはっきりします。

また、仕事や生活に対する悩みがはっきりしているなら一人で抱え込まず、「移住に詳しい方や移住経験者に相談する」こともオススメしたいですね。最終的に決断するのは自分ですが、移住に関する不安や悩みが少しでも軽減されれば、前向きな移住が実現できると思うので。

―最後に、移住を検討する方からのどのような相談に乗れると考えていますか?

移住までのプロセスにおけるお悩み相談ですかね。踏みとどまる理由を一緒に見つけ、そして解消できる方法を模索するお手伝いはできると思います。

あとは、地域のコミュニティに溶け込む方法とかも相談に乗れると思います。移住先で関わる地域の人と事前につながれば、地域での暮らしに役立つ情報を得ることができるので、そのあたりついてのお話しはできると思います。

▼西貝瑤子さんへの移住相談はこちらから
https://flato.jp/users/276/profile

▼flatoはこちらからアクセス
https://flato.jp/

文:島内未来
インタビュー、編集:西本友

島内未来
島内未来
秋田県出身、山形県在住の大学3年生。株式会社FromToのインターンとしてインタビュー記事やコラムを執筆中。ライティングをはじめ、得意なグラフィックレコーディングやイラストを掛け合わせた記事や作品作りで活動の幅を広げている。今後は全国のワーケーション施設を巡りながら、文字とビジュアルで地域の魅力を発信していくことが目標。
島内未来
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秋田県出身、山形県在住の大学3年生。株式会社FromToのインターンとしてインタビュー記事やコラムを執筆中。ライティングをはじめ、得意なグラフィックレコーディングやイラストを掛け合わせた記事や作品作りで活動の幅を広げている。今後は全国のワーケーション施設を巡りながら、文字とビジュアルで地域の魅力を発信していくことが目標。

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【山口県萩市】JO Mutsumiさんが当たり前の生活から移住に踏み切れた理由 #移住者に聞いてみた

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【栃木県那須町】こんどうあゆさんが辿り着いた、移住に役立つ「セルフブランディング」 #移住者に聞いてみた

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今回の移住者に聞いてみたでは、栃木県那須町在住のこんどうあゆさん(instagram)にお話を伺いました。 4つの肩書きを巧みに使い分け、勢力的に那須町に関わっているこんどうさん。あしかけ5年にも及ぶ入念かつ慎重な移住準備は、これから移住を考える人の参考になること間違いなしです。 移住でふえた、肩書きの数々 ー現在のお仕事について教えてください。 ヨガインストラクター、マインドスタイリスト、イベントオーガナイザー、そしてライターの4つです。このなかでも、マインドスタイリストは自分で作った肩書きで、ホロスコープを使って自分自身を見つめ直すプログラムを実施しています。 ーいずれも移住前からやっていたお仕事ですか? ヨガインストラクター、マインドスタイリストは移住する前からやっていましたね。イベントオーガナイザーについては、移住のご縁でクリエイターズユニットを新たに組んで活動しています。「マルチプルワルツ(instagram/ラジオ)」という名前です。ライターは那須の観光・移住情報メディア「NaSuMo(Web/instagram)」でやっていて、那須のいいところを発信しています。 ー素敵なかけあわせですね!お住まいの那須の魅力を教えてください。 大きく2つあり、ひとつは食への意識が高いことです。震災の影響で、那須町界隈の農産物の多くが風評被害に遭ったという背景があります。そのため、農作物の安全性についてエビデンスをしっかり取っている場所や情報が多いのと、本格的なオーガニックやヴィーガンも含め、選択肢がたくさんあるところが魅力だと感じています。 ーもうひとつはなんですか? チャレンジしやすい環境ですね!那須町界隈には、昔から開拓者が集まりやすいと耳にすることが多いです。新しいことを始める際は、応援されやすいように感じています。家賃があまり高くないことも、移住者にとってはチャレンジしやすい環境の一因かもしれません。 自分ブランドの確立 ー移住前は東京に住んでいたそうですが、移住を考え始めたきっかけはなんですか? 2015年に始まった渋谷の再開発です。オリンピックに向けて、大きく変わっていく街を見たときに「この開発は本当に必要なものだろうか」「開発の影で、退去など無理を強いられている人がどれほどいるだろうか」と思ったんです。再開発が終わる2020年には、その無理によって心の傷を抱えた人が増えるように直感的に感じました。それは想像するだけで私にとっては怖いことで、2020年までにこの街を出よう!と心に決めました。 ー街の変化から背景や今後の影響まで考えたんですね。 7年ほど大手芸能プロダクションに勤めていた時期があり、最先端の情報や時流の変化にはかなり敏感だったかもしれません。メディアなどで発信されている情報に対しても、「それって本当なの?」と疑問を持ち、根拠を求めるクセがありました。 ー実際に移住されるまで5年かかっていますが、その間はどのように過ごしていたんですか? 「こんどうあゆ」というブランドづくりをしていました。せっかく地方に行くからには、ちゃんと地域貢献できる自分でありたいし、そのためにはブランドが必要だと考えました。 ーブランドづくり!実際にどんなことをしたか教えてください。 「本来の自分に戻る」とはなにかを突き詰めていきました。当時ヨガインストラクターをしていて、よくこの言葉を耳にしたのですが、実際にはどういうことを指すのかは曖昧です。その根拠を得るために、ホロスコープの勉強をしました。あと、自分を形づくるのに欠かせない「食」にも興味を持ち、WWOOF(有機農場を核とするホストと、そこで手伝いたい・学びたいと思っている人とをつなぐサービス)を使って、農家のお手伝いへ行きましたね。ほかには、スキルを身に付けるという点で、カフェでのバイトもしていました。どこのエリアに行ってもカフェは絶対あるので、地域貢献の観点から必要なスキルだと考えました。 ーしっかりと準備を重ねていったんですね。 はい。内側からも外側からも「本来の自分に戻るためのお手伝い」ができる人が「こんどうあゆ」というブランドになりました。また、ヨガのインストラクターもオンラインで実施できるようにしたいと考え、並行して準備を進めていましたね。2020年3月にはオンラインでしっかり売り上げが立つ状態になっていました。 移住先が白紙に。急浮上した那須町という選択 ー移住候補地については、どのように探したんですか? WWOOFで訪れた土地が順に候補になっていきました。山梨や長野、沖縄県の離島などいろんな土地が候補に上がりましたし、ありがたいことに「移住しておいで!」と声をかけていただくところも多かったです。 ー現在お住まいの那須町は候補にないようですが… そうなんです!那須町には亡くなった祖母の家があり、幼少期から行く機会は多かったのですが、そこに住むことはまったく考えていませんでした。 ーそのなかで、那須町が候補に上がったのはどうしてですか? 2020年6月末に那須町でホロスコープのワークショップをしたのがきっかけですね。コロナやさまざまなことが重なって、これまで候補に上がっていた地域の多くがいつ移住できるかわからない状態になりました。那須町にも不安があるなかで向かいましたが、町の皆さんはとてもあたたかく迎え入れてくれたんです。とても嬉しかったのと同時に、ここに住むのもいいかもしれないとはじめて思いました。 ーいつ那須町への移住を決めたのですか? 7月に再訪してから移住を決めました。2020年中に移住したかったので、「そろそろ決めなくては」と思いながら那須町に向かいましたね。オーガニック農園であるきくち農園でのバイトがあっという間に決まったり、苦手意識のあった役所で移住窓口の担当者と意気投合したり、とにかくトントン拍子に話が進みました。あぁ、もうここに住むしかない!と思ったんです。 ひとりでも地方移住はできる! ー実際に移住してみて、何か変化はありましたか? 人に頼ることができるようになりましたね。東京にいた頃は、困った事態に陥っても一人で回避できる環境が整っていました。しかし、地方でそういった環境がある場所は多くありません。移住当初、ゴミの廃棄方法に困って弱音をこぼしたときに、那須町の知り合いの皆さんに助けてもらったのが転機だったように思います。 ー素敵なお話ですね。こんどうさんが移住において大事だと思うポイントはありますか? その土地や歴史に自分が沿っているかを知ること、そしてその土地をリスペクトできるかがとても重要だと私は思います。移住は非日常ではなく新しい日常をつくることですから。 ー最後に、移住を検討している人へのメッセージをお願いします。 東京でイライラして仕事をするくらいだったら、移住するという選択肢を提案したいですね!家族や夫婦で移住する人が多いという話を耳にしますが、男女問わず単身で移住することはできます。もし悩んでいる人がいたらまず私に相談してほしいです。お金も時間もかかるからこそ、失敗したくないのはみんな一緒ですから。移住を決めるまでに私もいろんな土地へ行ったので、私の体験をお話したり、合う合わないを一緒に考えたりできると思います。 ▼こんどうあゆさんへの移住相談はこちらから https://flato.jp/users/340/profile ▼flatoはこちらからアクセス https://flato.jp/ インタビュー、文:ぱーこ 編集:西本友

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【福岡県福津市】理想の子育てを実現!小関美穂さんに聞く「子育て移住計画」 #移住者に聞いてみた

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今回の移住者に聞いてみたでは、福岡県福津市在住の小関美穂(こせきみほ)さん(Twitter)にお話を伺いました。 ファミリー世代である小関さんの移住は、Uターンを希望する旦那さんがきっかけでした。子育て移住を成功させるための入念な移住計画は、ファミリーで移住を検討している人の参考になること間違いなしです。 移住を見据えたキャリア形成 ー現在のお仕事について教えてください。 株式会社allpersonalという会社で、事業の業務効率化と生産性向上を担う『Chief Productivity Officer|最高生産性責任者』としてフルリモートで勤務しています。以前はフリーランスとして関わっていましたが、現在は正社員として働いています。 ー小関さんは、メイクから人事と大きくジョブチェンジをされたと聞きました。人事の仕事はいつから始めたのですか? 2011年の春です。メイクの仕事は新社会人の時に、美容部員としてスタートしましたが、メイク関係の最後のキャリアはクリエイターのマネージャーでした。メイクアップ、ヘア、スタイリスト、フォトグラファー、ネイリストなどのクリエイターの夢をどのように叶えるかという戦略設計を二人三脚で取り組み、人が成長する姿を間近で見たとき、人事の仕事に興味を持ったんです。 ーメイクの仕事からどのようにキャリアを積んだのですか? 1つ目の会社には派遣社員として入社。最初に雇用形態にこだわらなかったことで、人事経験を順調に積むことができたと思っています。2021年2月からフリーランスとして業務委託を請け負ってましたが、現在の会社には移住のことも伝えたうえで、社員として入社しました。 ーフリーランスに転向したあと、すぐ正社員に戻ったのはなぜですか? 正社員になった理由はいくつかあります。一番大きな理由は、自分が地域でやりたいと思ったことと、誘っていただいた会社でやれることがシンクロすると感じたことです。 ほかにも、フルリモートで仕事ができたり、子どもが今年4月から入園し仕事の時間を確保できたこと。注文住宅を契約し、住宅ローンを組むためには正社員が有利だと思ったこと、などです。   十分な準備と思い切りで実現した移住 ー移住を検討し始めたきっかけを教えてください。 2018年頃、夫が実家のある福岡県福津市へのUターンを希望したことがきっかけです。移住前は千葉に住んでいました。子育ては自然の中でしたいという考えがあり、私自身が福岡に2年間住んだ経験から、また住みたいという気持ちも強かったですね。 ー移住への準備はいつから、どんなことをされていたのですか? 夫がUターン希望を伝えたタイミングから準備を始めました。移住を実現するために身に着けるべきスキルは何か、職種的な市場はどうかなど、人を紹介いただいて色んなお話を伺いました。その中で仕事や住む場所について調べたり、引越しの時期や費用、子供の入園に伴う手続きなどを徹底的に調べたり。どうすればコストを低く抑えられるかを考え、着々と準備していました。 ー実際に移住をするにあたって、不安なことはありましたか? 関東と比較した情報格差、教育格差、希望のタイミングで保育園に入れるかが気になってはいました。現在ではオンライン化が進んだこともあり、さほど問題ないと感じています。色々検討しましたが、最後は思い切りで移住に踏み切れたところもありました。 ー移住する際に家を買うことは決めていたのですか? いえ、移住前は賃貸か建売住宅にするか悩んでいました。夫婦でフルリモートワークのため、各自の個室があることが必須の条件だったんです。納得できる物件はなかなか見つかりませんでしたが、ご縁が重なり、年内に注文住宅が建つ運びとなりました。 ー理想の生活のためには、注文住宅が最適だったということですね。 はい。建売住宅をいくつか見学するなかで、気に入った工務店と分譲地に出会いました。関東では考えられない広さと価格の家だったので、思い切って購入しました。 理想の子育てができる福津市 ー福津市に住みたいと思った理由はなんですか? 理想の子育てを実践したいと思ったからです。子どもには、自立した人に育ってほしいと思っています。自立できる人は「挑戦できる人」だと考えていて、挑戦するためには自己肯定感が必要です。福津市では、福津市では、学校運営に地域が参加するコミュニティスクールや、地域自治の仕組みの「郷づくり」など多世代の人と触れあえる環境があります。多様性を認め合える環境で自分を確立できたら、揺るぎない自己肯定感が育つのではないかと思いました。 ー福津市が自分の理想の子育てができる場所だとわかったのですね。 そうですね。また、福津市は海上貿易と塩田で繁栄した街なので、よそ者を受け入れる文化があります。転入者がどんどん増えていて、30〜40代のファミリー世代が多いという土壌も、子育てにとってメリットだと思いました。 ー福津市の魅力を教えてください。 山や海といった豊かな自然が全部揃う環境と、博多まで30分という立地の良さです。ウミガメが産卵するほど綺麗な水質の海があり、22kmにも及ぶ海岸線の景色に魅せられて移住する方もいると聞きました。遠浅の海で、条件が揃えばウユニ塩湖のような『かがみのうみ』を見ることもできます。ほかにも、漁港では新鮮な魚が手に入り、野菜も地産地消でおいしく頂けます。広い家に住むことができるのも魅力ですね。 少しずつ調べれば移住の不安は解消される ー実際に移住してみて気づいたことはありますか? 毎日海や山を見れるので、落ち着いて過ごせることですね。子どものお迎えに行ったときに、夕日がきれいだなと思ったら浜に行ける距離に住めるのは贅沢だと思います。また、私も夫も仕事がフルリモートで通勤時間がないため、家族の時間をしっかり取れるようになりました。 ーありがとうございます。移住を検討している人へのメッセージをお願いします。 リモートワークが増えている世の中で、都会に住む理由がなくなってきた方も多いのではと思います。自分の幸せを追求して移住をすると、生活の質が大幅に向上すると感じています。移住を検討している方は、自治体が展開する移住支援のサービスを調べてみてはいかがでしょうか?子どもがいる家庭でいきなりの移住は難しいですが、少しずつ調査すれば必ず乗り越えられると思います。 ー最後に、小関さんなら移住検討者のどのような相談に乗れますか? 移住者とのつながりが多くあるので、私が架け橋となることができます。また、キャリアコンサルタントの資格と経験を活かして、転職などで悩んでいる方の力にもなれると思います。   ▼小関美穂さんへの移住相談はこちらから https://flato.jp/users/347/profile ▼flatoはこちらからアクセス https://flato.jp/ インタビュー:ぱーこ 文:矢井田千秋 編集:西本友

【山口県萩市】JO Mutsumiさんが当たり前の生活から移住に踏み切れた理由 #移住者に聞いてみた

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今回の移住者に聞いてみたでは、山口県萩市在住のJO Mutsumiさん(facebook)にお話を伺いました。 東京での生活に慣れ、自分の生活を見つめ直したJO Mutsumiさん。移住に踏み切れた背景には、ある理由がありました。今持っているスキルを活かし、地方でチャレンジングな生活を送りたい人の参考になること間違いなしです。 「日常」を自分視点で発信する ー現在のお仕事について教えてください。 地域おこし協力隊として、萩に住む人の日常の暮らしを取材して動画で発信しています。移住前は、東京で映像系のフリーランスとして活動していました。今も継続してリモートワークで動画編集をしています。 ーどんな映像を発信されているのですか? 萩市の日常の景色を発信しています。トマト農家の暮らしを取材したとき、土を耕すシーンがかっこよく見えたので、その場面を1本の動画として発信しました。その動画はとても反応が良かったんです。それ以降、僕の視点でいいと思ったものを発信していますね。 ー映像の仕事はいつからされていたのですか? 2018年の夏頃からです。同年に山口県の大学を卒業し、東京にある「100BANCH」で映像に携わる活動をしていました。そのときは、仕事というよりの趣味の感覚で、自分が見ている何気ない日常をSNSで発信していましたね。自分が作った作品に賛同してくれる人が増えて、結果的に好きな動画制作を仕事にすることができました。 (※100BANCHは、常識にとらわれない野心的な若者達が「つくりたい未来」「100年先を豊かにする未来」をミッションに活動する渋谷の拠点) ー好きが仕事になったのですね。JOさんの日常である萩市の魅力を教えてください。 面白い人がたくさん集まっていることですね。何かやりたい人が続々と集まっていて、余白と可能性のある場所だと思っています。そのため、自分のスキルを活かして新しいことを仕掛けたい人には、おすすめできる場所ですよ。 リモートワークを基盤に新しい生活へ挑戦 ー移住前はどのような暮らしをしていたのですか? 友人が創業したシェアハウスに住み、シェアハウスのメンバーがご飯を食べたり喋ったりする様子を、インスタで毎日発信していました。 ーその頃も日常を発信していたんですね。移住を検討し始めたきっかけ教えてください。 2018年から東京に住み続けるなかで、生活に刺激を感じなくなってきて、「このままの暮らしでいいのかな?」と思ったことですね。変化のない生活が続き、今の暮らしを考え直したいと思いました。また、コロナの影響で仕事はリモートワークに。家から一歩も出ないのであれば、どこに住んでも同じと思い移住を考え始めました。 ーリモートワークが移住の後押しになったのですね。移住先を山口県に決めた理由は何だったのですか? つながりがある地域に行けたらいいなと思ったんです。地域の人とのつながりが深かったのが、大学のときに住んでいた山口県山口市でした。山口県が好きという思いもありましたが、知り合いがたくさんいる場所を選びました。仕事はリモートでできるので、仕事のことを考えずに済んだのは大きかったです。 ーつながりがある山口県への移住とはいえ、不安はありませんでしたか? 移住してから2〜3日は、「人のつながりがない状態からうまくやっていけるだろうか」という不安がすごくありましたね。でも、仕事はリモートワークで続けていたし、オンラインで人と喋るので、やっていることは東京での暮らしと全く変わらなかった。思った以上に暮らしも変わらなくてびっくりしましたよ。 ー山口県での生活にすんなり馴染めたんですね!その後、萩市に移った理由は何ですか? 萩市は大学のときに観光で訪れていて、町の雰囲気がすごく好きだったんです。海も近く、一度は住んでみたいと思っていました。山口に移住してから4ヶ月ほど経ったタイミングで、そろそろ地元に関わる仕事がしたいと思っていたときに、地域おこし協力隊の募集があったんです。応募したところ採用をいただけたので、萩市に移りました。 自分でつなぐ人の縁と当たり前の幸せ ー不安要素だった人とのつながりは、どうやって作っていったのですか? 移住してからは、仕事の日も休みの日も関係なく、いろんな人に会いに行って話をしました。地元とのつながりはない状態でしたが、小さい町たっだので知り合いづてに徐々に関係性が広がりましたね。萩でシェアハウスをしている人を訪ね、自分から気になるところを調べて歩いてつないでいきました。 ー実際に生活してみて気づいたことはありますか? 自分が元々大切にしていた「当たり前の幸せ」に気づけたことですね。地域の人やこれから何か始めようとする人と話したり、なんてことのない時間を一緒に過ごしたりすることが、一番楽しくて幸せだと感じました。東京に住んでいたときには当たり前すぎて感じなかったことで、移住して良かったなと思います。 ーありがとうございます。移住を検討している人へのメッセージをお願いします。 移住を考えている人のなかには、人間関係がうまくいくか不安になる人もいると思います。僕自身、積極的に人と会う機会を作ったり、地域のイベントに参加したりして、つながりをつくることができました。都会よりも足を使うことで、人間関係に関する不安は解消されるはずですよ。 ▼Jo Mutsumiさんへの移住相談はこちらから https://flato.jp/users/340/profile ▼flatoはこちらからアクセス https://flato.jp/ インタビュー:ぱーこ 文:矢井田千秋 編集:西本友

【栃木県那須町】こんどうあゆさんが辿り着いた、移住に役立つ「セルフブランディング」 #移住者に聞いてみた

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今回の移住者に聞いてみたでは、栃木県那須町在住のこんどうあゆさん(instagram)にお話を伺いました。 4つの肩書きを巧みに使い分け、勢力的に那須町に関わっているこんどうさん。あしかけ5年にも及ぶ入念かつ慎重な移住準備は、これから移住を考える人の参考になること間違いなしです。 移住でふえた、肩書きの数々 ー現在のお仕事について教えてください。 ヨガインストラクター、マインドスタイリスト、イベントオーガナイザー、そしてライターの4つです。このなかでも、マインドスタイリストは自分で作った肩書きで、ホロスコープを使って自分自身を見つめ直すプログラムを実施しています。 ーいずれも移住前からやっていたお仕事ですか? ヨガインストラクター、マインドスタイリストは移住する前からやっていましたね。イベントオーガナイザーについては、移住のご縁でクリエイターズユニットを新たに組んで活動しています。「マルチプルワルツ(instagram/ラジオ)」という名前です。ライターは那須の観光・移住情報メディア「NaSuMo(Web/instagram)」でやっていて、那須のいいところを発信しています。 ー素敵なかけあわせですね!お住まいの那須の魅力を教えてください。 大きく2つあり、ひとつは食への意識が高いことです。震災の影響で、那須町界隈の農産物の多くが風評被害に遭ったという背景があります。そのため、農作物の安全性についてエビデンスをしっかり取っている場所や情報が多いのと、本格的なオーガニックやヴィーガンも含め、選択肢がたくさんあるところが魅力だと感じています。 ーもうひとつはなんですか? チャレンジしやすい環境ですね!那須町界隈には、昔から開拓者が集まりやすいと耳にすることが多いです。新しいことを始める際は、応援されやすいように感じています。家賃があまり高くないことも、移住者にとってはチャレンジしやすい環境の一因かもしれません。 自分ブランドの確立 ー移住前は東京に住んでいたそうですが、移住を考え始めたきっかけはなんですか? 2015年に始まった渋谷の再開発です。オリンピックに向けて、大きく変わっていく街を見たときに「この開発は本当に必要なものだろうか」「開発の影で、退去など無理を強いられている人がどれほどいるだろうか」と思ったんです。再開発が終わる2020年には、その無理によって心の傷を抱えた人が増えるように直感的に感じました。それは想像するだけで私にとっては怖いことで、2020年までにこの街を出よう!と心に決めました。 ー街の変化から背景や今後の影響まで考えたんですね。 7年ほど大手芸能プロダクションに勤めていた時期があり、最先端の情報や時流の変化にはかなり敏感だったかもしれません。メディアなどで発信されている情報に対しても、「それって本当なの?」と疑問を持ち、根拠を求めるクセがありました。 ー実際に移住されるまで5年かかっていますが、その間はどのように過ごしていたんですか? 「こんどうあゆ」というブランドづくりをしていました。せっかく地方に行くからには、ちゃんと地域貢献できる自分でありたいし、そのためにはブランドが必要だと考えました。 ーブランドづくり!実際にどんなことをしたか教えてください。 「本来の自分に戻る」とはなにかを突き詰めていきました。当時ヨガインストラクターをしていて、よくこの言葉を耳にしたのですが、実際にはどういうことを指すのかは曖昧です。その根拠を得るために、ホロスコープの勉強をしました。あと、自分を形づくるのに欠かせない「食」にも興味を持ち、WWOOF(有機農場を核とするホストと、そこで手伝いたい・学びたいと思っている人とをつなぐサービス)を使って、農家のお手伝いへ行きましたね。ほかには、スキルを身に付けるという点で、カフェでのバイトもしていました。どこのエリアに行ってもカフェは絶対あるので、地域貢献の観点から必要なスキルだと考えました。 ーしっかりと準備を重ねていったんですね。 はい。内側からも外側からも「本来の自分に戻るためのお手伝い」ができる人が「こんどうあゆ」というブランドになりました。また、ヨガのインストラクターもオンラインで実施できるようにしたいと考え、並行して準備を進めていましたね。2020年3月にはオンラインでしっかり売り上げが立つ状態になっていました。 移住先が白紙に。急浮上した那須町という選択 ー移住候補地については、どのように探したんですか? WWOOFで訪れた土地が順に候補になっていきました。山梨や長野、沖縄県の離島などいろんな土地が候補に上がりましたし、ありがたいことに「移住しておいで!」と声をかけていただくところも多かったです。 ー現在お住まいの那須町は候補にないようですが… そうなんです!那須町には亡くなった祖母の家があり、幼少期から行く機会は多かったのですが、そこに住むことはまったく考えていませんでした。 ーそのなかで、那須町が候補に上がったのはどうしてですか? 2020年6月末に那須町でホロスコープのワークショップをしたのがきっかけですね。コロナやさまざまなことが重なって、これまで候補に上がっていた地域の多くがいつ移住できるかわからない状態になりました。那須町にも不安があるなかで向かいましたが、町の皆さんはとてもあたたかく迎え入れてくれたんです。とても嬉しかったのと同時に、ここに住むのもいいかもしれないとはじめて思いました。 ーいつ那須町への移住を決めたのですか? 7月に再訪してから移住を決めました。2020年中に移住したかったので、「そろそろ決めなくては」と思いながら那須町に向かいましたね。オーガニック農園であるきくち農園でのバイトがあっという間に決まったり、苦手意識のあった役所で移住窓口の担当者と意気投合したり、とにかくトントン拍子に話が進みました。あぁ、もうここに住むしかない!と思ったんです。 ひとりでも地方移住はできる! ー実際に移住してみて、何か変化はありましたか? 人に頼ることができるようになりましたね。東京にいた頃は、困った事態に陥っても一人で回避できる環境が整っていました。しかし、地方でそういった環境がある場所は多くありません。移住当初、ゴミの廃棄方法に困って弱音をこぼしたときに、那須町の知り合いの皆さんに助けてもらったのが転機だったように思います。 ー素敵なお話ですね。こんどうさんが移住において大事だと思うポイントはありますか? その土地や歴史に自分が沿っているかを知ること、そしてその土地をリスペクトできるかがとても重要だと私は思います。移住は非日常ではなく新しい日常をつくることですから。 ー最後に、移住を検討している人へのメッセージをお願いします。 東京でイライラして仕事をするくらいだったら、移住するという選択肢を提案したいですね!家族や夫婦で移住する人が多いという話を耳にしますが、男女問わず単身で移住することはできます。もし悩んでいる人がいたらまず私に相談してほしいです。お金も時間もかかるからこそ、失敗したくないのはみんな一緒ですから。移住を決めるまでに私もいろんな土地へ行ったので、私の体験をお話したり、合う合わないを一緒に考えたりできると思います。 ▼こんどうあゆさんへの移住相談はこちらから https://flato.jp/users/340/profile ▼flatoはこちらからアクセス https://flato.jp/ インタビュー、文:ぱーこ 編集:西本友

ふるさとが複数できた話 福岡編

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こんにちは!flatoインタビュー企画「移住者に聞いてみた」で、ライターを担当している菊池真代と申します。前回の記事「ふるさとが複数できた話 神奈川編」では、人生初の地方暮らしを経て感じた孤独と、そこで気づいたふるさと・神奈川への想いについて綴りました。 その後、孤独を乗り越え徐々に福岡の良さを知るようになり、そして今春、2年間の月日を経て福岡を離れることになりました。 今回はこの福岡生活を振り返りつつ、「ふるさとが複数できた話」をお送りしたいと思います。 「その土地を知っている」からこそ生まれる安心感 この春、私は新たなステップを踏み出しました。勤めていた人材紹介会社を退職し、地元関東に戻ることになったのです。福岡にいた間、慣れ親しんだ関東に戻りたいという気持ちが全く無かったと言えば嘘になりますが、ようやく福岡に馴染んできたこのタイミングで、敢えての決断です。 約2年過ごした福岡を離れることになり、改めて「今の心境は?」と聞かれると、寂しさよりも安心感の方が上回るかもしれません。 なぜなら、福岡のことをすでに知っているから、だと思います。この2年で、自分の新たな居場所に対して徐々に心を開き、そして安心感を抱くようになりました。人見知りで臆病で環境にこだわりのある私が、知らない土地で生活する上での絶対条件は、そこに「安心」できるか否か。今後もし福岡で再び暮らすことがあったら、「安心感」がそれを可能にするのだろう、そう思います。 日本の中心地・東京で働くことへのこだわり 福岡に住むようになったきっかけは会社の転勤。全国転勤があると認識はしていたものの、縁もゆかりもない土地で一人で生活することに抵抗があり、若干不本位な人事配置でした。 元々、東京タワーや東京駅周辺の高層ビルなど、「首都圏を象徴する都市景観」を眺めること、そしてその雰囲気を肌で感じることが好きでした。地方暮らしに抵抗があったのは、エネルギーが集約されている日本の中心地・東京で働くことになぜかこだわりがあったため。そして、そのこだわりの強さから、「何もないであろう」と地方生活を受け容れられずにいたのです。 2年間で次々に発掘された福岡のよさ 福岡生活が始まって数ヶ月は、”見知らぬ土地にポンッと放り込まれた自分の境遇”を哀れんでばかり。しかし、徐々に福岡の地を知っていくうちに「何もない」という私が勝手に作り上げた思い込みはことごとく覆されるように。福岡の良さを身をもって体感するようになったのです。 まず、人が良いこと。ふらっと立ち寄るお店や飲食店の店員さんの真心こもった接客やおもてなしには、東京にはない何かを感じました。 そして、ご飯がなんて美味しいこと。もつ鍋、水炊き、焼き鳥、炉端焼き…地元の人からも、そして観光客からも愛される数々のお店を巡る中で、福岡一年目は目を見張るほど増量してしまいました。福岡を去った今、悔いが残ることと言えば、きっとまだたくさんあるのだろう見知らぬ名店を開拓できなかったこと。行きたい店をリストアップし足を運んでは、ひとつ、またひとつと”美味しい店リスト”が出来上がっていくことが何よりも楽しみでした。 また、すぐ近くに海や山があることも魅力でした。車さえあれば佐賀や長崎にも出られます。自然と対話しようと思えば十分な環境です。これまで、車を必要としない生活をしてきた私は、実は免許を持っておらず、免許がないことをここまで悔やんだのは初めてでした。 かつ、天神駅周辺は、数年後の『天神ビッグバン』を見据えて都市開発が進行中。地方の中でも「都市」を感じられる場所です。ショッピングも十分に楽しめました。東京ほど人混みがあるわけではなく、その分ストレスを感じることもありませんでした。 気分転換をしたいと思えば、天神駅からバスで10分ほどの場所にある大濠公園へ。何度足を運んだことでしょうか。休日にマインドフルな時間を過ごすには、とにかく最高の環境でした。 人数は少ないですが、福岡の知り合いもできました。生い立ちや育ってきた環境が全く異なる人とつながりができることが何とも新鮮でした。 福岡を離れる今思う、「第二のふるさとがあってもいい」 福岡最終日。福岡最後の日なのになぜか最後という感覚が無い、そんな不思議な感覚に陥りました。人生で福岡に住むことはもう二度とないのかな?と思う一方で、いや、もしかするとまた何かのご縁で福岡に住むこともあるのではないか?とも。 福岡に到着した初日、決してポジティブではなかった福岡生活の始まりを考えると、この福岡という場所の良さに支えられ、そしてここで出会った人に支えられたからこそ、楽しめるようになったのだと思います。楽しかった思い出として"一旦"締めくくることができたことに心から感謝しています。 もし私が将来、地方移住をすることがあったとしたら、きっと福岡を候補地に入れると思います。なぜなら、その土地の良さを知っているから、福岡に戻ったときに会いたいと思える人がいるから。そして先述通り、その土地を知ったことで「安心感」を持つことができたから。 こうやって全国各地の良さを知ることができれば、ふるさとは1つどころか複数できるのでしょう。ふるさとって、別に生まれ育った場所じゃなくたっていい。そこに何かしら思い出や愛着があって、またいつか戻ってきてもいいと思えるならば、そこは第2のふるさとになりえるのではないかと、そう思います。 喜怒哀楽を共にしてくれた福岡よ、ありがとう。 また会える日を楽しみにしています。 文:菊池 真代

【応募終了】コロナ禍で地方移住をされた方、インタビューさせてください #移住者に聞いてみた

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応募終了しました! 新型コロナウイルスの感染拡大によって、私たちのライフスタイルも大きく変わりました。地方暮らしへの関心も高まり、地方移住を検討される方も確実に増えています。 そこで今回、コロナ禍において移住を検討し、実行された方のインタビューを企画しました!この時代だからこそできる移住、移住検討者の参考になる点が多くあり、インタビュー記事という形で後押しができればと考えています。 そのインタビューに協力いただける移住経験者、ぜひ下部の内容をご一読ください。 ▼応募フォームはこちら https://forms.gle/Jct7nSLb6A3pxyjUA #移住者に聞いてみた について その名の通り「移住経験者に、その経験談を聞いてみた」というものです。 現在移住を検討している方に対して、経験談をインタビュー記事として発信することで、「私にもできるかも」「こういう風に悩みを解決すればいいんだ」と移住をより前向きに考えてもらうことを目的としています。 ▼#移住者に聞いてみた のリンクはこちら https://flato.jp/media/category/interview/ 出演者の事例 2020年7月より移住者インタビューを開始し、これまで多くの移住経験者の方に出演いただいております。その中でも、今回の募集対象と同じく、2020年4月以降に移住された方の記事紹介いたします。 【静岡県浜松市】 高垣内文也さんが語る、コロナ禍で気づいた本心と新たな挑戦 https://flato.jp/media/interview/fumiya-takagaito/ 【愛媛県今治市】川瀬知世さんが実現した理想のライフスタイル、そして愛犬との移住 https://flato.jp/media/interview/tomoyo-kawase/ 【埼玉県秩父郡横瀬町】橋本未来さんが体現する「地方での仕事のつくり方」 https://flato.jp/media/interview/mirai-hashimoto/ こんなことを伺います! インタビュー時には、以下をベースに質問させていただきます。 現在のお仕事の内容と、その仕事を見つけた方法 現在の生活環境や気に入っている点 これまでのキャリアと、移住までの経緯 地方で新たに始めた(始めたい)こと 移住を考えている人へのアドバイス 出演するメリット 時間を割いてご出演いただく皆さんに対し、以下のようなメリットを提供できると考えております。 ご自身や所属団体の認知度向上 地方移住を検討するflatoユーザーとのつながりの拡大 イベントへの出演 ※3に関しては、インタビュー出演者全員ではないこと、flato事務局より個別にお声がけさせていただくことをご了承ください インタビューへの出演条件 あまり多くないのですが、いくつか出演条件を設けさせていただきます。こちらに同意いただける方は、ぜひ奮ってご応募ください。 2020年4月以降に地方移住をされた方 一都三県から他県に移住された方(一都三県内の移住もOK) 25歳以上の方 インタビューまでにflatoへのユーザー登録をしていただける方 また、インタビューは、1時間のオンラインインタビューを予定しています。「経験談を話してもいいよ」という方は、以下フォームより応募いただけると嬉しいです。入力を確認後、flato事務局より個別にご連絡いたします。 ▼応募フォームはこちら https://forms.gle/Jct7nSLb6A3pxyjUA 掲載までの流れ 以下のような流れで掲載まで進めてまいります。 上記応募フォームより応募 ↓ flato運営事務局にて審査 ↓ インタビューをお願いする方にTwitter DM もしくはFacebookメッセンジャーにて連絡&日程調整 ↓ 1時間のオンラインインタビュー ↓ 約2週間後に原稿の送付&写真提供のお願い ↓ 確認が終了次第掲載 ▼応募フォームはこちら https://forms.gle/Jct7nSLb6A3pxyjUA 一人でも多くの”移住経験者”の話を聞けることを楽しみにしています。 応募をお待ちしております! ▼「移住者に聞いてみた」の全記事はこちらから https://flato.jp/media/category/interview/ ▼flatoのSNSアカウントでも随時情報発信しています Twitter:https://twitter.com/flato_iju Facebook:https://www.facebook.com/flato.jp ▼移住前に移住相談ができる「flato」はこちらから https://flato.jp/