今回の移住者に聞いてみたでは、愛媛県宇和島市在住の荻原悠佳(おぎはらゆか)さん(Facebook)にお話を伺いました。
大阪と東京で「成長」を求めてキャリアを積んできた荻原さん。縁のなかった宇和島への移住を経て「地域を愛する想いが成長につながる」と気付いたそうです。
とんびの鳴く声が響くのどかな宇和島暮らし
ー現在の仕事や活動について教えてください。
夫のお父さんが代表を務める水産流通業の会社に勤務し、その中で総務を担当しています。将来的に夫が後継ぎとして代表となる予定のため、彼をしっかり支えられるようビジネス全般の知識習得にも励んでいます。
ー現在住んでいる宇和島はどんなところですか?
宇和島城があり、城下町として有名です。また、四国88か所巡りでお遍路さんがよく訪れるからか、外から来る人をもてなす文化もあります。
ー現在の生活で気に入っているポイントはどこですか?
春には山菜、冬には里芋といった旬の野菜を楽しめることです。今まで都市部での生活が長く、「旬の野菜」を意識したことがありませんでした。また、宇和島は海と山に囲まれ自然が豊かです。とんびののびやかな鳴き声を聴くと、のどかさを実感できますよ。
移住のきっかけは「拠点」への憧れ
ー大学卒業後のご経歴について教えてください。
地元である関西の地方銀行で営業職を経験したのち、進路選択やキャリアに興味があったことからリクルートに転職し、教育事業に携わりました。リクルートでの3年間は本当に濃い時間でしたが、一方で人生設計に悩む時期でもありましたね。
ーどんなことで悩んでいたんですか?
結婚とキャリアについて、です。また、東京本社の方と仕事をする機会が多く、「東京って面白い人がたくさんいるんだなぁ!」と刺激を受けたこともあって「心機一転、20代最後の年に上京するのも面白いかも?」と思っていました。
ー何が東京に行くきっかけになったのですか?
大阪の社会人サッカーチームの仲間だった今の夫に転職相談をした際、「姉が東京で会社をやっているから会ってみないか?」と言ってくれて。その後、彼のお姉さんから「もし良かったら、一緒に働きませんか?」とお声がけいただきました。会社や商品のブランドを創りあげていくお仕事が魅力的だったことや、彼のお姉さんが女性経営者としてすごく素敵だったことから、「この人の近くで学ばせていただきたい」と思い、転職を決めました。
ー旦那様とは、その段階からのつながりなんですね。東京での生活はどうでしたか?
本当に充実していました。本業の仕事はもちろん、様々な学びの機会に積極的に参加したり、本業以外にも複業にも挑戦したりして、いろいろな方とのつながりができました。東京での出会いは財産といっても過言ではありません。
ー充実した生活のなか、地方暮らしを意識した経緯を伺いたいです。
大阪・東京と、いわゆる都会で過ごしてきた中で、子供の頃から抱いていた「拠点」を持つことへの憧れが大きくなっていたんです。また、前職で宇和島市のシティブランディング事業に公募し、地方の街の魅力を引き出すプロジェクトにも携わりました。その中で地方への興味が深まったと思います。
義父の言葉で決めた現職への入社
ーその後、結婚を機に東京から宇和島に移住されましたが、どのような経緯で移住されましたか?
結婚の少し前に義父が体調を崩されたんです。義父は会社の代表なので、夫の中で「父のそばにいて経営を学びたい。もっと宇和島本社のことを知らなければ」という気持ちが強くなったようです。それで、夫から「来年の6月には一緒に来てほしい」と言われました。さらに、4月に愛媛で行った挙式直後に緊急事態宣言が発令されたんです。東京に戻れなくなり、「これもタイミングだし、このまま移住しようか」と夫と話して決めました。
ー移住の準備にあたり、大変だったことはありましたか?
新しい環境に飛び込むことに抵抗がなく、すんなり受け入れられましたね。また、移住当初は義理の実家の「はなれ」のような場所をお借りして生活していて、みんなで一緒にご飯を食べたりすることも多くて。義理の実家の皆さんは、私が淋しくならないようにすごく気をかけてくださいました。だからこそ、あまり困るようなことがなかったのだと思います。
ーお仕事に関しても、スムーズに現職に飛び込まれたんでしょうか?
いえ、仕事は決まっておらず、義父の会社で働くか、フルリモートでつながりのある方々と仕事をするかずっと悩んでいました。
ー悩んだ中で、最終的に現職に決めるまでの過程を教えてください。
尊敬している義父の会社とはいえ、「後継ぎの嫁」という立場もあり、一生勤め上げる強い覚悟がいると考えていました。かつ、これまで大阪・東京と、常に新しい情報が入ってくる環境で働き、学びを通じて自身をアップデートしてきました。色々な企業や仕事を経験してきた私にとって、1つの企業に勤め上げることで「自分らしさ」のようなものを失ってしまうのでは、と恐れていたんです。加えて、その時すでにフルリモートでのお仕事も始まっていてすごく学びが大きかったので、現職に入社することでそういったつながりが切れてしまうのは悲しいな、と思っていました。
それでも覚悟を決められたのは、義父が私の価値観を理解して、働き方や仕事の内容をよくよく考えてくださっていることが分かったこと、そして「息子を支えてほしい」というお言葉があったからです。
「まず愛すること」で自分を変えられる
ー移住前後に感じた、荻原さん自身の変化を教えてください。
「仕事や住む場所を変えれば、自分は変えられる」という考え方から、「この町で成長するために、内側から自らを変えていこう」と思うようになりました。
元々課題や違和感に気付きやすいタイプなのですが、まず受容して関わり方を変えてみようという考えに変わりましたね。「この地を愛そう」と決意しました。
ー「愛する」という姿勢の大切さに気づかれたのは、どのようなきっかけからですか?
夫との会話からです。ある時、母が愛情たっぷりの手紙を送ってくれて、それを夫に見せたんです。すると、「あなたは無条件の愛を受け取ってきたんだね。こんなにも愛情を受けてきたあなたは、同じように人を愛してあげられる人だと思うよ」と、言葉をかけてくれました。
そこから、私の周りの人たちや、この町に対しても「受け入れられたい」という姿勢ではなく、「無条件で自分から愛してみよう」と思うようになりました。
ー素敵なお話ですね!最後に、荻原さんから地方移住を検討されている方にメッセージをお願いします。
愛したい地域を決めること、そして拠点を決めたら愛すると決めてみてほしいです。移住したら、不便なことや理想通りにいかないこともたくさんあります。でも、苦しいときや違和感を感じるときこそ、愛を持って地域と関わってほしいと思いますね。
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